025 光の中へ
スターゲイトの順番待ちの宇宙船が、湾岸軌道上に長い列をつくって静かに浮かんでいた。
ゲート使用には事前の申請と審査が必要で、管制の指示は厳格だ。
手続きはすでに済ませてある。あとは──待つだけだった。
だが、宇宙における「何も起きない時間」というのは、時にひどく長く感じられる。
窓の外に広がる黒と光の海をぼんやりと見ながら、俺は操縦席に腰を下ろしていた。
やることは、ほとんど残っていない。
「……ふう」
船内では、クレアが黙々と作業をしていた。
古い装備や空になった補給容器をまとめ、必要なものと不要なものとを選別している。
コンテナの中身を一つひとつ確認しながら、時折首をかしげる。
「これ……キャプテンの趣味ですか?」
たとえば、手描きのポスターや、昔の食玩みたいなフィギュア。
どうしてそんなものがあるのか、俺自身、よく覚えていない。
無意識のうちに残してきた過去の破片なのだろう。
一方、ナビは船内データの整理に集中していた。
艦艇ログ、戦闘記録、通信履歴……あらゆる記録を精査し、重複や不要データを精密に削除していく。
彼女──いや、彼──の整然とした音声が、船内に響く。
「当該データの使用頻度、0.002%。削除を推奨します」
「指定されたコンテナの内容は、既に格納済みデータと重複しています。確認してください」
クレアが明るい声で返す。
「はい、それ削除していいです。あ、でも……この記録だけは残しておいてください。キャプテンが最初に作ったポスターだから」
ああ、あれか──。
たしか、あのときネメシスで書いた、子どもじみた落書きのようなやつだ。
「目標:生還」と、でかでかと書いてあるだけの紙。
どうしてあんなものを取っておいたのか、自分でもよくわからない。
だが、今のクレアの言葉に、少しだけ胸が温かくなった。
俺は目を閉じた。
スターゲイト前のこの静かな時間──それは、かつての旅立ちと同じように、自然と過去を振り返らせる。
◆ 移民船からの脱出
目覚めたとき、俺はネメシス号の中にいた。
義眼越しに映るARのインターフェースと、ナビの第一声が最初の記憶だ。
「君は、・・・の再生個体だ」
船はすでに死につつあった。
あと330日で、恒星に衝突する運命。
だが、まだ使える資材とドックが残っていた。
俺は生き延びる道を探し、脱出を決意した。
艦内を探索し、残骸の中からメタ王国の座標と、スターゲイトの接続情報を見つけ出す。
目指すはターリーズ星系。生存の望みがある場所。
俺は艦を設計した。
「シルバーナ」と名づけた高速・重武装艦。戦闘にも対応できる仕様だ。
ナビの訓練は厳しかったが、そのおかげで最低限の戦闘技術は身についた。
だが、重力バランスの変化で、衝突予定が40日から一気に「3日後」に短縮された。
十分なチェックも完了していなかったが、でも飛ぶしかなかった。
燃え尽きるネメシスを背に、俺たちの旅が始まった。
◆ メタ王国交易コロニー
最初の課題は、資金だった。
移民船から持ち出した装備や素材はあったが、通貨はゼロ。
金がなければ、まともな補給も修理もできない。
結局、海賊をしばいて稼ぐという、手っ取り早い方法を選んだ。
最初の交戦は、正直なところ無謀だった。
軽い気持ちで「釣り」とか言ってたけど、相手は10隻の小艦隊。
よくやったと思う。もう一度やれって言われたら断る。
その後、メタ王国の交易拠点に寄り、傭兵登録を済ませる。
移民船から持ってきたダイリチウムを売却して、20億クレジットを得たのは大きかった。
もっと積めば30億は狙えたかもしれないが、無事だっただけで十分だ。
そこからの展開は、比較的順調だった。
傭兵任務として海賊の拠点を潰し、武装犯に立ち向かうケアアンドロイドと遭遇した。
クレアとの出会い。
最初はただの補助機能程度に考えていた。
だが、彼女の判断と感情表現が豊かになっていくうちに、彼女の存在は大きくなっていく。
「この船が、クラフトさんの“居場所”になればいいなって、思ってるんです」
そう言ってくれた日のことを、今でもよく覚えている。
その後も、休暇をとった惑星アウリス、海賊拠点への急襲、再び続く戦いと安息の繰り返し。
俺の旅は、ただの生存から、「意味のある行動」へと変わりつつある。
思い返していて、自分でも理解した。
これは子供が成長する過程と同じだなと。
忘れてはいけないのが、あの赤い航跡の艦。
とんでもない機動性だった。
こちらの攻撃をすべて躱し、奴は一発もまともな攻撃をしてこなかった。
今でも記憶に焼き付いている。
次に会ったら、こちらが無事でいられる保証はない。
だからこそ、今向かっているドアーズ星系はいい判断だと思っている。
次に備えるために。
「キャプテン?」
クレアの声で、目を開けた。こちらに微笑んでいる。
ショートカットの黒い瞳。
手に持っていたのは、あのときネメシスで作ったポスターだった。
白紙に黒の太字で「目標:生還」とだけ書かれた、拙い手書きの紙。
「これ、捨てないで取っておきますね。最初の気持ちって、大事ですから」
俺は小さく頷く。
ああ、そうだ。あの頃の俺には、何もなかった。
ただ、生きること、それだけが目標だった。
でも今は守りたい人もできた。
「ナビ、跳躍待機完了。ドアーズ星系に進路設定を」
「了解。跳躍ゲート起動まで、残り3分です」
コンソールに浮かぶ、無数の航跡と一筋の光。
ドアーズ星系、そこは、新しい依頼、新しい改修、そして小さな休息が待つ場所。
ナビが淡々とカウントダウンを開始した。
「行くぞ。次の物語を迎えに」
スターゲイトの中央が閃光を放ち、空間がねじれ、
そして俺たちの船は、光の中へと飛び込んだ。




