004 対人戦闘訓練
造船ドックの天井で、溶接火花が静かに舞い散っていた。空間全体に微かな振動が伝わってくる。数百体の自律工作ドローンと巨大なアームが連携し、〈シルバーナ〉の銀色の外装を丹念に組み上げていく。
クラフトは、作業ブースの一角に設けた個人居住スペース──訓練室を兼ねた仮設の司令室から、その様子を眺めていた。
そこは1人で生活するには十分すぎる広さだった。簡易キッチン、個室ベッド、シャワールーム、作業机、そしてコマンドコンソールが揃い、すべてが最適に配置されている。戦闘艦ながらも長期航行に耐える住環境を、自分用にカスタマイズしているのだ。
「装甲板の接合、完了か……シルバーナ、本体構造80%まで到達。順調だな」
クラフトは軽く背伸びをすると、コンソールを操作して訓練モードへと切り替えた。
今日のメニューは三つ。徒手格闘、ナイフ戦闘、ブラスター射撃。
徒手格闘は、戦闘の基本にして極限下で最も頼れる技術だ。移民船のデータライブラリには、旧地球の特殊部隊が用いた制圧術を基にした訓練プログラムが保存されていた。AI制御の訓練ドローンにデータを移植して、ただひたすらに基本動作を続ける。
その後、腰のホルスターから2本のナイフ──新たに自作した専用装備──を抜き放つ。
刃渡りは30センチ、鈍く光る黒鋼の刃。その根本には厚く成形されたナックルガードが組み込まれており、格闘時には打撃武器としても使用可能だ。敵の武器を受け止め、そのまま殴り飛ばすための設計だ。「こいつなら、斬っても殴ってもいい。便利な道具ってのは、美しいな」
ホログラムの敵が出現。接近戦。フェイントからの裏回り、ナックルでガードで打撃を加え、刃で関節を断つ。わずか数秒で3体を無力化。ナビが戦績を記録していく。
続いて、拳銃型の小型ブラスターを取り出す。設計段階から自分の手に合わせて製作した、片手用の高出力モデル。ホルスターからの抜き撃ち、狭所での制圧戦、連射対応のモード切替、すべては自分専用に最適化されている。
市街地戦闘を想定したVR訓練で、テロリストに見立てた標的を無力化していく。人質を避け、遮蔽物を使い、迅速に制圧する動きは無駄がない。
《射撃精度95%、命中率安定。ブラスターは過熱なし、出力調整良好です》
「ふむ、良し。これなら実戦投入できるな」
クラフトは汗をぬぐいながら、訓練ログを保存し、再びシルバーナの設計図に目を通す。
全長100メートル、全幅50メートル。銀色の艦体は小型艦の分類ながらも、出力系は異常なまでに強化されていた。
エネルギーコアは本来なら2基搭載が限界だが、無理やり6基に拡張。推進、シールド、武装、それぞれに独立した電力供給ラインが引かれており、通常のコルベット艦すら凌駕する戦闘能力を持つ。
主兵装には、かつて戦艦に搭載されていた高出力ブラスター2門。補助武装として、旧式コルベット艦から回収した反応弾頭ミサイルを搭載予定。さらに、ミサイル迎撃用に近距離パルスレーザーも搭載される。
コンセプトは単純明快。**"逃げ足の速い戦闘用艦"**だったけど、冷静に考えると、単機で戦艦クラスを相手にするような武装になっている気がする。まあそんなことにはならないだろう。
「カーゴスペースは最低限。守るのは命と情報、それから自由だな」
そうつぶやくと、クラフトはAIに設計最終承認を出した。
《設計完了。最終工期計算中……》
《推定完成まであと:26日》
《確認:艦名〈シルバーナ〉で確定しますか?》
「確定」
《確認完了。製造プロセス再開》
ドック全体が再び光と振動に包まれた。巨大な溶接アームが動き出し、艦首部の装甲が取り付けられていく。AIが自動管理する工作ロボット群が、規則的に艦内部の配線や補機を設置していた。
クラフトは居住区の壁にもたれ、改めて自分の計画を思い返す。
最寄りの星系、ターリーズ。そこにはメタ王国を中心とした300を超える自治国家が存在し、テラフォーミングによって人類が住めるようになった惑星が3つ、そして無数のスペースコロニーが星系内に散らばっている。
とはいえ、情報は30年前のものが主だ。政治や経済の現状、通貨クレジットの価値、スターゲイトの料金体系など肝心なものはすべて、実際に行ってみないと分からない。
「やっぱり現地で確かめるしかない。まずはアルファ惑星に着いて、情報を仕入れる」
そこにはメタ王国の拠点があり、交易が盛んで、ギルドの支部も存在するらしい。
ワープを使えば到着まで約1週間。その間に最終訓練と戦術確認を終えれば、完璧だ。
クラフトは自作のナイフ2本と小型ブラスターを手に取って眺めた。
「さて、あとは時間の許す限り訓練だな」