062_バトルトーナメント ~バックス・メイジャ空中戦~
さあっ、いよいよ実機戦です。
ここから3回の戦闘は文字多めですけどかなり力を入れて書いたよ。
●バトルトーナメント実機戦当日 午前07:00 クラフト
《シルバーナブリッジ》艦内、ブリーフィングルーム。
ホログラフが淡く空間を照らし、ナビの冷静な声が響く。
クラフトとクレアはその前で無言のまま、耳を傾けていた。
「本日、実機戦の1試合目。フィールドは都市上空5万メートルでの戦闘です。キャプテンの初戦相手は“セリーナ・ヴォルク”。惑星連合軍の登録情報では、階級・所属ともに非公開。……ただし、旧クロノス星域の“星系軍特殊部隊”出身という未確認情報があります」
クラフトは顎に指を当て、ホロスクリーンの人物像に目を細めた。
「なるほど。クレア何か情報はあるか?」
「過去一週間の動向を追跡しています。セリーナは毎晩、単独で練習空域を巡回。戦闘空域の確認を自分の目で行っています」
「なるほど。一人で動いてるのか。ナビ、マップに風の分布を重ねてくれ」
ホログラムが再構成され、空域の風向と強さが立体的に描き出される。
「……やっぱりな。ここは偏西風が強い。空域を通じて、その流れを確認してたわけだ」
ナビが続ける。
「使用機体は、推定60メートル級の《ファルコGX改》。軍用の高速軽量機をベースにした、カスタム型の小型戦闘艇です。旋回性能と加速に特化した、ドッグファイト向けの仕様と考えられます」
「シールドなしでの近接戦にはもってこいってわけか。悪くない選択だ」
クラフトは静かに頷くと、言葉を継いだ。
「他に材料は?」
「現在のところ、それが全てです」
「了解。……整理すると、相手は旋回性能を最大化するために、風上から風下への軌道を選ぶ可能性が高い。そして、ここまで準備を重ねている以上、機体にはこのバトル特化のカスタムが入ってる。武器出力は規定だから、調整されているのはまず間違いなく、スラスター系か回避特化AIのいずれか……」
クラフトの目が鋭さを帯びる。
「……加えて、相手はこっちの旋回性能を低く見積もってる。なら──そこを突く」
彼は立ち上がり、片手でホロを払うように消した。
クレアが一歩前に出る。
「セリーナの状況を見ると今回のトーナメントには一人で参加しています。カスタムされているとしてもメーカー推奨の仕様を超えていない可能性が高いです」
クラフトの口元がわずかに緩む。
「いい情報だ。こいつは“過去の想定”に合わせて、機能の最適化をしている」
──さて、それがどこまで通用するか、試してみよう。
●実機戦当日、午前07:00 セリーナ
無音に近い空間に、端末の起動音だけが微かに響いていた。
セリーナ・ヴォルクは操縦席に座り、コクピットスーツの襟を無言で整える。
スクリーンに浮かぶのは、対戦相手「クラフト」の戦術概要。情報は少なく、名前と所属、直近の傭兵活動ログが簡素に並ぶだけだった。
「……情報不足」
セリーナはわずかに眉をひそめ、視線をスクリーン左側へ移した。
AIオペレーターが静かに補足する。
「クラフト。傭兵ギルド登録・シルバーランク。元軍籍なし。空間把握能力、反応速度は平均値を超えています。予測処理アルゴリズムとの連携が確実視されます」
セリーナの表情は変わらず冷静だ。過去の戦闘ログを読み込む。
ログには、戦術的に淡白でありながら、要所で相手の動きを先取りし撃破する傾向が記録されていた。
「タイミング型……“読む”タイプか」
「本日の模擬戦条件を再確認します」AIの声が続く。
「兵装は低出力ブラスターおよび模擬誘導弾のみ。シールド使用不可。エネルギー使用制限なし。空域はドーム上空B-3、高度制限あり」
セリーナは一瞬目を閉じ、深くゆっくりと呼吸を整える。
「了解……接近戦主体、速さと転回で押す」
数秒の静寂。
「相手はこちらの旋回を警戒し、初動で潰しにくる。……なら、こちらも初動で仕掛けるだけだ」
短く、揺るがぬ声で。
戦術論も、演説も、祈りも要らない。
必要なのは、ただ一つ「仕留める」こと。
●午前10:30 《オロチ・アリーナ》
直径3キロの巨大円形スタジアム。
観客席には2万を超える人々が詰めかけ、天井を突き抜けるような喧騒がこだましている。
中央の滑走路状のスペースに、8機の戦闘艇が順にホバリング着陸するたび、観客席からは歓声とブーイングが入り混じった爆音のように巻き起こった。
それぞれの機体は、空中スクリーンに拡大表示され、スキャン映像とともにパイロット名が紹介されていく。
そこに、炸裂音のような効果音とともに司会の男の声が響いた。
「Ladies and gentlemen——!」
その姿はホログラムとして頭上に投影され、後方には夜空を模した巨大演出スクリーンが広がっている。
「お待たせしました!ついに始まります、銀河統一バトルトーナメント実機戦!
今日ここで、最終8名から、勝ち残るのはたった4名! 栄光か、敗北か……全てが決まる一日が、今始まる!」
会場が再び揺れる。各機体のプロフィールが映像CGとしてスクリーンに流れ、観客の歓声がボルテージを上げていく。
「記念すべき第一試合、開幕を飾るのは、この2名だ!」
爆発するようなエフェクトの中、2機の戦闘艇が夜空に投影される。
スクリーンが切り替わり、それぞれのパイロットの映像が拡大表示された。
「まずはこの人!
