055_叙勲式 ~自由を語る者~
叙勲式。異世界ものを読んでいて一度書いてみたいと思っていました。
せっかくならカッコいい叙勲式を書きたかったのです。
上手く描けているだろうか。
青と白の王国旗が、風にたゆたう朝。
〈ホテル・オークノバス〉の正門前に、ひときわ目立つ礼装仕立ての王室御用車が静かに停まっていた。
「お迎えのようです、キャプテン」
クレアがクラフトに向けて、そっと声をかけた。
ナビは猫型端末の姿で室内に留まり、静かに見送る。
「お土産、よろしくにゃ」
クラフトはネクタイを少しだけ緩めたまま、裾の長い黒いジャケットの襟を直す。
彼にとって「正装」とは、あくまで“形式に敬意を払う”程度のものであり、自己の在り方を覆す鎧ではない。
そして、クレア。
彼女は艶のある漆黒のドレスに身を包んでいた。シンプルでありながら、素材の選び方とシルエットの美しさが、彼女の人工的な完璧さを際立たせていた。
会場に到着するなり、その場の空気が微かに変わった。
――視線が、集まる。
王宮の広大な回廊を進むたび、クレアを認識した者たちがひそやかに息を飲む。
人工とは思えぬその気品、礼儀、振る舞い。だが、何よりも目を引いたのは──
彼女が“誰かの隣を歩くこと”を、あたりまえのように選んでいることだった。
そして、式典の間へ。
金の梁、青い絨毯、銀の柱。
荘厳という言葉では足りぬほどの格式が、その空間にはあった。
壇上には、すでに聖騎士のフェリクス中尉とクラン少尉の姿があった。
厳しい戦闘を共にした仲間たち。
クラフトとクレアを見ると、二人は誇らしげに頷いた。
やがて、司会の声が響く。
「本日、王女殿下の代理として叙勲の授与を行うのは──エクシオール王国、国王陛下にあらせられます」
どよめきが走った。
この式典が、ただの形式ではなく“政治の選択”として重みを増す瞬間だった。
堂々たる風格をたたえ、国王が登壇する。
「王国と民のために尽力してくれた者たちに、心からの感謝を捧げよう。──まずは、フェリクス・リオン中尉、クラン・セリュース少尉。汝らの勇気に敬意を表し、聖騎士団の中尉および少尉から、それぞれ“大尉”“中尉”への昇進を命ず」
二人は跪き、国王より剣の鞘で肩に触れられる。
古式ゆかしき、騎士の叙任。
「また、王国よりの報奨金として──それぞれに、二億クレジットを下賜する」
会場に、またも静かなざわめきが広がる。
それは破格の処遇であった。
そして、名指しが下される。
「続いて、クラフト殿。汝は王国に属せぬ者でありながら、その働きは誰よりも迅速かつ的確であった。もはや“偶然”とは呼べぬ運命を、この国にもたらしたと考える」
クラフトは、ゆっくりと壇上へ進む。
その背に、無言の敬意が投げかけられていた。
「よって、王国より報奨金として、三億クレジットを授ける」
一瞬、会場が静まった。
騎士たちよりも多いその金額。
それが「属さぬ者」への謝礼としては、どれだけ異例であるかを、誰もが理解していた。
だが、それだけでは終わらない。
「さらに──クラフト殿。もし汝が望むのであれば、エクシオール王国栄誉騎士の称号、永住権および騎士団・技術局いずれかにおける相応の役職を提供する。王女もまた、それを望んでいる」
その場に集った貴族たち、軍人たち、騎士たちの視線が、一斉にクラフトへ注がれた。
王国からの最上級の求愛。それに対する返答を、誰もが見守っていた。
クラフトは数秒、沈黙した。
彼は、目の前の国王を見据えたまま、小さく息を吐いた。
「──ありがたいお申し出です」
そして、ほんの少しだけ、視線を天井へと向ける。
そこには、金箔の施された天球儀の装飾が、星々の配置を象っていた。
「けれど、俺には船がある。仲間がいて、空がある」
言葉は簡素だった。
だが、その響きは、どこまでも澄んでいた。
「誰にも命じられず、誰にも縛られず。ただ、自分の目で見て、自分の手で選ぶ。それが俺の旅のかたちです」
──沈黙。
それは誰かを侮ったものでも、拒絶したものでもない。
ただ、“変わらぬ自分”を静かに、礼を持って告げた言葉だった。
王は黙って彼を見つめ、やがて静かに頷いた。
「その在り方もまた、王国が守るべき自由のひとつであろう。汝の未来に、幸あれ」
クラフトの答辞が静かに場を満たすと、国王はもう一人の存在に視線を向けた。
その視線の先に立つ、漆黒のドレスに身を包んだクレア。静謐な美しさの中に、確かな意志を秘めた瞳を持つ者。
「そして、クレア殿」
壇上から呼びかけるその声には、先ほどとは異なる温度があった。
それは、相手が人であれ、人工知能であれ、変わらぬ敬意を持って扱う王の覚悟でもあった。
「汝の働きもまた、王国にとってかけがえのないものであった。王女の位置を特定し、救出を成功へ導いたその貢献は、騎士たちに勝るとも劣らぬ」
「よってクラフト殿と同様、三億クレジットを授与し、さらに希望があれば──栄誉騎士の称号、永住権、技術局における上級技術官、あるいは王宮付きの特別参謀としての立場を提案する」
再び会場に、どよめきが走った。
機械仕掛けの存在にこれほどの扱いを与えるとは──それはまさしく“価値”の再定義だった。
国王の視線が、クレアに真っ直ぐ注がれる。
「汝は、ここに留まり、王国に仕えることを望むか?」
クレアは一歩、壇の前へと進み出た。
静かに、しかし確かな足取りで。
そして、小さく礼を取ると、穏やかな声で答えた。
「光栄なお言葉、心より感謝いたします。けれど──私は、クラフト様と共に歩む者です」
「私の存在は、旅の中で磨かれ、世界の多様さに触れることで進化してゆきます。この星のために尽くすことも価値ある道だと理解しています。ですが……私は、あの方と共に、まだ見ぬ空へ進みたいのです」
王はその言葉を聞き、ゆっくりと深く頷いた。
「忠義とは、誰に捧げるかではなく、いかに貫くかで価値を持つのだな。──汝らの旅に、王国の祝福があらんことを」
その瞬間、壇上に並ぶ二人の姿は、騎士にも貴族にも似ていなかった。
彼らはただ、自由の意思を持ち、自らの生を選び取った者たち。
それこそが、王国にとって最大の“気高さ”であると、誰もが理解し始めていた。
ナビは中継映像を見ながら、ふわふわのクッションの上で尻尾を振っていた。
「カッコつけ屋だにゃ。でも、ちょっと……うらやましいにゃ」
そう呟いたナビのしっぽは楽し気に揺れていた。
帝国のメンツがいないって?まあ、先に帰っちゃいましたしね。次から新章突入です。




