041_惑星ノバス、休暇航路
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星々の海を漂うように、シルバーナは静かに航行していた。目的地はエクシオール星系。今回はスターゲイトを使わず、通常航行で向かっている。最大速度で三日。急ぎでもないし、ゆっくり進むにはちょうどいい。
誰もいない移民船で目が覚めてから、もうすぐ一年と十ヶ月が経とうとしている。
最初の一年弱は、ほぼ移民船内で過ごした。シルバーナを造り、そこから脱出して、最寄りのターリーズ星系を目指した。傭兵登録、海賊討伐、そしてクレアとの出会いとアップデート。とにかく、いろいろなことが起きた。
次に向かったのはドクタス星系。シルバーナの大改修、シップワークスのミオ社長の護衛任務、セキュリティ部門十五名の訓練、さらには、あのワーム状の巨大生命体との交戦まで。
短期間で随分と戦ってきた。
だから今は、ほんの少しいや、たまには本気で休もうと思う。
「やはり、こうして航行するのも悪くありませんね。穏やかなリズムが心地よく感じます」
クレアが隣のソファに腰を下ろし、手にしたタブレットをこちらに傾けて見せる。
「目的地の詳細をまとめました。ご確認いただきますか?」
クラフトはうなずいた。
クレア、カテゴリ4に分類される高性能AIアンドロイド。戦闘、操舵、分析、整備、すべてをそつなくこなす万能パートナーだ。そんな彼女が用意したのは、戦術資料でも戦闘シミュレーションでもなく、観光案内だった。
「エクシオール星系は、この宙域でも珍しく、有人惑星がひとつしか存在しません。中心惑星ノバスは王政を採用しており、星系防衛は聖騎士団を中心とした組織が担っております」
微笑を浮かべながら、クレアは淡々と続ける。
「ノバスは全面積の七割以上が海洋に覆われており、その美しさから“青い楽園”とも称されております。今回の滞在先は“ホテル・オークノバス”。ミオ様から推薦された高級リゾート施設でして、全室オーシャンビューのスイート仕様です。地元グルメでは、ノヴァシェルの浜焼きが特に有名です」
「ノヴァシェル?」
「現地で採れる大型の二枚貝でございます。レモンと香草を合わせて焼いたものが人気です」
それはうまそうだな、とクラフトは内心つぶやき、肩の力を抜いた。
「惑星ノバスの通信圏に入りました。管制より降下許可が下りました。降下シークエンスを開始いたします」
クレアの穏やかな声を聞きながら、クラフトは操縦席の背にもたれかかり、前方モニターに映る惑星を見やった。
雲ひとつない晴天。青く透き通った海。
白い砂浜が惑星の輪郭をなぞるように続き、日差しが海面をきらきらと照らしている――まさに「絵に描いたような楽園」だった。
「ようやく、だな。何日ぶりの完全オフだ?」
「数えておりませんが、実働、整備指示、訓練サポート、作戦参加……三十日ほど、連続勤務が続いておりました」
「休むぞ。絶対に、休む」
クレアがくすりと笑う。航行データを調整しながら、補足情報を口にする。
地上に降りると、潮の香りが機体の中まで滑り込んできた。港湾ドックから送迎艇に乗り換え、十分ほどで「ホテル・オークノバス」に到着する。
広い敷地に点在する建物はすべて低層。白い壁に緑の屋根が映え、水平線に溶け込むような優美なデザインだった。
「ようこそ、お越しくださいました。こちら、ウェルカムドリンクでございます」
フロントで名前を告げると、スタッフが笑顔で差し出してきたのは、青く澄んだ海を映したような透明なドリンク。柑橘系の香りが漂い、クラフトは一口飲んで目を見開いた。
「うまい。なにこれ」
「オルセラ果実のジュレ入りミネラルドリンクですね。抗酸化作用が高く、若返り効果もあるとのことです」
「効きすぎて赤ん坊にならないだろうな?」
部屋はオーシャンビューのスイートだった。天井が高く、リビングとベッドルームに仕切られた構造で、テラスからは一面の海が見渡せる。
淡い香りが空間を満たし、重力さえも緩やかに感じられるほど、居心地がいい。
「しばらくはこちらでお過ごしくださいませ」
扉が開いて現れたのは、専属のメイドロイド。
落ち着いたメイド服に身を包み、礼儀正しくお辞儀をした。
「初めまして。私、スフレと申します。本日より、お二人の滞在をサポートいたします」
スフレが下がると、すかさずクレアのこめかみが微かにぴくりと動いた。
「競合品、でしょうか」
クレアがクラフトを見ながら訪ねる。これは答え方1つでまずいことになるやつだ。
「いや、別ジャンルだろ。クレアが本気出したら、一人でこのホテル一棟回せるしな」
「過大評価です」
そう言いながらも、わずかに口元が上がっていた。
セーフだったようだ。
荷をほどき、昼食を終えると、ホテル内のショッピングエリアを散策することにした。
「現地気候に合わせて軽装をご用意くださいとのことです。日中は平均気温三十四度。遮熱素材が好ましいでしょう」
クレアはワンピースを手に取り、試着室へ。数分後、カーテンが開かれる。
「どうでしょうか?」
波打つ白地に、青のラインが入ったドレス。日差しにきらめく布地が彼女の黒髪と絶妙に調和していた。
「似合ってる。というか、驚いた」
「美的最適化プログラムは有効です」
「それ、卑怯じゃないか?」
笑いながらそう返すと、クレアもほんの少し、得意げに肩をすくめた。
その後、バカンス用の水着や帽子、サングラスを購入し、クラフトもTシャツとショーツを揃えた。
日が傾きはじめた頃、ホテル併設の海岸エリアへと向かった。
夜風は柔らかく、波音の向こうから、音楽と炭のはぜる音が聞こえてくる。特設のバーベキュースペースだ。
「すでに準備が整っているようです。肉、魚介、野菜……これがバカンスの醍醐味と申せましょう」
クレアは手際よく食材を並べ、網にロブスターやノヴァス牛、そして殻付きの巨大な二枚貝――ノヴァシェルを載せていく。炭火の熱で貝が少しずつ開きはじめ、香草とレモンの香りが立ち上る。
「これは……ノヴァシェルの浜焼きか」
「はい。開いたところに特製のバターソースを落とし込むと、旨味が増します」
言われた通りにクラフトがひと口頬張ると、潮の風味とバターの香ばしさが一気に口に広がった。
「……うまいな。こんなの初めてだ」
「ノバスでしか採れない固有種です。食材管理AIにより、個体選定から配送まで一貫されています」
「グルメAIまでいるのか、ここは」
ふたりは黙って、夜の海を眺めながら舌鼓を打った。
やがて食事を終え、月明かりの下、波打ち際を歩いて部屋へと戻った。
スイートのテラス。クラフトは冷えたグラスを手に、海を見下ろしていた。
波音と風の音が、ゆるやかに夜を包んでいる。
「こんなに何も考えなくていい夜は、久しぶりだな」
「はい。あまりに平和で、思考キャッシュが空になります」
クレアが隣に腰を下ろす。さっきまでの水着姿から、今は淡い色のナイトウェアに着替えていた。
「ありがとうな、クレア。こういうの、提案してくれて」
「いえ、提案者はミオ様でございます。私は後押ししただけです」
「でも、クレアと一緒だから楽しめるんだ」
クラフトの言葉に、クレアはわずかに目を伏せる。月光が彼女の頬に優しく触れた。
「私も……そう思います」
その夜、海の音は静かに響いていた。
銀河の果てのリゾートで、ふたりだけの、確かな“休息”が訪れていた。
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