050_10分間の救出劇と微かな違和感
宇宙は沈黙していた。
絶対零度に近い闇の中、6つの人影が時速300キロで滑空する。目指すは、コロニー外縁に係留された全長1200メートルの海賊旗艦〈バロック・カラミティ〉。
マグネットブーツが船体に着地する音が、金属を伝ってわずかに響く。
「スラスター部、着地完了」
レオン・バルザード少佐の低い声に、他の五人も無言で頷いた。
クラン・セリュース少尉が腰から起爆装置付きの爆薬を取り出し、艦尾のスラスター接合部に設置していく。クレアとゼフィリウスは船体上を滑るように移動し、目的地である艦中央の非常用ハッチへ向かった。
「全員、設置完了。少佐」
クランが報告を終えると、レオンは無言で手を広げ、指を折る。
5──4──3──2──1──
2つの爆発音が同時に鳴り響いた。
艦尾のスラスターが爆炎を吹き上げ、同時に非常用ハッチが吹き飛ぶ。開口部から舞う破片をくぐり抜けて、6人は艦内へ雪崩れ込んだ。
船内は赤色灯に照らされ、まばらな照明が揺れている。クレアが即座に艦内コンソールへと有線接続。数秒でハッキングを終えると、各自の視界に艦内マップと王女の所在が共有された。
「王女は前方、司令区画のすぐ手前の隔離区画に監禁されています」
「見張りは4名。火器は標準的。対処可能」
クレアの冷静な報告が全体に共有される。
「ゼフィリウス、クレア。先頭は任せる。残りは隊列を維持して続け」
レオンが短く命じる。クラフトがその背後で軽く肩をすくめた。
「さて、先頭組のお通りだ」
ゼフィリウスとクレアが、先陣を切って走り出す。
クレアのポジトロニックブレインは、戦闘経路を秒単位で最適化し、ゼフィリウスとの距離と射角を保ちながら進行。視界に入った敵を即座にスキャンし、次の瞬間には銃口が火を吹いていた。
──バンッ。
最初の敵は、廊下の影から顔を出した瞬間に、クレアのライフルで頭部を吹き飛ばされた。
ゼフィリウスの動きも鋭い。狭い通路を滑り込みながら、膝立ちの姿勢から二人目を仕留める。
後方では、フェリクスとクランが特殊地雷を設置しつつ、慎重に追随していた。
「設置完了」
「了解、爆破!」
レオンの一言で、背後から数度の爆発音。追撃してきた海賊が、通路ごと吹き飛んだ。
「前方、30メートル。敵3名確認」
ゼフィリウスの声と同時に、クレアの照準データが同期される。
──1.2秒後、全員が床に沈んでいた。
クラフトが軽く口笛を鳴らす。
「クレア、マジで鬼だな」
進行開始から3分半。すでに海賊たちは、後方部隊を含めて十数名が戦闘不能となっていた。
「敵の配置、予想通り」
クレアの報告と共に、部隊は中層区画を抜け、船体の前方へと向かう。
進路を塞ぐ火力支援用の重装兵もいたが、ゼフィリウスが側面から牽制弾を撃ち込み、クレアがその隙を逃さず心臓部に直撃を与えた。
「これで17人目。あと少し」
クランが息を切らせながら言う。
「数える余裕があるならもっと撃て」
レオンが冷たく返す。
7分が経過したとき、チームは隔離区画の前に到達した。
「セキュリティドアを監視している2名、位置固定」
「指示を待つ」
「撃て」
次の瞬間、クレアのライフルが沈黙の中で2回震えた。
敵の頭部が、一瞬遅れて床に落ちた。
「ドアロック解除。開けます」
クレアが淡々と処理を行う。電子錠が外れ、鈍い金属音とともにドアが左右に開いた。
中には、床に座ったまま壁にもたれかかるようにして、王女がいた。
中にいたと思われる海賊はクラフト達の突入を知り、別ルートで逃げた後だった。
セシリア・リュミエール=エクシオール。
薄い拘束服に身を包み、手足には簡易の電子拘束が施されている。だが、その瞳は凛としていた。
「お迎えにあがりました」
フェリクスが一歩前に進み、跪く。
「ありがとう、でも意外だわ、聖騎士の方の迎えが来るとは思わなかった」
クランが答える。
「我々だけではありません、帝国の士官と傭兵が同行しています」
「帝国……傭兵……」
セシリアの声はかすれていたが、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
「敵の再配置の前に離脱するぞ」
レオンの号令とともに、チームは来た道ではなく、艦前方の非常口を通って脱出経路へ進路を切り替えた。
それは、わずか10分で完遂された閃光のような救出劇だった。
王女の救出成功の一報はコロニーへの突入を待機していた聖騎士団に瞬時に連携される。
そして、王国聖騎士団による海賊討伐が開始された。
……しかし。
クラフトは、妙な違和感を覚えていた。敵が弱すぎる。
「クレア、ギルドの戦闘データベースと照合してくれ。コロニー襲撃の規模、突入後の敵の行動パターン、この艦の装備構成──何か見落としてる気がする」
「照合開始……数値確定。転送します」
クラフトの視界に、透明なホログラフが幾重にも展開される。戦闘パターンの統計グラフ、装備リスト、エネルギー消費の推移、そして後部ドックに係留された小型艇の機体プロファイル。
「……やっぱりな」
襲撃規模の割に敵が弱すぎた。データは、コロニー襲撃がこの十年で最大規模であることを示していた。
だが、敵の戦闘時の動きは平均程度。統率も、火力も、練度も、記録された平均値と比較して大差はない。
一方で、後部カーゴに収容されている小型艇は異質だった。
装甲、エンジン出力、ステルス性能──いずれも民間・海賊用の域を超えており、軍用もしくは諜報機関の設計との一致率は65%。
そして、極めつけが母船の構成と武装。
反応弾、52発。通常搭載の11倍。
それだけで、コロニーを完全に消し飛ばす火力がある。
クラフトの瞳が細くなる。
「つまり……最初から逃げるつもりだったわけだ。王女を餌にして俺たちを引きつけ、その隙に脱出。そして、船ごとコロニー、聖騎士団、傭兵をまとめて消し飛ばす気だった」
クレアの声が静かに応じた。
「推定される海賊側の作戦成功率──実行まで気づかれなければ87.2%」
「……なるほどな」
クラフトは短く息を吐いた。
「レオン、敵は脱出を図っている。反応弾を使ってコロニーごと吹き飛ばす気だ。王女の移送は聖騎士に任せて、俺たちは後部ドックに向かう。この作戦、本当に終わらせるぞ」
しばしの沈黙のあと、レオンはわずかに目を細めた。
「最初から、それだけが目的だったと?──随分な手間をかけたものだな」
彼は二人の聖騎士に目を向ける。
「王女を頼む。最寄りのシャトルでこの艦を離脱しろ」
「了解。王女の護衛は我らが務める」
クラフト、クレア、レオン、ゼフィリウスが後部ドックへ向けて全速で走り出した。すでに艦内に海賊の姿はない。
52発の反応弾は遠隔操作での起爆に間違いない。
脱出を目論む海賊を殲滅しなければ、コロニー内にいるもの全てが死ぬことになる。
最後の決戦が始まる。




