優しさに触れる
私は街中で、アユミちゃんと呼ばれていたキャバ嬢らしき女性を見掛け、思わず声を掛けた。
「あ、あのぅっ……アユミちゃん、ですよね?」
「……えっと、どちら様……って、あぁーマーチャンのとこに居た娘ね。えぇ、そうよ。どうしたの、貴女?」
相手の女性は瞬きをして怪訝な表情を私にしたが、数拍の後に気付き、柔和な笑顔で訊いてきた。
「あの……その、たぁ……助けて、ほしくて。貴女に……」
私は彼女の着ていたブラウスの袖を握り、縋りついた。
「分かったわ。此処じゃあれだし、他の場所に移りましょ」
彼女は私の手をとり、乗用車を停めていた駐車場に連れて行き、乗用車に私を乗せ、駐車場を乗用車で出て、道路を走らせた。
「貴女、なんていったかしら?お名前を教えてくれる?」
「さ、三条菫といいます。えっと……」
「あぁー、私は新田侑菜よ。侑菜とでも呼んでちょうだい。マーチャンに関して、ってとこかしら?」
「……はい。あの加藤のことで……」
「うんうん、そっか。マーチャンは手癖が悪いから、色々と相談されるのよ。その上、暴力で従わそうとするからタチが悪い……あっ、マーチャンにチクんないでね、三条さん」
「私はアイツと関係を絶ちたいんです……私には貴女以外に頼れる人が——」
「そっかそっか、三条さんの想いは分かったよ。三条さんはマーチャンに自宅は知られてないかな?知られてたら知られてるで——」
「知らないはずです……でも、アイツなら幾らでも方法はあるはずで、いつアイツが私の家まで押し掛けてきて、私をめちゃくちゃに犯してくるかぁっ……不安で不安でっっ!」
「三条さんの気持ち、解るよ。うんうん、そうだよね不安だよね。そうか……三条さんがどうしても耐えらんないってなったら私ん家に逃げ込んできて。私ん家はマーチャンやマーチャンがつるんでる連中に知られてないから、匿える。どう、三条さん?」
「良いですか、新田さんのご厄介になっても?」
「そのくらい、何でもないわ。応えたくないなら、応えなくても良いんだけど……何で貴女はマーチャンから酷い目に遭ってるの?」
「……その、アイツにサークルに誘われ、それで——」
「そうだったのね……マーチャンと同じ大学にか、それは災難だったわね。それにしても酷いわ、マーチャンったら!」
私は新田と車内で会話を続けた。
私は彼女との会話で無くしていたモノを取り戻せた気がした。
久しぶりに笑えた。
苦笑や作り笑いではない、自然な笑顔を私がしていた。
私は新田に住処に上がるように促され、彼女の住処にお邪魔した。
私は彼女に狭いリビングに通され、冷蔵庫が置かれた近くのダイニングチェアに腰を下ろし、出された麦茶を喉に流し込んだ。
15分ほどの談笑を終えると、彼女が私を寝室に連れていく。
私は彼女に促されるままに彼女の隣にいき、彼女に頭を撫でられ、抱き締められた。
私は彼女に抱擁され、慰められ、涙が頬を伝って零れた。
何故か、零れた涙が温かくて、涙って温かったかなと不思議に感じた。
「菫ちゃんって呼んでも良い?」
「良いですよ、侑菜さんとお呼びしても……?」
「ありがと。侑菜で良いわ。菫ちゃん、キスしたいんだけど、良いかしら?」
「ありがとうございます。ゆぅっ、侑菜になら……されたいです、私」
私の返答を聞いた彼女は数拍もおかずに自身の唇を私の唇に触れ、重ねた。
私は新田の両手の掌から伝わる温かさを背中に感じながら、彼女とキスをした。
10回をこえたキスから、彼女の舌が私の口内に入ってきた。
加藤やヤグラ、その他の男性にされたキスよりも新田侑菜とのキスは嫌悪感を感じない気持ちの良いものだった。
私も彼女の舌に自身の舌を絡めたくなり、舌を触れ合わせ、絡ませ、お互いの唾液を舌に纏わせ、何度も味わった苦しみが薄らいでいく感覚があった。
「菫ちゃん、私は貴女を気持ち良くさせたい。菫ちゃんも私を気持ち良くしてくれない?」
「はい……侑菜ぁ」
私と彼女はお互いの身体を触り、撫で、刺激を与え、快感を刻ませ、一糸纏わぬ姿である全裸になり、肌と肌を触れ合わせ、快楽に溺れた。
彼女の喘ぎ声が私の耳で響くが加藤やヤグラに犯されていた際の喘ぎ声とは違うように感じた。
私はベッドに横たわり、彼女の腕に両腕を絡ませ、しがみついていた。
「菫ちゃん、私は貴女の味方だから、安心して。なにかあったら、いつでも連絡してね。そろそろ、食事にしない?」
「はい、ありがとうございます。そういえば、お腹空きました……何にするんですか、侑菜?」
「そうね、何があったかしら……?えっと——」
彼女が呟きながらベッドを下り、スリッパを履いて全裸のままでリビングへと姿を消した。
私も彼女の背中を追いかけ、リビングへと駆けた。
私は彼女の手伝いをして、食事の支度を二人で進める。
汗ばんだ身体で並んでキッチンで食事の支度をしているのが新鮮だった。
「出来ましたね。汚すといけませんから、服を着てきます」
「うん。あー良いわよ、服は着なくて!さぁ、食べましょ」
私がリビングを出ようとしたら、呼び止められ、彼女と向かい合い、ダイニングチェアに腰を下ろし、食事を摂る。
二人して全裸で食事を摂り、眼のやりばに困惑しながらも20分程で食事を摂り終え、食器類を洗い、寝室のベッドに戻った。
ヤグラに言われたことがあるが、私は彼女より胸は小さくスタイルは悪くて劣っている。
加藤らのような獣に食い物にされるなら、新田侑菜のようなスタイルに産まれてこなくて良かったな、とは思う。
私は恵まれない身体だというのに、加藤らに喰われている。
何故なんだろうか……?
高校生まではモテる同性を嫉妬し、疎んで、羨んでいたというのに、現在ではそんなことは湧いてすらこない。
私は無事に大学の卒業を迎えられ、新田侑菜に救われ、加藤との関係も途絶え、彼女と身体を重ね、愛を育んでいた。
私の隣で歩いているのは——だ。
私が最期の際に抱くのは、何でしょうか?