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【改稿版】骨の十字架  作者: 園村マリノ
第五章

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#5-2-4 最終決戦④

「ケケッ、釘バット(それ)で防ぐつもりかい」


「防ぐつもり、じゃない。防ぐんだよ」茶織はピエロの拳銃から視線を逸らさず、右回りに歩き出した。「勿論、防ぐだけじゃないからね」


「賢明だね。そうやって動いてりゃ当たりにくくはなるかもしれない」


「当たらないんだよ」


「へえ……それじゃあ試してみよう」


 直後、爆発音が響き、ピエロの後方で強い光と火花が炸裂した。ピエロが反射的に振り向くと、その一瞬の隙を突いて茶織が走り出した。

 茶織に向き直ったピエロが拳銃を構え直すのと、茶織が自分を庇うように構えていた釘バットが突然消え、骨の十字架に戻ったのはほぼ同時だった。


「ちょっ、おい──」


 乾いた破裂音。


「──あれっ」


 茶織は目眩を覚え、膝から崩れ落ちた。


「道脇さん!」


 駆け寄ろうとする龍とアルバに対し、ピエロは無言で引き金を四回引いた。一、二発目の弾丸は大きく外れ、三発目は龍が目視で躱し、四発目はアルバの西洋甲冑に命中したが、貫く事なく弾かれた。

 龍は錫杖から光の矢を放った。通常よりも速度があったが、ピエロは僅かによろめきこそしたものの上手く躱し、連続バク転で三人から間合いを取った。


「道脇さん!」


 ピエロはひとまずアルバに任せ、龍はペタリと座り込んだままの茶織の正面に片膝を突き、俯いている顔を覗き込んだ。


「しっかりしろ! 何処を撃たれた?」


「いんや、全然」


 茶織の口から発せられた声は、明らかに他者のものだった。


「バロン・サムディ……?」


 龍は視線を落とし、ギョッとした。茶織の心臓付近から、白手袋をはめた左手の指が五本、にゅっと突き出ていた。よく見ると、親指から中指までの三本で、何か小さいものを摘んでいる。


「……それは」


 三本の指が開かれ、摘んでいたもの──弾丸が落ちた。


「そろそろお互い辛くなってきたから、ワシもう戻るわ」


「戻る?」


 ──ああ、そうか。


 今の茶織がサムディと融合した存在である事を完全に忘れていたわけではなかったし、あまりの変わりように辟易し、早く元に戻ってほしいと考えていたのは事実だ。しかしいざそうなると、何故だか素直に喜べない自分がいる事に気付き、龍は戸惑った。


 ──何でだ?


「何そのビミョーな顔」その声は、間違いなく茶織のものだった。


「道脇さん……」


「じゃあね、リュウ子」


 茶織は、彼女らしくない穏やかな笑みを浮かべた。


「だから……その呼び方やめろよな」龍も同じように微笑んだ。


 茶織の体が二重にブレて見えたかと思うと、その背中から引き剥がされるようにバロン・サムディが姿を現した。


「よっ! 何日振り?」


「せいぜい数時間だ──っと」龍は真後ろに倒れ込みそうになった茶織を抱えた。「道脇さん?」


 龍が体を揺すっても、茶織は目を開かない。


「ダイジョブダイジョブ、お疲れちゃんなのよん」


「……ならいいけどよ」


「およっ、道化師(クラウン)のヤツ、だいぶ弱ってるみたいねっ」


 龍が顔を上げると、バク転後によろめいたピエロが球電を避け切れずに喰らい、悲鳴を上げるところだった。


「ようし、ワシも色々とアレな技を喰らわせちゃおうかなっ」


「色々とアレって何だ。あんたは道脇さんを見ていてくれ」


「ほえ?」


 龍は茶織をサムディに預けると立ち上がり、錫杖を構えた。ピエロは飛び跳ねながらアルバの球電や火柱を躱しつつ、銃や投げナイフで応戦しているが、その動きはだいぶ重くなっているようだった。また、アルバにも明らかに疲れの色が見え始めていた。いつ魔力を切らせ、少女の姿に戻ってしまうかわからない。


「そろそろお開きにしよう」


 龍がそう言うと、ピエロはハッとしたように振り向き、答える代わりに投げナイフを三本寄越した。龍が錫杖を振るい正面に光の壁を生み出すと、ナイフは全て弾かれた。


 ──アルバ。


 龍が目配せすると、相棒はそれだけで意味を理解したようだった。小さく頷き、同時に四つの球電を放つ。四つのうち一つはピエロの真正面に飛んだが側転で躱され、残る三つは見当違いな方向──龍の正面へと飛んで行った。


 ──今だ。


 龍は錫杖をかざし、光の壁の角度をずらした。三つの球電は音を立ててピンボールのように跳ね返ると、体勢を立て直したばかりのピエロの方へと直進した。

 アルバにはもうこれ以上、魔法を繰り出せるだけの魔力は残っていなかった。同じく、ピエロには三つの球電を全て躱すだけの体力は残っていなかった。

 爆発音と同時に絶叫が響き渡り、ピエロは仰向けにバタリと倒れた。

 ややあってから、龍とアルバはピエロの元へ駆け寄った。


「う……あ……」


 全身黒焦げとなったピエロの体が、煙と共に徐々に薄れてゆく。


「もしかしてまた逃げるのか?」


「いいえ、もう本当に限界みたいね」


「ま……だ、だ……チクショウが……」ピエロは虚ろな目をアルバに向けると、キッと睨み付けた。「ボクの……復讐の炎は……こんなものじゃ……!」


 ピエロは右手をゆっくり上げた。その手元にもやが発生し、徐々に形造られてゆく。


「もう無理だ。やめておけ」


「う……るせえ!」


 龍とアルバはチラリと後方を見やると、ピエロから離れて行った。直後、ピエロを大きな影が覆う。


「……な……」


 ピエロの目が大きく見開かれた。生意気な金髪コンビの次に自分を覗き込んだのは、空が見えなくなるくらいに大量の、サングラスを掛けた人間の頭蓋骨だった。


「あ……あああああ!!」


 手元のもやが完全に変化すると、ピエロは力を振り絞って起き上がり、出来上がったばかりの刀を振り回したが、真っ二つになり消滅した頭蓋骨はほんの数体だった。


「首は取っておきなさいよ」


 女の声がすると、残りの頭蓋骨たちが一斉にピエロの体中に喰らい付いた。

 この世の物とは思えない絶叫が響き渡る。そして、三〇秒も掛からずピエロは首だけとなり、地面に転がった。


「う……あ……ああああ……」


 頭蓋骨たちが消滅すると、今度は釘バットを持った女──道脇茶織が姿を現した。


「嫌だ……や……やめてくれ……頼む……」


「無理。だってあんたは、わたしの綾兄を侮辱したから」茶織は氷のように冷たい声で答えると、釘バットを振り上げた。


 やっぱりこの女はイカれてる──ピエロは最期にそう思った。

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