029 情報整理
屋敷の監視を強化しつつ情報を集めた。
クラフトはクレアとナビと協議のために屋敷でモニターに向き合っていた。
シルバーナは現在ドックに移動して改修の作業中だ。
「情報、集約完了しました」
ナビの声は相変わらず冷静だった。
「ナビ、クレア。集まった情報を教えてくれ」
最初にナビが話し出した。
『ドクタス・シップワークスは、惑星ドクタスに拠点を置く中規模の整備企業です。
主な業務は、恒星間航行艦とくに中型以上の商船を対象とした船体および推進機関のメンテナンスですね。
航法ユニットの調整、冷却系の最適化、ナノ装甲の再構築といった分野に定評があります。
また、複数の星系でスターゲイトの保守運用業務の一部も請け負っており、
星系内の交通インフラを支える重要な民間パートナーとされています。
軍需には基本的に関与しておらず、技術者の育成や中古パーツの再利用など、堅実で持続可能な運営方針を取っているのも特徴です。
派手な技術革新はないですが、信頼と継続性で評価されている企業と言えるでしょう』
「過去に海賊がらみの事件にかかわったことはあるか?」
『記録にはありませんでした』
では次に私から報告します。クレアがナビの後に続いた。
「ミオ=デグラント氏の行動パターンについて、確認できた範囲で報告します」
「勤務スケジュールは不定期。彼は会社のオフィスと個人邸宅のどちらでも業務をこなしています。時間配分はほぼ半々。特定の曜日に集中するという傾向もありません。数年間にわたりこの生活リズムを維持しているようです。つまり、予測可能ではありますが、柔軟性が高いとも言えます」
一拍置いて、クレアは続ける。
「ご家族について。現在、二人の夫人と暮らしています。いずれも元研究者あるいは技術者ですが、特段優秀とされる経歴や記録は確認されていません。家庭内では調和重視、ドクタス文化に準拠した穏やかな生活がうかがえます」
クレアは表示された人物相関図を軽く指で操作しながら、端的に言い切る。
「総じて、〈ドクタス・シップワークス〉は堅実な経営体制を保っており、彼自身も感情に流されず実業家としての資質を持っています。派手な技術革新こそありませんが、長期的な利益確保と信頼性の高い設備メンテナンス事業を軸に、安定した基盤を築いてきました」
「過去に襲撃にあったことは?」
「今回のように、明確に海賊に狙われたのは初めてのケースです。職場では大手企業である以上、内部に小規模な不正や情報漏洩の芽があるのは想定内と見るべきでしょう。ただし、この企業では職員の入れ替えが極端に少なく、内部統制は強固です。信頼で回っている会社だとも言えます」
クレアはそこで少し声のトーンを落とす。
「次に上空からの監視についてです。ひと月前から、ミオ氏の会社のセキュリティ部門は、自社上空、ミオ氏の屋敷上空に漂う監視ドローンのような存在に気づいていたようです。断続的に姿を現すものではなく、延々と浮遊し続けるタイプ。発信源は不明です」
「さらに海賊の襲撃前には、屋敷周辺で周期的に現れる不審者の目撃証言が複数確認できました。動きに規則性があるため、情報収集や内部観察が目的と見られます。屋敷を監視している存在があるのは、ほぼ確実です」
クラフトは両手を組み、口の端をあげて一呼吸。
「なるほど、温厚で堅実な実業家が、1か月前からは監視されていて、先日は海賊の襲撃にあった、そして俺たちに家族の護衛を依頼した。やはりどこぞの映画のように簡単に犯人が分かるはずもないか」
「ナビ、クレア、何か意見があるか?」
ナビはいつもと同じように冷静な口調で返答した。
「現段階では、情報が断片的すぎます。海賊がたまたま単独で動いたとは考えにくいですが、背後関係を示す明確な証拠はまだ得られていません。
上空監視と不審者の動きが連携している可能性も、否定はできませんが確定には至りません。不明、というのが現時点での正確な回答になります」
続いて、クレアが短く息を吐いてから答える。
「ミオ氏自身に特別な秘密や敵対関係があるようには見えません。ただ、経済的な安定や信頼性が逆に、目立たぬ価値として狙われる要因になることもあります。家族や従業員の情報も整理していますが、まだ見落としがあるかもしれません。わたしとしても、今は断言できる段階ではないと思います」
クラフトは腕を組んだまま、二人の報告を噛みしめるようにじっと見つめた。
「よし、屋敷の警戒に注力しよう。ミオ氏についても可能な限り屋敷内にとどまってもらうように進言する。ナビ、対人監視用ドローンは継続監視中だな?」
『24時間体制で監視中です』
「現状でできることは警備の強化しかないな。しばらくは状況がエスカレートするかどうかを見極めよう」何かが動いているのは確かなようだが、打つ手がないというのはいつもと勝手が違うと嘆くクラフトだったよ。