連合軍所属、階級不明、経歴非開示!そのすべてが謎に包まれた沈黙の戦乙女!
氷の瞳の無音の刃、セリーナ・ヴォルク!」
白銀の短髪、無表情でモニターを見つめるその顔が、冷気のような緊張感を帯びて映し出される。
客席の一部からは悲鳴のような歓声が上がり、熱狂的ファンの名前コールも混ざる。
「そして、その対戦相手は……!」
ドラムロールが走り、もう一方の機体が投影される。
「傭兵ギルド所属、戦場を渡り歩く男、キャプテン・クラフト!」
「名声も階級もない無名の傭兵が、なぜか今回の注目株!」
「じわじわと予想外の勝ち上がりを見せている謎の伏兵!」
映し出されたのは、コクピット内で肘をつき、わずかに目を細めて外界を見つめるクラフトの姿。
その目がゆっくりとカメラへ向くと、観客席からざわめきが走る。
「事前の勝者予測投票では、セリーナ75%、クラフト25%。
だが、どちらが勝つかなんて、誰にもわからない!
見せてもらおう、無名が“氷の女戦士”をどう崩すか!」
会場が再び沸き立ち、興奮と緊張の波が観客席全体を包み込んでいく。
そして、上空にカウントダウンの光が灯る
模擬戦開始まで、あと60秒。
●バックス・メイジャ上空 クラフト vs セリーナ
星雲に抱かれた高空、二機の機体が静かに対峙していた。
クラフトのシルバーナと、セリーナのファルコGX改。
どちらもブラスターの照準を相手に向けているが、その銃口は今なお沈黙していた。
「残り5秒。本当に正面から行くので?」
機内に響くナビの声。
クラフトは小さく頷いた。
「正面から始めるぞ」
カウントダウンゼロ。
次の瞬間、両機が一気に加速する。重力すら置き去りにする速度で、正面から突き進んだ。
「セリーナ機、前方距離980、全速反応確認」
クレアが冷静に伝える。
真正面から撃ち合うなんて、戦術としては最悪の部類だ。
だが、それを理解した上でなお、両者は突っ込んだ。
すれ違いざま、ブラスターが火を噴いた。
火花と閃光が交差する。
「距離、10メートル」
2機は髪の毛一本分しか違わない軌道で、光の線を描いてすれ違った。
ファルコGX改の回避アルゴリズムが最短経路を選び、クラフトの義眼が射線の“次”を読み切っていた。
どちらの弾も、当たらない。
爆音だけが、空に爪痕を残す。
「ターンする」
クラフトが舵を引き、重力に逆らって機体を旋回させた。
セリーナのファルコGX改は一足先に鋭いUターンを完了していた。慣性を物ともせず、まるで水中を泳ぐような滑らかさ。
一瞬遅れて、シルバーナも船首をファルコGX改に向ける。
再び、照準が交錯する。
空に散るブラスターの軌跡が、青空に美しいラインを描く。
クラフトの眼には、義眼を通してファルコGX改の回避ルートが、幾筋もの仮想線となって浮かんでいた。
“こっちには来ない。だが、こっちには来る、風下が好みなんだろ!”
0.3秒先の未来に向けて引き金を絞る。
だがセリーナも同じだった。
最新鋭のAIが射線を読み、寸前でその線を跳ねていく。
互角。短距離の読み合いでは、決定打が生まれない。
クラフトは、急に機体の姿勢を上向けた。
急上昇――制限高度限界ギリギリの一点に向けて、クラフトはスラスターを吹かした。
「逃げるつもり?」
セリーナも後を追う。
この一瞬、勝敗が決まると直感した。
ファルコGX改が、最大推力で追いすがる。
クラフトとの距離は縮まり、照準の中心に機影が収まりかけた。
その時だった。
クラフトが、上昇を維持したまま、機首だけをセリーナに向けた。
「ジャックナイフターン……!? 上昇中に!? 重力下で!?」
セリーナがAIに処理を割こうとした瞬間、クラフトが吠えた。
「誘導弾、フルファイア!」
ミサイルベイに内蔵されたキャニスターが開き、誘導弾が雨のように放たれる。
六十発、空を埋め尽くす熱の網。
ファルコGX改のAIが自動的に緊急回避モードへと切り替わる。
逆算、旋回、スラスターの分割制御、処理限界寸前での制動。
だがその一瞬、ファルコGX改の動きは“読みやすく”なった。
「軌道、予測完了。射角、確保」
クラフトの義眼が、目の前の一筋の進路を浮かび上がらせる。
ブラスター、発射。
白い光が走り、ファルコGX改を貫いた。
撃墜判定の信号が鳴った。
会場がざわつく。
ありえない機動。重力下急上昇中のジャックナイフターンなど、常識の外。
スローモーションで再生された映像に、観客たちは歓声とブーイングを同時に放った。
「今の、何が起きた……?」
「わかるか? AIを釣ったんだよ……弾幕で」
ファルコGX改のAIが回避を優先した、その隙を突いた、まさに人間らしい戦い方。
クラフトにしかできない一撃だった。
コックピットで、クラフトは息を整える。
掌には汗がにじみ、スーツの内側で心拍がまだ乱れていた。
「ふう……あんた、強かったぜ」
バックス・メイジャの空に、銀色の機体がひとつ、大きく旋回した。
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次回はどう戦うでしょう。お楽しみに!!




