039_別れの挨拶
陽光が差し込むドクタスの朝。都市上層部の空は今日も澄みきっていた。
パーティーから数日後、クラフトとクレアは、ドクタス郊外にあるミオ・デグラントの屋敷を訪れていた。今日、この星系を離れる前に、最後の挨拶をするためだった。
ミオ氏との出会いから始まった、この惑星での滞在は、短期間ながら濃密だった。護衛任務、若手パイロットの訓練、そして小型・大型ワームの殲滅作戦。
セキュリティ部門のレイモンドや15名のパイロット達には、すでに別れの言葉を伝えてある。
今生の別れではない。
宇宙は広いが、同じ空を飛ぶ者は不思議と再会するものなのだ。
屋敷の門が開くと、ミオが玄関ホールで待っていた。
「よく来てくれました。さあ、上がってください。最後に少し、ゆっくり話をしましょう」
穏やかな笑みの奥に、ほんのわずかな寂しさが見える。
二人は応接室へと通された。淡い香木の匂いが、館の静けさを彩っていた。ソファに座ると、ミオが紅茶を注いでくれた。
「〈シルバーナ〉は、完璧に整備させていただきました。船底の微細な亀裂も全て埋め直し、武装の動力配分も再調整済みです。誘導弾、反応弾も最大数まで補充済みです」
「ありがとうございます。おかげで、どこへでも飛べそうです」
クラフトはカップを手に、少し目を細めた。
「お世話になりました。もう少し滞在したかったですが……次の星が待っていまして」
「ええ、それは残念です。でも、当然のお仕事ですね」
ミオはカップを置いてから、少し体を前に乗り出した。
「……クラフトさん、ドクタスに残る気はありませんか?」
クラフトは少しだけ驚いた顔を見せた。
「残る?」
「ええ。傭兵家業を続けるのも良いですが、シップワークスでは特別待遇での契約もご用意できます。待遇、報酬、権限――すべて、こちらから提示可能です」
「……」
クレアは静かに目を閉じて聞いていた。口元には、わずかな微笑みが浮かんでいる。
クラフトは、視線を少しだけ遠くにやり、ふっと息をついた。
「ありがたいお話です。本当に。でも……俺は自分の翼を持って、星の海を渡る者でして」
「今は、人を探しているんです。だから、ここに留まるわけにはいかない」
「……そうですか。そうお答えになるとは思っていました」
ミオは、柔らかな笑みを浮かべた。納得の表情だった。
「ですが、〈ドクタス・シップワークス〉は、あなたに深く感謝しています。護衛、訓練、作戦、どれも素晴らしい成果でした」
「ご満足いただけたようで何よりです」
「それでは、家族にもご挨拶をお願いできますか。ユイも、クレアさんにまた会いたがっていましてね」
応接室を出ると、広いホールの奥からカイとエナ、そしてユイが現れた。
「おじさん、もう行くの?」
ユイが小さな声でクラフトに尋ねた。
「うん。星を渡る時間だ」
クラフトは屈んで、ユイの頭を優しく撫でた。
クレアは自然な動きで膝をつき、ユイをそっと抱き上げた。ユイは嬉しそうに、クレアの肩に顔を預けた。
「また、会えるのでしょうか?」
エナが、少し寂しげに尋ねた。
「ええ、もちろんです。宇宙は広いですが、再会が不可能だとは思っておりません」
クレアの返答に、エナはほっと息をついた。
カイは何も言わず、静かにクラフトと握手を交わした。言葉はいらなかった。若者の瞳には、尊敬と、わずかな挑戦の光が混ざっていた。
「またな。もっと強くなっていろよ」
「はい、必ず」
やがて屋敷の門前に戻ると、再びミオが立っていた。
「お二人とも、ご無事を祈っています。また、どこかの空域で」
「はい。必ずまた」
ふたりの影が長く延びていく午後の光の中、シルバーナへと続く静かな道を歩き出した。
新たな星の海が、彼らを待っている。




