EPILOGUE-那由多-
講義終了後、那由多は青山凜子に誘われ、カフェ〈PETITE FLEUR〉にやって来た。店内は珍しく空いており、二人は出入口付近の四人掛けボックスシートに通された。
「最近食べ過ぎだから、ケーキはやめとこっ。那由多君は?」
「俺もドリンクだけでいいや」
それぞれドリンクを注文し、店員が去ってゆくと、凜子が話を切り出した。
「亜純から聞いた? あの感じの悪いデブの話」
「コウイチさんだよね。うん、一応チラッとだけ聞いたよ……行方不明なんだってね」
「うん。あの日、コウイチは別の友達と会ったけど、途中から言動がおかしくなって勝手に帰っちゃったんだって。それ以来連絡が取れないし、家に行っても本人の気配もなけりゃ車もないしで、誰か別の友達が警察に相談したらしいけど、進展はないみたいね」
「そっか……」
「ねえ那由多君」凜子は声を落とした。「やっぱり、コウイチに取り憑いてた幽霊のせいなのかな」
「どうだろうね……」
「ああでも、何人かの友達にお金を借りて催促されてたらしいから、払いたくなくて逃げてるだけって事もあるかも? 平気でやりそうだし」
ドリンクが運ばれてくる頃には、凜子は今ハマっているというドラマの話を始め、その後もコウイチに関する話題はどちらの口からも出る事はなかった。
夕食後、那由多は緋雨と共に自室に戻ると、コウイチの件の一部始終を話した。
「隠していたわけじゃないんだけど、やっぱり早めに相談しておいた方が良かったかな」
「ふむ……コウイチとやらは、お前と対面したその日に行方をくらませたのだろう? ならば我に話したところで結局は変わらなかっただろう」
「確かに……そうかも」那由多は力なくそう言うと、緋雨に背を向けるようにして畳に横たわった。
「どうした。悔やんでいるのか? ひょっとすると、凜子とやらの言う通りかもしれんぞ。それにお前は本人に直接警告したのだろう」緋雨は勉強机の上から那由多の肩にそっと止まった。「どちらにせよお前に非はない。引き摺るな」
「……それなんだけどさ……そうじゃないっていうか……その……」
「どうした」
那由多がゆっくり起き上がり胡座を掻くと、緋雨は畳に降りた。
「……俺は結構嫌な人間かもしれない」
「む?」
「コウイチさんが行方不明だって聞いた時さ……心配よりも、だから言っただろって蔑む気持ちの方が強かった。
コウイチさんの時だけじゃないんだよね。TAROの事故のニュースを聞いた時もさ、ショックにはショックだったけど、それ以上に、その……悪い奴にバチが当たって良かったっていう、スカッとした気分になって……」
短期間に二度も自分の嫌な一面を垣間見てしまったような気がして、那由多は落ち込まないまでも内心複雑だった。自分はいつからこうだったのだろう。ひょっとしたら、今まで自覚出来ていなかっただけなのだろうか?
「それの何が悪い」
「……えっ?」
「何事かと思えばそんな事だったか」緋雨は呆れたように小さく溜め息を吐いた。
「そんな事って……え、引かないの?」
「引くものか。お前のその感情は正常だ」
「そうかなあ……」
「そうだとも。〝罪を憎んで人を憎まず〟なんて言葉があるが、あんなもんくだらぬ綺麗事だ。道脇茶織も同意見に違いない」
「……だろうね」冷たく言い切る茶織を想像し、那由多は苦笑した。「でもコウイチさんはさ、感じ悪い人だったけど、TAROみたいに根性が腐り切っていたかどうかはわからないじゃないか」
「どうだかな」
しばらくの沈黙の後、緋雨が切り出した。「那由多よ、旅をしないか」
「旅?」
「ああ、今度のお前の長期間休み中にだ。近いうちに腹を割って色々と話そうと言ったろう。温泉に入り、美味いものを食べながらどうだ」
「美味いもの……」那由多は喉をゴクリと鳴らした。
「何が喰いたい? 海の幸か山の幸か、牛か豚か──」
「全部」
「だろうと思った」
「ん、待って。緋雨、旅費はどうするの」
「当然お前持ちだ。基本的に我に金は掛からないだろう。それに、カラスの我に旅費が稼げるとでも?」
「ドヤ顔で言わないでよ、自分から誘った癖に。俺だって学生なんだし、今からバイトしたって限度が──」
間の抜けた音が那由多の腹から響いた。
「何だ、まさか……」
「食事の話なんてしたからお腹空いちゃったよ」那由多は腹を押さえて恥ずかしそうに笑った。
「夕飯から一時間も経過していないだろうに。やれやれ……」
「緋雨さあ、また頑張って魔力溜めて、おじさん姿を保てるようにしてよ。そしたらバイト出来るでしょ」
「この我がバイトだと──」
「眼鏡の販売なんてどう」
「悪くないな」
「即答だね」
後に二人は、旅の途中で様々な人外絡みの騒動に巻き込まれる事になるのだが、現時点では知りようがなかった。




