038_打ち上げパーティー
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●〈ドクタス・シップワークス〉のMTGルーム
金属とガラスで統一された直線的な内装ながら、独特の温かみがあった。中央の大型ホロモニターには作戦の総括データが映し出されており、室内の重役陣やオペレーターたちがその前に整列していた。
クラフトたち十五名のパイロットが揃って入室すると、自然と拍手が湧き起こった。
レイモンド・カークはその最前列に立ち、低く、しかし明瞭な声で言った。
「諸君の帰還を歓迎する。巨大ワームの殲滅、小型中型の追加掃討。死者ゼロという結果は、想定を遥かに上回るものだ」
その隣で立っていたのは、ドクタス・シップワークスのオーナー、ミオ・デグラント。
落ち着いた微笑を浮かべながら、短く頷く。
「ありがとう、キャプテンクラフト。あなたと部隊の判断がなければ、いま頃どれほどの被害がでていたことか」
「受けた仕事を全う出来て良かったよ」
クラフトはいつもと同じように答えた。
「反応弾、150発も設置したのは、"成り行き"にしては大胆だったな」
そう口を挟んだのはレイモンドだった。珍しく口元が緩んでいる。
クラフトは苦笑しながら視線を逸らす。
「……ちょっと急だったからな。数を考える時間がなかった」
ミオは上機嫌のようだ。
クラフトはちょっとほっとした。
内心、使いすぎだと言われたら困るなと思っていた。
1発500万クレジット、それが150発。
安いとは言えない費用だ。
「弾薬のコストについては、協賛企業との枠内で案分する手筈になっている。実績を見れば、誰も文句は言わないさ」
クラフトはホッとしたように息をつき、続いて控えていた若手たちの背を軽く叩く。
「よかったな。お前らの働きも評価されてるらしいぞ」
「当然っすよ!」
カデルがにかっと笑って拳を突き上げ、リーニャが勢いよく頷く。
「へへっ、ちゃんと録画されてたんだよね? あたし、いいとこ見せたから!」
ノアは少し緊張気味に立っていたが、レイモンドとミオからの言葉に、ようやく肩の力を抜いた。
ミオは全員を見渡しながら、続けた。
「今回の件は、ドクタスにとっても大きな転機になった。企業としての信頼も、シップワークスの機動対応力も評価されている。皆にはそれぞれ、働きに応じてボーナスが支給される予定だ」
ざわりと空気が動いた。若手たちは思わず顔を見合わせる。
「キャプテンクラフトには、契約通りの額に加えて、特別ボーナスを用意します。詳細は後日、改めて」
「過分な扱いに思えるが」
クラフトは、控えめな言葉で返したが、表情は隠しきれていなかった。
「さて」
ミオは場の空気を切り替えるように手を叩いた。
「今日はこの後、シップワークスのホールで一席設けてある。緊張を解いて、存分に楽しんでくれ。諸君の無事と働きに、心から感謝する」
ホールに移動すると、そこはすでに立食パーティーの熱気に包まれていた。
流れる音楽はジャズを下敷きにした電子アレンジ。
照明は温かみのある琥珀色で、軽食と酒の匂いが漂う。
パイロットたちに加え、整備士や技術者、企業関係者など二百人以上が出席していた。
クラフトがホールの端で一息ついていると、すぐに数人の社員がグラスを持ってやってくる。
「クラフトさん、よかったら一杯……!」
「こちら、現場映像を編集したスタッフです!感謝の一杯!」
「いや、もう三杯目だが……まあ、いただくか」
クラフトは肩の力を抜き、苦笑しながらグラスを受け取った。
少し離れた場所では、クレアが囲まれていた。
彼女は丁寧な口調で応対しながらも、ほのかに目元に微笑を浮かべている。
「はい、皆さまのご支援と整備体制の迅速な対応に、深く感謝いたします」
「過剰な注目は処理効率を下げる可能性があるため、適度な距離をお願い申し上げます」
その様子を見ていたノアが、ワインを片手にふらふらと近づく。
「クレアさん……今日のあなたは、いつも以上に……ああ、眩しい……」
「ノアさん。酔っていらっしゃいますね」
「そうでもないです。僕は……いつも、あなたの冷静さに……ほれぼれ、いや、しびれてて……」
「あらら……」
「はっ……す、すみません!俺、今の、無しで!」
ノアは顔を真っ赤にして飛び退いた。クレアはどこか困ったような、けれどほんの少し嬉しそうな表情を見せた。
その時、子供たちの声が響いた。
「クレアー!」
小さな足音とともに、ミオの末娘ユイが駆け寄ってきた。クレアがそっと腰を屈めると、ユイは自然にその腕の中に収まる。
「ユイさん、会場は人が多いので気をつけてください」
「クレア、おねーさん、だっこー!」
「承知しました。重さは適正範囲内です」
優しくユイを抱き上げるクレアの姿を見て、会場の一部から再びカメラのシャッター音が響いた。
「かわいいなあ、あのコンビ」
そう呟いた誰かの声を背に、クラフトはようやく落ち着いた席に腰を下ろした。
グラスに残る琥珀色の液体を揺らしながら、彼は遠くで笑う若者たちを眺める。
戦いの余韻は、まだ身体の奥に残っている。
だが今は、ただこの安堵の時間を
この一夜を、心から味わっていた。
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