9 決戦の時
「なんだ、あいつら」と、そんな声が聞こえた気がしました。
私たちは当然、浮いていました。私達の周りには人が寄り付かず、まるでドーナツの真ん中に取り残されたかのような、どうしようもない状況でした。
デッド様は孤立している現実から目を逸らすように、ひたすらピーナッツをつまんでいました。少し落ち着いてほしかったです。彼の慌てようをみることで、私が落ち着けていたのかもしれませんが。
「デッド様。王子に文句を言ってやるのではなかったのですか?」
「うぇっ。あう、そうですよね。いや、言ってやりますよ。でも、ちょっと待ってください……」
そう言って、リスのようにピーナッツを頬張りました。
「一応、これは王子の誕生パーティーなわけですから、文句は言わずとも、挨拶には行かねばなりませんよ」
デッド様は右側の広角だけ吊り上げ、笑っているのか泣いているのか分からない顔で言いました。
「誕生パーティーに来といて挨拶をしないことが文句代わりってのはどうですか……?」
「それでは、逃げたと解釈されてもおかしくないのでは?」
「もう終わりだぁ……」
「まだ始まってもいませんから」
デッド様は大見得を切るクセに直前になると怖気づく人──新たな一面を知りました。
私はデッド様の不甲斐ない一面を見て、ふと、イトロの言葉を思い出しました。「戦場でのデッド様は普段の情けない姿からは想像ができないほどに決断力のある人す」という言葉を。
もちろん、この場所は戦場ではありませんが、しかし、大事な場面ではあるはずです。少なくとも、私にとっては、とても。
私は、情けなくピーナッツを頬張るデッド様を見て、段々と諦めの感情を抱き始めていました。デッド様が私の為に「文句を言ってやる」と奮起してくれた時には、とても頼もしく感じた背中でしたが、今はか弱い小動物にしか見えませんでした。
その時でした。王子を囲んでいた貴族たちが挨拶を済ませ、王子の周りから離れていきました。
挨拶をするならば、今がチャンスでした。
「チャンスです。行きますよ」
私はそう言って、デッド様の手を取りました。
「え!? 今!?」
デッド様はそう言って、口の中のピーナッツをゴクンと飲み込みました。
「ほら、気合い入れて」
私はそう言ってデッド様の曲がった背中を叩きました。
と、その時、私があまりにもデッド様に馴れ馴れしく接してしまっていることに気付きました。
そして同時に、これは彼の人柄がそうさせているのだと気付きました。彼がこんな情けない姿を見せるものだから、私がこんなに馴れ馴れしい態度をとってしまうし、イトロ達も自由に楽しくやってしまうし、彼の領地も戦争をしている何も関わらずあんなに穏やかなのでしょう。
いつの間にか、私も彼の人柄に影響され、変えられていたのでした。
……またでした。また、少し嬉しくなりました。
デッド様が私の手を引っ張り、呼び止めました。
「あの、アクトバッド様。気合を入れさせてください」
「ええ。どうぞ」
デッド様は目を瞑りました。そして、一つ深呼吸をしました。
「アクトバッド様。申し訳ないのですが、『首を繋いでもう一度』と言ってはくれませんか」
「な、何と?」
「『首をつないでもう一度』です」
「な、なんですかそれ?」
「この言葉は夢の中で斬首され死んだ私が、首だけになっても死にきれず、叫んでいた断末魔です」
「え……えぇ……」
「それを思い出すことで気合を入れるのです。首を切られても死に切れないほどの後悔を残す……そんな人生にしてはいけない──と」
何と言うか、ドン引きでしたが、デッド様の気合が入るならどうにでもなれという気持ちでした。
「首をつないでもう一度……?」
耳元で、私がそう呟くと、デッド様の目の色が変わりました。眼から光が消え、手汗は乾き、背筋は伸び、震えは完全に止まり、表情は冷たく、足音が響き、そして、周囲の人々が生唾を飲み込むほどの威圧感……。
デッド様の周りに漆黒のオーラが出ているかのような錯覚を覚え、隣にいる私にも、思わず力が入りました。
私がデッド様の様子に緊していると、デッド様が少しだけ強く手を握ってくれました。デッド様はこちらを見ていませんでしたが、それでも、何となく、優しさを感じました。
彼の手の力に安心感を感じた私は、しっかりと前を向き、胸を張って歩き出しました。
さあ、決戦の刻です。