053_ネコ型端末爆誕
クラフトとクレアは、ようやく訪れた平穏な朝を迎えていた。
「……さて、今日は何するかな」
クラフトは背もたれの深い椅子に腰を沈めながら、カップのコーヒーを啜った。隣で窓際に座っていたクレアが、ぴんと背筋を伸ばして言った。
「キャプテン、本日は例の猫型端末を完成させるのがよろしいのではないでしょうか」
「ああ、そうだな。パーツは全部そろってたか?」
「はい。昨晩の時点で、ハードウェアは八割方組み上がっておりました。あとは制御系統と、ナビとのリモートインターフェースの接続です」
テーブルの上には、バラされた電子部品と、猫型の頭部フレームが転がっていた。艶やかな黒いカバーに、金の瞳。全体は掌に乗るサイズながら、関節駆動と触覚フィードバックに対応した、れっきとした高機能端末だ。
クラフトは工具を手に取りながら口を開いた。
「この猫型、午後にナビに見せに行こう、反応が楽しみだ」
「絶対拒否するでしょうね」
クレアは小さく肩をすくめて笑った。
午後。クラフトとクレアは、完成した猫型端末を連れて〈シルバーナ〉へ戻った。
艦内へ入ると、どこか懐かしい声が迎えてくる。
『クラフト、クレア。おかえりなさい』
「ただいま戻りました、ナビ」
「ほら、おまえに見せたいものがある」
クラフトは猫型端末を床にそっと置いた。小さな機械の黒猫の体が軽く震え、金色の目がゆっくりと開く。
耳がぴくりと動き、しっぽがふわりと揺れた。
『これは……猫、のようですが?』
「完成品だ。俺が作った。動作は完璧、センサーの感度も良好だ。でな……」
『なかなか見事な造作です。市販のペットロイドよりも自然で動きも滑らかです。本物と言われても気が付ないでしょう』
「いいだろ!プラスして、こいつ、ナビ、おまえのリモートボディになるように設計してある。しかもだ、ちゃんと言葉も話せるように最適化してある。」
クラフトが猫型の背にあるインターフェースを指差す。
『…………』
沈黙。長い一秒が艦内に流れる。
『……キャプテン、まさか、わたしがこのような“低次元の動物的構造体”を、使用するとはお考えではないでしょうね?』
「言い方が悪いな。猫だぞ、猫。気高い生物だ」
「ボディがあるのは、素敵なことだと思いますよ、ナビ。ほら、私もキャプテンと一緒にいるとき、すごく便利です」
『それは……クレア、あなたは高性能アンドロイドです。わたしがこのような……ネコ科構造体を操作する理由がありません』
クラフトはにやりと笑った。
「差別はよくねえぞ。おまえ、休暇の時に同行できないのを嘆いてただろ」
『それは、実用的な意味において、データの収集と更新が止まるからです』
「ほーらナビちゃん、ちょっと撫でてみましょうね~」
クレアが猫型の頭を撫でる。猫は目を細め、喉を鳴らすような動作をした。
『やめてください。わたしはまだ接続されていませんし……"ナビちゃん"という呼称も……っ』
「じゃあ、一回繋いでみようぜ」
クラフトがケーブルを取り出すと、ナビの声が急に鋭くなる。
『お待ちください。わたしは、同意していません』
「ほら、クレア、頼む」
「了解しました、キャプテン」
クレアが猫型の背にインターフェースケーブルを接続する。
『やめなさい、クレア。わたしは明確に意志表示を——』
がちっ。
猫型の目が再び光を宿す。頭が小さく傾き、しっぽがふわりと振れる。
『……これは……にゃっ?』
「どうだ? 床の感触とか、わかるか?」
『この四肢の末端部から……細かい圧力……この情報量……これは……にゃっ』
「ほら、撫でてあげますね~」
クレアが再び頭を撫でる。瞬間、猫型端末の耳がぴんと立ち、しっぽがビクッと跳ねる。
『これは、何ですかにゃっ……この感覚は……!? 刺激が……これは心地よいにゃっ……!?』
クラフトは肩を揺らして笑った。
「それが触感ってやつだ」
「ほら、ナビちゃん。おやつもありますよ~」
クレアはポーチから取り出した携帯用の高栄養ゼリーを猫型の前に置いた。猫型はぺろりと舐める。
『なにかが口の中で拡がって……熱量情報、風味成分、粘性、流動性——演算が追いつかないにゃっ……!?』
「味覚のフィードバックも通してある。感触だけじゃない。そいつは全部"感じられる"ぞ」
『こ、これは……今までにない……明確な機能拡張にゃっ!』
猫型端末がゆっくりと床に寝そべり、しっぽを左右に振りながら、まるで満足したような反応を見せる。
『これは……確かに集まる情報は新しい次元ですにゃっ……!』
「な? いいだろ、ボディってのは」
クラフトはコーヒー片手に意地悪く笑った。
「"低次元"だとか言ってたくせにな」
『……言葉の選び方が少々……軽率だったかもしれませんにゃっ』
「それより、ナビちゃん。こっちに来てごらん」
クレアが手をひらひらと振ると、猫型は小さく「ニャ」と鳴きながら近寄ってきた。
「かわいいですね、ナビちゃん」
『やめてくださいにゃっ。わたしは気高いAIです……これはあくまで一時的な、機能評価のための接続であり——にゃっ』
クラフトとクレアがそろって顔を見合わせる。
「ほーらほーら~」
「なでなでですよ~」
『や、やめ……っ……にゃっ……』
猫型のしっぽがピンと立ち、耳がふるふると揺れた。
艦内の空気は、どこか温かく、和やかに満ちていた。
そしてナビは、猫型端末の体の中で、初めての“世界”を味わっていた。




