016 初めての敗北
対AIアンドロイド戦闘にてクラフトは初めての敗北を経験する
コロニー内の高層モジュールにある「ミディアム・ユニオン製作所」は、アンドロイド専門の修理とカスタマイズを請け負う老舗メーカーだった。
約束の時間に受付へ向かうと、受付嬢──いや、受付アンドロイドが、丁寧な笑みを浮かべて俺を迎えた。
「お待ちしておりました。担当のレディアと申します」
落ち着いた声。言葉の端々には、知性と艶やかさがにじんでいる。年齢設定はおそらく30代中盤。膝丈のタイトスカートに白のブラウス、流れるような黒のウェーブヘアにシルバーのピアスがよく映えていた。
「本日は、カテゴリ3の女性型ケアアンドロイドの修理と、カテゴリ4へのアップグレードをご希望とのことですね?」
「ああ。機体は、少し前のテロ事件で破損したものだ。俺が引き取った」
「ギルド経由で受け取っております。医療用のケアアンドロイドですね。特段のカスタマイズは確認されませんでした」
レディアはにこやかに言いながら、タブレットに情報を映して説明を始める。
「AI搭載アンドロイドは、大きく4つのカテゴリに分類されております。カテゴリ1は家庭用、カテゴリ2は業務用、カテゴリ3は専門職対応。カテゴリ4は大規模設備や宇宙船の運行管理も可能な、陽電子頭脳搭載の特注モデルです」
説明が一通り終わったところで、俺は少し身を乗り出した。
「修理と、カテゴリ3から4へのアップグレード──金は惜しまない」
「承知いたしました」
「ふふ……では、用途について、もう少しだけ具体的にお聞かせください。戦闘、分析、医療、生活支援、……他に?」
「俺の相棒になってくれればそれでいい。宇宙船での生活も長いから、普通の会話もできるように」
「……夜のお相手も、含めて?」
レディアが目を細めて、少しいたずらっぽく笑う。
「うーん。細かく指定するのも面倒だし……全部、最上級でいける?」
「これは、いいかもが……」
「えっ?」
「失礼いたしました。独り言です」
「……いや、まあ」
「夜の仕様は学習型ですから、最初はぎこちなくてもすぐに慣れていきます。徐々に“お好み”に合わせてまいりますよ。最初は皆さま、照れておられますが……むしろ、それがいい、というご意見も多くて」
あまりに生々しい説明に、ちょっとあきれる。
レディアはこちらを見ながら、さらに続ける。
「ちなみに、食事機能や生活機能の強化も追加可能です。“同棲”される方は、その辺りにもこだわられます。食事を共にする──というのは、案外大切なことなんですよ」
「じゃあ、それもつけてくれ。名前も決めてある。“クレア”っていう」
「素敵なお名前ですね。お受け取りは1週間後となります。そのとき、ぜひ彼女に伝えてあげてください」
「あと、最後に──基本性格はいかがされますか? 特に“話し方”は、クラフト様が受ける印象に大きく影響いたします。丁寧なメイド口調、普通の口調、ツンデレ口調……こちらは性能ではなく、初期設定の範囲で調整可能です」
「なるほどな」
皮肉屋はすでに一人いる。
「うーん、普通で、それと合計おいくらになる?」
とても重要だ
「はい、カスタマイズ及び30年の定期メンテを含めて6億2000万クレジットです」
「承知だ、支払いは一括ではらう」
俺はそう答えて、メーカーを後にした。
一週間後
そして今日。再び工場を訪れた俺を、レディアが変わらぬ笑みで迎えてくれた。
「ようこそ。お待たせしました。彼女は別室にて最終調整中です。先に機能説明とサポート手続きをご案内いたしますね」
手続きを終えると、クレアが現れた。
破損前と変わらぬ顔立ちだが、髪は黒くショートカットに。瞳の奥には、まるで“意志”のような光が宿っていた。
「お久しぶりです、クラフト様」
「ああ、久しぶりだな。会うのは、今日で2回目か。聞いていると思うが、病院から君を譲り受けて、バージョンアップとカスタマイズを依頼した。俺はクラフト、傭兵だ。君の名前はクレア。今日からよろしく頼む」
「はい。ありがとうございます、クラフト様」
小さく頭を下げた彼女の仕草は、まるで人間のようだった。
支払もを終えて、工場を出るとき、なぜか職員や他のアンドロイドたちが一列に並んで、拍手とともに俺たちを見送ってきた。
大袈裟すぎないか?
夜
クレアにシルバーナの構造を教え、各設備を案内。ナビとの顔合わせ(?)も済ませて、彼女を自室に案内する。
クレアは不思議そうな顔をしていた。
「私は睡眠を必要としませんので、ブリッジにいればよいかと」
「なるほどな。まあ、それでもいいが、一緒に暮らす以上は自室があったほうが、こちらもやりやすい」
「承知しました」
数時間後。自室でベッドに横になっていると、ノックの音がした。
「クラフト? 起きてる?」
「どうした、クレア?」
扉を開けると、彼女が薄手のナイトウェア姿で立っていた。薄いというより透けている。身体のラインがはっきり出ていて、思わず視線を逸らす。
そんな服、持ってたんだ?口調もかわってるし。
「ねえ、えっと……今夜、いっしょに寝てもいいですか?」
「な……」
さっき、“睡眠は不要”って言ってたよな……。
戦場であれだけ冷静でいられたのに、まさかこんなに動揺するとは。
これは絶対、ナビにネタにされる。
だが
何事も経験だ。
未知の領域は、実戦で覚えていく主義だ。
「いや、ちょうど呼びに行こうと思っていたところだ」
心にもないセリフを吐いて、彼女を部屋へ入れる。
戦闘開始だ。
数十分後。
クレアは自室へ戻っていった。
少し名残惜しく感じながらも、俺は引き止めることができなかった。
いや、だってさ⋯
生まれて初めて、“敗北”というものを実感していた。
カテゴリ4には勝てなかった。
ナビから通信が入る。
「終わりましたか?気にされているかと思いまして、ご連絡です。プライベートエリアでの映像は取得していません、またアドバイスが必要なら申告ください。」
……やめてくれ、なんのアドバイスだよ。




