026 ドアーズ星系ドクタス到着
『ドアーズ星系にて』
シルバーナのブリッジ。
艦はゆるやかに巡航中で、メインモニターにはドアーズ星系の全景が浮かんでいた。
「ドアーズ星系は、銀河の中でも特異な経済構造を持つ星系です」
ナビの声がスピーカーから穏やかに流れてくる。
人工知能でありながら、どこか講師じみた口調には愛嬌があった。
「中心惑星は三つ。惑星ドクタス、通称〈ドック〉は物流と造船の中心。
工業惑星アステレインは小型製品の加工製造を担い、リゾート惑星アイリゼは観光と娯楽に特化しています」
「教科書みたいだな」クラフトは肘をつきながら苦笑する。
クレアがモニターの図解を指差す。「この分割された星系構造、でも面白いのは政治体制ですね」
ナビが応じる。「はい。ドアーズ星系は分権的な企業連合体制です。
惑星やコロニーは、それぞれ統一法が適用され、政府は存在しません。この星系は複数の種族が共存する中立地帯となっています」
「軍事力は?」クラフトが尋ねると、ナビは静かに続けた。
「星系全体を防衛する軍隊的な機構は存在しません。代わりに、各企業が自社船団を守るために独自の軍事部門を保有しています。星系外からの大規模侵攻があれば、周辺星系が合同で討伐に乗り出す、または企業や住人は即座に退避することになります」
「なるほど、国というより一時的な生産拠点の集まりみたいなものか」
そのとき、ブリッジに警報が鳴り響いた。
「遭難信号を受信。民間中型艦が海賊に襲撃されているとのことです」
クラフトは即座に立ち上がる。
「最大船速で現場へ向かう。クレア、回線をつないでくれ」
「接続中……はい、つながりました!」
モニターに焦燥の走る壮年の男性の顔が映る。
『こちら〈オリオール〉。現在、民間船1隻と護衛機4隻で海賊11隻に追われています。救援を!』
「こちら傭兵ギルド所属の戦闘艦、キャプテンクラフトだ。3分耐えろ。援護に向かう。護衛機には、民間船の防衛に専念するよう伝えてくれ」
『了解。支援に感謝する!』
通信が切れる
3分後、シルバーナは最大船速で発信元の空域に到着した。
「敵機影11。分析パターン赤、海賊船です。すべて軽〜中型海賊船」
「護衛は指示通り民間船の盾になっています。海賊船は前後から挟み撃ちにする構えです」
クレアが状況を的確に伝える。
「了解。海賊はこっちの存在に気付いていない。命取りだな」
クラフトの声が冷え込む。
「クレア、ブラスターの収束を最大まで上げろ。超長距離射撃で民間船前方の4機を落とす。その後、残りを片付ける」
「了解。収束率変更完了」
シルバーナの船体がしなるように加速し、海賊船の側面から奇襲をかける。
ブラスターが閃光を放ち、民間船の行く手を阻もうとしていた、4機の海賊船が次々に爆発四散した。
「残7機、こちらに気が付きましたね」
ナビの声は冷静だった。
「散開前にもうすこし……」
シルバーナは艦体を旋回し、民間船後方の敵へ艦首を向ける。
クラフトの義眼には7機の軌道予測がくっきりと浮かび上がっていた。
ブラスターが再び火を噴き、敵機が次々に沈む。
敵の散開前に仕留められた。
最後の1機が逃走を試みたが、シルバーナの射程圏から逃れることはできなかった。
戦闘はわずか48秒で終わった。
「ナビ、クレア、360度監視を継続」
『こちら〈オリオール〉。助けていただいて、本当にありがとうございます』
「無事でなにより。被害状況はどうだ?」
『途中、護衛機が2隻落とされてしまいました。助けていただいた船は全員無事です』
『お礼を言い尽くせません。可能であれば、ドクタスまでの護衛をお願いできませんか? 報酬は5000万クレジットをお支払いします』
「討伐報酬と合わせて、かなりの額ですね」クレアが言う。
クラフトが人に見せられない顔で笑った。
「了解した、護衛を引き受ける、ドクタスまでの安全は我々が保証しよう」
ドクタスまでの道中、再び敵影が映ることはなく、数日後、シルバーナは無事に〈ドクタス〉の衛星軌道へと到達した。
クラフトはブリッジの前方に立ち、広がる惑星を見下ろす。
青く澄んだ海が星の大半を覆い、その間に点在する都市群は、まるで水面に浮かぶ銀のレンズのようだった。
太陽光を反射するドーム型の居住区、滑らかな弧を描くハイウェイ、そして海に面した高層ビルが水平線に溶け込む。都市と自然が織りなす風景は、かつてないほど洗練されていた。
「海が多い星なんですね」クレアがモニターに映る都市を見つめながら呟く。
「ドクタスなんて名前だから、工場だらけの星かと思ってました」
「ここまで開発されてて、あんなに水が残ってるとはな」クラフトも低く声を漏らす。
「ドクタスは技術と自然の共存を理念に掲げているそうです」
ナビが補足する。
「工業施設も景観が重視されているそうです」
シルバーナはゆっくりと軌道を降下し、大気圏を滑り抜ける。
船体の外皮に赤熱が走り、やがて雲を突き抜けて海風のなかへ滑り込んだ。
都市の上空を飛行するシルバーナの視界には、海沿いの白い街並み、曲線的な建築物が映る。
港のドック群からは無数の発着機が舞い上がり、空には交通航路の軌跡が幾重にも交差していた。
それは文明の華やかさと、洗練された秩序の象徴でもあった。
指定された地点へ、シルバーナが地上へと降下し、駐機場に静かに着地すると、迎えの地上ビークルが待っていた。
クラフトとクレアは車体に乗り込み、舗装された私道を抜けていく。
やがて、大きな屋敷の正面へと到着。重厚な扉の前には、壮年の男性と二人の女性、そして五人の子供たちがクラフトを待っていた。
『ようこそお越しくださいました。私はミオ=デグラント。〈ドクタス・シップワークス〉のオーナーです』
えっ、奥さんが二人? 子どもが3人
おお……一夫多妻制か。文化の違いだな
ミオに導かれ、二人は屋敷の中へ。
白いクロスが敷かれた長い食卓に豪勢な料理が並ぶ。
ワインの香りが漂い、温かいスープと肉料理が湯気を立てていた。
「今回の襲撃、本当に危なかった。護衛はつけていましたが、2隻を失い、絶望的でした」
「2隻は残念でした。しかし全員落とされる前に、間に合って何よりです。」
とクラフトはグラスを軽く持ち上げる。
「実は、こちらも仕事でこの星に来てまして。船の改修が目的です」
「それは都合がいい。明日、我が社の技師を呼びましょう。改修内容を伺い、見積もりを出します。もちろん、特別価格で」
食事が終わる頃、使用人が現れる。
「お疲れでしょう。本日はお部屋をご用意しております」
「ご遠慮なさらず、命を助けて頂いてそのままお返しするわけにはいきません」
丁重なもてなしに抗えず、二人は屋敷部屋へ案内される。
広々とした空間に、二つのベッドと、遠くに夜景が広がる窓。
窓から見えるドクタスの街は、星のように輝いていた。




