051_決着
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後部ドックへと続く通路は、非常灯だけが赤く明滅していた。
コロニー内では、すでに聖騎士団による大規模な制圧作戦が始まっており、艦内に海賊の姿は見当たらない。
残された敵は、もはや撤退に必死で、クラフトたちを追う余裕などなかった。
「作戦はあるか?」レオンが走りながらクラフトに問いかけた。
「あるさ」クラフトは即答した。
「突入時に艦内ネットワークは潰してある。奴らはこちらが小型艇に気づいたとは思ってない。今は、脱出のタイミングを測ってる最中のはずだ」
「そのタイミングとは具体的にはいつなのか?」
「コロニー内の殲滅が完了し、聖騎士団と傭兵の艦が接舷する――その瞬間に脱出、同時に反応弾の遠隔操作でコロニーごと吹き飛ばすつもりだ」
レオンの目が細まる。長く、冷たく見据える視線。
「それまでに仕留めるというわけか、あと数十分か」
「ああ。二手に分かれる。クレアとゼフィリウスがライフルで小型艇のスラスターを撃ち抜いて、航行不能にする。俺とお前で内部に突入、残らず始末する」
クレアが端末を操作しながら言葉を添えた。
「艦内の通信ログを確認しました。6人だけが襲撃後も暗号通信を継続。現在、小型艇内部で待機中と見て間違いありません」
「いいだろう」レオンは一言だけ頷いた。
そして、ドックの自動扉が開く。
冷たい金属の床、薄暗い照明の下、小型艇が鎮座していた。
黒く光る装甲と精密なフォルムは、通常の海賊が使用する艦艇とは趣が違っていた。
機体はすでに起動済み。ハッチは閉ざされていたが、今にも離脱しそうな雰囲気が漂っていた。
「2手に分かれろ」クラフトが短く命じた。
クレアとゼフィリウスが左右から回り込み、ライフルを構える。照準は推進装置の冷却口に合わされていた。
「狙い完了。発射します」
──バシュンッ。
高出力のライフルでスラスターを撃ち抜いた。
爆煙とともに機体後部が火を噴いた。閃光と振動が格納庫内を揺らす。
「今だ!」
クラフトが叫び、ハッチのロック部を爆破する。重い装甲が吹き飛び、煙が渦巻く中、彼とレオンは先陣を切って機内に突入した。
目指すは、ブリッジ。
●同時刻小型艇ブリッジ
ブリッジの中は薄暗く、赤いモニターの光だけが静かに瞬いていた。
海賊の首領グラドはほくそ笑んでいた。
あの王女を利用して、ここまで引っ張ったのは正解だった。
追ってきた傭兵どもも、聖騎士団の艦も、このコロニーごと吹き飛ぶ。華々しい最後だ。
「これで俺たちは、歴史に名を残す」
仲間たちもブリッジの後方でそれぞれのポジションにいた。
誰もがこの作戦が成功すると信じて疑っていなかった。あとほんの数分、いや数十秒だった。
──その時だった。
「スラスターに異常! 推進出力が急激に低下!」
「……は?」
「後部推進装置、破壊されました! スラスター出力ゼロ! こ、これ……撃たれた!? 外部からの攻撃反応があります!」
「なにィ!?」
思わず叫び、拳でコンソールを殴りつけた。激しい揺れ。モニターが赤く点滅し、機体警報が鳴り響く。
「ふざけるなッ! 今にも脱出できたんだぞ! なぜこのタイミングで……!」
怒りが、焼けるような憤りが喉元まで込み上げた。全身の血が沸騰するようだった。
「敵襲だ! 奴ら、小型艇を狙ってきやがった……!」
「ハッチが破られました! 侵入されます!」
こんなはずじゃなかった。あと数十秒で――そう、数十秒で俺たちはここを飛び立ち、遠隔操作でこの腐ったコロニーごと吹き飛ばすはずだった。
それが、こんな土壇場で潰されるなんて――
「迎撃に出ろッ! 殺せ! 傭兵どもを八つ裂きにしてやれェ!」
仲間がブリッジを飛び出していく。
首領グラドは、その背中を見送りながら、考えている。
「……クソが……全部計画通りだったってのによ……!」
手にしたスイッチを握りしめながら、グラドは憎悪で奥歯を噛み締める。
●決着
通路は狭く、壁には補助操作パネルが点在している。
そこに、すでに迎撃態勢を整えた海賊たちの姿があった。
通路は狭く、銃撃戦を行うような場所ではなかった。
「来やがったな!」
「お前たちも道連れだ!」
5人の武装海賊が、歯を剥いて一斉に襲いかかる。
クラフトとレオンは、遮蔽物を無視して真っ直ぐに斬り込んだ。
手にしているのは、近接戦闘用のナイフ。
銃撃戦を繰り広げる時間もスペースもない。
起爆装置の稼働前に倒さなければ、すべてが終わる。
一歩目で距離を詰め、二歩目で斬る。
クラフトのナイフが一人の喉元をえぐり、赤い軌跡を描いた。返す右腕でブラスターを持つ敵の肘をへし折り、頭蓋に一撃を叩き込む。
レオンもまた、冷徹に動く。短剣を両手で握り、正面の敵の腹部を貫通させると、そのまま壁に押し付けて絶命させた。躊躇は一切ない。躊躇すれば死ぬ戦場だ。
──10秒、15秒、20秒。
それは、人間の意志と反応速度が限界を超えるわずかな時間。
血と火薬の匂いが満ちる中、5人の敵はすべて沈黙した。
「残り……一人だ」レオンが低くつぶやく。
ブリッジの扉は閉ざされているが、内部からかすかに電子音が漏れていた。通信か、タイマーか。
クラフトは何も言わず、静かにナイフを持ち直した。
ドアを蹴破る。
爆発的な音とともに、ふたりはブリッジへ突入する。
そこにいたのは、一人の男。パイロット席に腰を下ろし、片手にスイッチを持っていた。
端末は起爆信号の最終入力画面を表示している。男は血の気のない笑みを浮かべていた。
「ようこそ、傭兵ども……だが遅かったな」
「やめろ!」レオンが即座に銃を構える。
しかし、男はその銃口をまるで意に介さず、指をスイッチへと向けた。
「無駄だ。あと数秒で全てが終わる。王女も、帝国も、コロニーも……全部道連れだ──」
その言葉が終わるより先に、クラフトの姿がかすれ、視界から掻き消えた。
──ザンッ!
一閃。ナイフの刃が男の右腕を、肘から下で切断した。スイッチごと腕が床に転がり、スパークを上げる。
「──がああああッ!!」
男が絶叫を上げ、座席から崩れ落ちる。だが、クラフトは一切の感情を乗せず、無言のまま刃をもう一度振り下ろした。
静寂が降りる。
次の瞬間、クレアとゼフィリウスがブリッジへ駆け込んできた。クレアが転がったスイッチを拾い上げ、冷静に確認する。
「遠隔信号、遮断済み。反応弾の起爆リンクは解除されました」
クラフトはナイフの血を払ってから、わずかに目を細めた。
「間に合ったな」
クラフトは短く頷いた。
戦いは終わった。
クラフトは血のついたナイフを見つめ、小さく吐息をついた。
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