024 静かな夜と、古い歌
第二章もこれで終わりです
このエピソードの歌ですが活動報告に原曲のURLを記載しています
そっちも聞いてみて下さいね(^^♪
コロニーで過ごす最後の夜
繁華街を抜けた先、目立たぬ路地にその店はあった。ギルドで聞いた店だ。控えめなネオンサインと、重厚な自動ドア。その奥には、外の喧騒とは別世界のような、静謐な空間が広がっていた。
クラフトは、そっと中へ足を踏み入れた。
すぐに案内役のスタッフが現れ、彼を奥の席へと導いた。椅子に腰を下ろすと、ほどなくしてクラフトの注文したウイスキーが運ばれてくる。白いドレスを着た女性が、店の中央のピアノによく似た楽器の前に座り、静かな音色が店内に満ち始めた。それはこの星系特有の鍵盤楽器らしく、音の響きにはどこか金属的な余韻がありつつも、柔らかく澄んでいた。
演奏に合わせて、女性がゆっくりと歌い出す。声は落ち着いていて、聞く者の心をほどいていくようだ。
♪ 赤い空を見上げて
名もない道を歩いた
先を行く人はいない
後を追う人は見えない ♪
クラフトは、つい手元のグラスを忘れ、体を椅子に預けたまま耳を傾けた。
歌詞の一節一節が、彼の中の記憶のどこかに触れる。
人々がまだ宇宙を開拓していた時代の風景が、心の中にぼんやりと浮かんできた。
♪ 風の音だけが響いて
共に歩く人は何も話さない
それが悲しみじゃないこと
僕は知っている ♪
「誰かの祈りみたいな歌だな」
思わず口に出したその声は、誰にも届かないほど小さなものだった。
歌が終わると、歌っていた女性は楽器の横を離れ、店内の各テーブルを回り始めた。
軽く頭を下げながら、客と二言三言交わし、手元の端末でチップを受け取っている。どうやら、演奏の評価はこうして直接渡すのが、この店の流儀らしい。
やがて彼女がクラフトの席へとやってきた。
「こんばんは。今夜はご来店ありがとうございます」
「いい歌だった。聞き入ってしまったよ」
クラフトは手元のインターフェースを操作し、少し多めにチップを送信する。
女性は少し驚いた顔をした。
「文化には疎い俺でも、感じるものがあったからな」
「ふふっ、ありがとうございます。あの歌は、とても古いものなんです。どこかの星系の、開拓時代に作られたものだと伝えられています」
「開拓時代……。“赤い空”や“名もない道”ってのも、実際にあった話なのか」
「ええ。労働歌として歌われたとも、子守唄だったとも言われています。
どちらにせよ最初にこの宇宙を切り拓いた人々の声ですね」
彼女の表情は穏やかで、どこか誇らしげでもあった。
「“力及ばずに僕らが倒れたとしても、次の世代の礎になろう”って歌詞、印象に残った」
「それが彼らの覚悟だったのでしょうね。
戦って、耕して、夢を託して……それでいて、風は優しくなったと信じていた。
そんな時代を生きた人々の歌です」
クラフトはしばらく黙り込み、視線を宙に向けたまま、ひとつ息を吐いた。
「ありがとう。今夜、ここに来てよかった」
「またお越しください。今度は別の古い歌も、お聴かせします」
微笑む女性に軽く頭を下げると、クラフトは窓の外を見た。
夜のコロニーは、照明に彩られて美しく、都市の喧騒はどこか遠くでぼんやりと響いている。
彼は、ふと小さく笑う。
「いい夜だ」
誰に言うでもなく、ひとり呟いた。
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第三章がんばります。




