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誰もいない宇宙船で目覚めたら最強だった件について  作者: Sora
五章 バックス星系 第21回・銀河産業技術展示会編

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061_選ばれし8人

予選ラウンドは、日を追うごとに熱を帯びていった。

会場は、今や連日立ち見が出るほどの混雑ぶりだった。バトルトーナメント、それも“実機戦に進める上位8名を決める最終段階”ともなれば、その熱気はもはや産業展示の一部というより、完全に独立した一大エンターテイメントであった。

映像は各都市圏へライブ中継され、スコアや戦術の分析は教育機関や軍需企業の教材にまで活用されていた。すでにこの戦場は、名声・契約・莫大な報酬を得るための「登竜門」となっていた。

その中で、クラフトの存在だけが、最後まで「謎」として残っていた。

最初の頃、彼の試合に注目する者は誰もいなかった。戦績は控えめ、戦術は読みにくく、決め手に乏しい。まるで、「勝っている」こと自体が誤報ではないかと思われるほど、淡々と地味な勝利ばかりを積み上げていた。

だが、128人に絞られてから、空気が変わり始める。

敗者たちの証言が、じわじわと浸透してきたのだ。

「気づいたときには後手に回ってた」

「対策できると思ったのに、全部封じられていた」

「どこから撃たれたのか、今も分からない」

彼の敗北者は、皆口を揃えて“負けた理由が分からない”と語った。その言葉は、むしろ強烈な「異物」としてクラフトを際立たせていく。

映像を繰り返し再生しても、明確な“勝ち筋”は見えなかった。だが確かに、勝っている。それも安定して、次のラウンドへ進んでいく。

その不気味な軌跡が、いつしか一部の熱心なファンや情報商たちの間で囁かれるようになる。

「誰だ、クラフトって」

「本物じゃないのか、あれ」

クラフト自身は、その反応に興味を持たなかった。

シミュレーターから出てくるたび、静かに水を飲み、スコア表を一瞥するだけ。着替えも整備も、事務的にこなし、来た時と同じような足取りで控室に戻っていく。まるで「参加すること自体が仕事」であるかのような、機械的な繰り返し。

その日常の中で、ただ一つだけ変わっていたのは、彼の目つきだった。

「キャプテン、……今日は、やや攻めに振っていましたね」

クレアがそっと声をかける。

「……気づいたか」

「ええ。予測偏差が0.3ほど減っていました」

クラフトは短く笑う。

「……ようやく“本気モード”ってわけにゃ?」

「いや、まだ半分だ」

「半分で、これにゃ……」

クレアとナビの言葉には、微かな震えと、興奮が交錯していた。

会場のアナウンスが変化し始めたのは、それからだった。

ランキングボードに、じわりと「CRAFT」の名が浮上し始める。ずっと“C+”前後を維持していたはずの彼の成績が、突如“B+”に達したのだ。

その瞬間を捉えたSNSの動画には、静まり返る観客席と、徐々に高まるざわめきが映っていた。

「上がってきたぞ」「あのクラフトってやつが」「一体何者だ」

解説者は困惑を隠せず、AI分析班は徹夜で再検証を行うが、依然“決定打”が見つからない。映像の中で彼は、ただ確実に「勝ち続けて」いた。

その頃、他の参加者たちも異変に気づき始めていた。

「次の対戦相手、クラフトか……」

「マジかよ、あの地味な奴?」

「いや、あれはただの地味じゃない。気を抜くと、飲み込まれるぞ」

次第に、彼と戦う者たちの顔つきが変わっていく。どこか、恐れと迷いが交じる。彼の“凡庸”の裏に、何か深いものがあると、誰もが理解し始めていた。

迎えた最終選抜の日。

128人のうち、わずか8人だけが実機戦に進める。つまり“本物の戦争技術”を見せる栄誉を得る。それは単なる展示ではなく、民間・軍事を問わず企業や国家が注目する舞台。勝者は次代の覇者となる可能性を秘めていた。

その8人を決める最後の試合が終わったあと、静まり返ったアナウンスホールに、事務局の女性音声が響く。

「それでは、最終ラウンドを勝ち抜いた上位8名を発表いたします」


会場は固唾を呑む。

「ゼファー・ヴァイン」

歓声。


「ランス・カノープス」

拍手。


「イレーネ・グラディウス」

再び歓声。


そして4人目に呼ばれたのが、

「クラフト」

一瞬の沈黙。


理解が追いつかない観客たちの間で、誰かが呟いた。

「誰……?」

そこから数秒遅れて、遅い驚きの波が会場を包んだ。

「……あの“クラフト”か?」

「やっぱり、本物だったのかよ」

「いや、俺まだ信じられねぇって……」

控え室で名を呼ばれたクラフトは、無言のまま立ち上がる。

クレアがにこりと笑う。

「おめでとうございます、キャプテン。これで、“目標額”も見えてきましたね?」

「フッ……あと3勝で回収完了、ってとこだな」

「お金の話に変換しないでください!」

ナビがぽつりと呟いた。

「……もはやギャンブラーを通り越して、中毒者の顔にゃ……」

こうして、地味な男が脱皮する。

凡庸を演じていた“影の存在”は、いま、火を灯した。

次の舞台は、実機戦。


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