#5-2 最終決戦①
「本当に……本当に悪かった! オレが間違ってた! だからも──」
三階北側男子トイレ最奥の個室内。
ただの水道水にしては異様に冷たい水を頭から浴び、野村は悲鳴を上げた。
「ケケッ」
個室を塞ぐように立つのは、空になったバケツを手にする殺人ピエロ──元クラスメートであり、かつて野村が他の生徒たちとつるんでいじめ、死に追いやった少年の悪霊だ。
「えーと、次は何だったっけ……ああそうだ、モップ掛けだ!」ピエロはバケツを横に放ると、壁に立て掛けてあったモップを手に取った。「きっちり掃除しなきゃね!」
モップの房糸部分が、野村の顔面にグイグイと押し付けられる。
「ぐっ……やめ──っぶあっ!」
「ウケケケケケッ! 間抜けな面に間抜けな声! さて次は──」ピエロはモップを放ると、ニイッと笑った。「便器清掃だよ、野村君!」
「悪かった! 悪かったよ! ま、まさか死ぬとは思わなかったんだ! 受験のストレスとか溜まってて、だ、誰かに八つ当たりしたかったんだ! 本当に酷い事をした! 許してください!!」野村は嗚咽しながら、その場で縮こまって土下座した。
「受験のストレス、ねえ……」ピエロは首を傾げる。「偏差値最低クラス、人間なら誰だって簡単に入れっちまう坂倉高校の受験でストレス、ねえ……」
──ふざけんなよ、この野郎。
野村は内心、怒りに震えていた。
──何で……何でこのオレが、こんな汚ねー場所で土下座してまで謝らなきゃなんねーんだよ!
野村が謝罪しながら流した涙は本物だった。しかしそれはあくまでも、ピエロに対する純粋な恐怖心からくるものであり、この期に及んでも罪悪感などはこれっぽっちも覚えていなかった。
──つーかさっきの三人組、まだ来ねーのかよ!?
「顔を上げなよ、野村新太郎君」
ピエロの声色は優しかった。野村は期待半分、不安半分でゆっくり顔を上げた。
「……っ!!」
野村は思わず息を呑んだ。そこにいたのはピエロ姿ではなく、学生服姿の少年──そう、かつて自分が死に追いやったクラスメート本人だった。
「あ……あ……」
「これで僕の気持ちがわかった?」
「う……あ、ああ……」野村は何度も頷いた。「ほ、本当にすまなかった! どんだけ謝っても、もう取り返しが付かねー……オレは本当に馬鹿だった。最低だった!」
少年はしゃがみ込んで野村と目線を合わせた。野村は反射的に目を逸らしそうになったが、反省アピールを成功させるために我慢した。
「あ、謝って許される事じゃねーし、き、君が生き返るわけじゃねー……でも何度でもいいから謝らせてくれ! そ、それと、オレが言えた義理じゃねーかもしれねーが、ど、どうか成仏してくれ! 毎年墓参りに行って弔う。山井も連れてく。約束する!」
少年の顔にふわりと微笑みが浮かんだ。
──ヘッ、チョロいヤツ!
野村は眼前で拝むように両手を合わせると、本心が表情に出てしまわないよう唇をキュッと噛み締め、俯いた。
「野村君」
野村はゆっくり顔を上げた。目が合うと、少年は口の端から血を滴らし、ニイッと笑った。
「嘘が下手だな、おい」
マズい、と思うよりも先に、野村は片手で首を掴まれ、後頭部を壁に叩き付けられていた。
「があっ!」
「誰がそんな話信用すると思うかよ。え?」
少年は野村の耳元で、低い声で囁くように言った。首に喰い込む手の力が強くなってゆく。
「ぐ……ええっ……」
「テメエが手の施しようがないレベルで腐り切ってんのは重々承知」少年は再びピエロの姿へと変化した。「最初から決めていたんだ……テメエだけは何があっても殺すってさ……苦しめるだけ苦しめた後でさ! ウケケケケケッ!!」
野村は悲鳴を上げたが、掠れ、途切れ途切れだった。
──何でオレが! 何でオレがこんな目に!!
「ほらほらもっと叫べ! 普段やってんだろ? ライブでさ、ヘッタクソなシャウトをさ!」
「やめろ!」
第三者の声にピエロが振り向いた瞬間、小さな球電が額にぶつかって弾けた。
「ギャッ!」
「ぐえっ!」
ピエロは野村を巻き込んで壁に激突した。
「とりあえずは間に合った感じ?」道脇茶織が顔を覗かせた。「てかさ、トイレじゃなくて校庭にしてほしかったんだけど!」
「もうこれ以上、好き勝手はさせない」茶織の後ろから現れた日高龍が、きっぱり言い切った。
「もう充分、散々好き勝手したでしょう」日高龍の隣で、西洋甲冑姿の人外の女が宥めるように言った。
二度と顔を見たくなかった、正義の味方気取りのお邪魔虫たち。
「……テ……メエら……こそ……これ以上ボクの邪魔をするなああああああ!」ピエロは絶叫し、素早い身のこなしで憎き追跡者たちに飛び掛かった。




