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ハレの日

作者: 春田康吏

 その昔、祭りは日常を忘れるためのハレの日とされていた。

男女が外で堂々と話すのも憚られていた時代、祭りは男女の交際が許されるひとときでもあった。


森谷は、4年ぶりに高級歓楽街を訪れていた。ジーパンのポケットには、札束でパンパンに膨れ上がった安財布が入っている。

財布は中学生の頃から使っている古いものだったが、中身のお札は3日前に下ろしてきたばかりの新札である。


寂れた駅の裏口に降り立つと、どんよりとした灰色のビル群が森谷の前に立ち並ぶ。

真夏の真っ昼間。これからグングンと気温は上昇するばかりだろう。早く室内に入りたいと思った。


何も悪いことをしていないのに交番の前を少しヒヤッとした気持ちで通り抜けると、目当ての店に吸引されていく。

ここに来るのも実に4年ぶりであった。

オリンピックだな。いや、ワールドカップかと森谷は思った。


4年間、少しずつお金を貯めて高級風俗店で一気に使うのを森谷は楽しみにしていた。


この日だけは、特別な日にしようと決めていた。


煌びやかな待合室に通されると、2人の客が一人掛けのソファーにそれぞれ座っていた。

森谷は、「クソエロじじい共が」と思うと、自分もその一人であるということは思いもよらず、ボーイに促されるままにソファーに深く腰掛けた。


膝をついたボーイがお飲み物はいかがいたしましょう。と話しかけてくる。

ホットコーヒー。と無難な選択をする。正直、飲み物なんかどうでもいいのだ。


昼飯は家を出てからラーメンを啜ってきたし、駅を下りたあとも持参したミネラルウォーターで喉は潤してある。

しかしここは店のシステムに従うしかない。

すぐにボーイが、お盆にコーヒーを載せて持ってくる。湯気がモクモクと出ていた。熱々である。


熱いのでお気をつけください。


サイドテーブルにコーヒーカップを置くと、ノシノシとどこかに行ってしまった。


高級店とは言え、どうせ飲み物はインスタントだろうと森谷は思った。


ふと目の前を見ると、40インチくらいの大型テレビにタイトルも分からない洋画が流れていた。

音量は聞こえるか聞こえないかだったが、字幕付きなのでストーリーは分かった。


ただそれは飾り物に過ぎず、真剣に観ている者は誰もいなかった。もしかすると4年前も同じ洋画だったのかもしれない。

またさっきのボーイがやってくる足音が聞こえた。今度は、料金の支払いだろう。スポーツサンダルを履いていて、太っているせいかミッシミッシミッシと聞こえる。


森谷は、アニメ映画「千と千尋の神隠し」の湯屋に出てくる人たちのことを思い出した。

あれも銭湯のていをしているが、ここと同じなのだろう。


スマートに料金を払い終えると女の子を待った。そして、これから来るであろう女の子について考えていた。

入れ替わりや女の子の消費期限が激しいこの業界で、その子はまだ働いていた。


森谷は、ホームページの在籍コンパニオン一覧で彼女を見つけたとき、歓喜の雄叫びを上げた。


雄叫びと同時に落としてしまったスマホを拾い上げると、速攻で指名予約の電話をしたのだった。


「ご準備が整いました」ボーイにエレベーターの前に連れて行かれる。


扉が開くとそこには、三つ指をついた女性がいた。高級店ならではのサービス。4年ぶりの再会である。


「お久しぶりです」彼女は開口一番、笑顔でそう言った。


覚えているわけないだろと思いつつ、森谷は「元気にしてた?」と言った。


エレベーターは閉まり、誰も見ていないことが分かると二人はキスをした。


非日常の始まりである。


次第に熱くなっていく偽物のキス。唇を離すと、エレベーターが動いていないことに気がついた。


彼女は笑うと、ボタンを押した。そしてまたどちらからともなく、キスをした。


森谷は、彼女の笑顔が好きだった。初めてこの歓楽街に来たのは、12年前だった。


25歳で女も知らないのかと先輩から言われて半ば強引に連れて来られた。


初めての相手は性格も見た目も最悪なデブスだった。

もう一生来ないと誓ったものだったが、それから彼女ができるでもなく結婚するわけでもなく、4年後にまた訪れる。

そのときは、まあまあだった。


さらにその4年後の3回目で、彼女に出会った。


「良質であり高貴な体験」

「ラグジュアリー感溢れる優雅なひととき」


使ったことがないような最上級の言葉が次々と思い浮かんだ。


エレベーターの扉が開くと、僕たちはキスを止めた。手を引かれるまま、部屋に到着する。


部屋に入ったら、すぐ目の前にお風呂があるというのも奇妙な光景だ。


すぐ脱げそうなドレスをするりと脱ぐと下着姿のまま、湯の準備をしていく。


「少し待っててね」森谷は時間がもったいないと思い、後ろから彼女を抱きしめた。あせってすぐに胸の方に手を持っていく。


「まだ時間あるよ」彼女にはすべてを見透かされているようだった。


風呂というのは、様々な効果があると聞いたことがある。


体を温めるということはもちろん浮遊力によるリラックス効果など。


このお風呂ではどんな効果があるのだろうと森谷は思った。


風呂の中で、ひとしきりイチャついた。


風呂から上がると、森谷は2つの丘にむしゃぶりつく。それは獣のようだった。

胸という丘から悲鳴のような声が聞こえる。


4年前もそうだった。丘から下り、どんどん舌を這わせていく。


ベッド上で彼女に馬乗りになってもらい、森谷はオレンジ色の蛍光灯を見つめていた。


快感に酔いしれながらも2年前に好きだった女性のことを思い出していた。


その女性と上手くいくはずだった。ここにはもう来る必要はないと思っていた。


今、馬乗りになっているのは風俗嬢ではなくて、その女性のはずだった。


そう思うと、急に森谷に怒りとも性的興奮ともつかないような気持ちが襲ってきて、強引に正常位に持ち込んだ。


ほどなくして、森谷は彼女の世界の中で果てた。


時間は、まだたっぷりあった。少し世間話のようなことを話した。


仕事については彼女には言っていなかった。森谷は、障害者の介護福祉士をしていた。


介護の仕事をしていることを話し始めたら、彼女はうなずいてくれたので分かってくれていると思ったのだが、


「うちのおじいちゃんもね」と高齢者介護の話をし始めて、

「いや、そっちじゃなくて」と言いそうになったが止めた。


「また来てね」時間になると彼女は、エレベーターから出る瞬間に森谷の頬にキスをした。


また来ることはあるのだろうか。来るとしても4年後だろう。


そのときもこの子はまだここで働いているのだろうか。


ボーイが、「どうでした?」と聞いてくる。


「良かったですよ」目的を果たしたら、素っ気なく早くここを出たいと思っていた。


さらに会員になることを勧められたが、断った。老舗優良店を謳っている店だから入会を断ったからと言ってどうかなることはない。


外に出ると、雨が降っていた。

それも、ひどい土砂降りの雨だった。


4年ぶりのハレの日がもうすぐ終わる。

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