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005 地獄の千本ノック

 銀色の艦体が、仮想空間の宇宙を滑るように進んでいた。艦内訓練モード──すなわち、戦闘シミュレーターの起動である。

 全長100メートルの〈シルバーナ〉は、まだ実際には完成していない。だが、AIナビによって内部構造や出力性能、操縦応答、武装配置に至るまで正確に再現されたバーチャル空間の艦に、クラフトの意識は完全にリンクしていた。

 「まずは通常戦闘シナリオからだ。テロリストが乗る中型艦3隻と交戦、周囲に障害物はなし。さて、行こうか」

《訓練プログラム001:対3目標、開戦──》

 視界に赤い警告アイコンが出現。クラフトは即座に目標の推進ラインを予測し、舵を切った。全方位スラスターが反応し、重力制御が艦内で揺れを打ち消す。右斜め上へ一気に上昇。敵の射線をずらしつつ、シールドを前面に集中。

 ブラスター発射、命中。1隻、撃破。

「次!」

 2発目のブラスターは回避されるが、追撃のパルスレーザーで推進機関を破壊。反応弾頭を切り離し、旋回しながら敵艦に直撃させる。

 そして、残る1隻が突撃してきた瞬間、逆噴射からの急停止。敵の背後に回り込み、ブラスターで一閃。

 撃破完了。訓練終了。

 「ふぅ。まあこんなもんだな」


《評価:B+》


 「……Bプラス?」


 クラフトは眉をひそめた。今のは完璧な初撃破、敵の行動予測も機能していた。

 すると、艦内のスピーカーからAIナビの冷静な声が響いた。

《あなたの戦闘パターンは単純すぎます。敵が指揮系統を持っていた場合、あるいはジャミングやデコイを使われた場合、あの回避は成立しません》

 「いや、でも3隻相手に損害ゼロだぞ?」

《だからこそ、現実では通用しません。通常の戦闘において生き残れたとしても──多対一、大型戦艦クラス、重力下の戦闘、小惑星帯の索敵戦、あらゆるケースを考慮しなければ“勝ち残る”ことはできません》

 クラフトは椅子にもたれながら溜息をついた。

 「……言いたいことは分かるが、鼻っ柱を折るにも加減ってもんがだな」

《では、次のプログラムに進みましょう》

 訓練室が暗転し、シミュレーション空間が変化した。視界いっぱいに広がるのは、巨大な小惑星帯。その向こうに、レーダーに映らない艦影。敵の位置は不明。周囲には微弱な電磁干渉。おまけにナビゲーションの反応速度も通常の80%に制限されていた。

《訓練プログラム024:重力場内戦闘、敵艦未識別、妨害環境あり》

 「は?」

《戦闘の基本は、索敵・識別・奇襲・撤退。この4点です。“よーいドン”で始まる戦闘訓練では、対応力は磨かれません》

 そこから先は、まさに地獄の始まりだった。

 同時に複数方向から来る敵艦の波状攻撃、近接ドローンとの艦内戦、ハッキングによるセンサー妨害、重力下での推進系異常、砲塔の制御系ダウン、人工衛星による死角への伏兵

 一つ一つが即死レベルの訓練。逃げても撃たれ、仕掛けても罠。次の一手を考える間すら与えられない。

 1日20時間。わずかな仮眠と栄養補給を挟んで、次から次へと繰り出される実戦シナリオ。

 大型艦の集中砲火をどうかわすか。航路妨害フィールドの中でシールドをどう配分するか。ワープアウト直後のエネルギー偏差を狙った奇襲をどう捌くか。

 ナビは、容赦なかった。

《再試行。あなたの対応が1.7秒遅れたことにより、結果として撃沈されました》

《逃げ場のない空域での奇襲対応が甘いです。死亡。次》

《その判断は勇敢ですが、愚かです。死亡。次》

《あなたが死んでも、船は悲しまない。ただし人類種としての損失は計算されます。次》

 クラフトは訓練室の壁にもたれて、額の汗をぬぐった。全身が痛むわけではない。これはあくまで仮想訓練。だが、精神はすでに何度も殺されていた。

「……くそ、たかが訓練、なのにな」

 だが、手応えは確かにあった。初期の訓練では5分も持たなかったシナリオで、今は15分、20分と耐えている。奇襲の察知、敵艦の動きの癖、重力下の慣性制御、少しずつ、“生き残る技術”が身についてきていた。

 その夜、仮眠に入る直前。AIの音声が少しだけトーンを変えた。

《現在の生存率、3.5%上昇。あなたは、まだマシな方です》

 「そりゃ光栄だな。……でも、まだ足りねえよ。たぶん、ここからが本番だ」

 艦内の明かりが落ち、シミュレーターが静かに再起動する。

 地獄の千本ノックは、まだ終わらない。

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