#4-2-4 殺人サーカス④
「教え子たちのいじめを見て見ぬ振りし、更にはいじめ加害者である野村君と山井君の嘘を鵜呑みにし、被害者の少年を追い詰めた、中厚彦さん! 残念ながら不慮の事故で命を落としてしまい、これからのお楽しみには不参加! はい、邪魔だから退場~! ケケケケッ」
観客たちはどこか馬鹿にしたような笑い声を上げた。誰一人として、哀れんだり動揺している様子はない。
髭の女は中の死体を頭陀袋に押し込み、来た時と同じようにズルズルと引き摺ってステージ奥へと姿を消した。
「ひい……うう……うげぇ……」
腰を抜かした野村を、ピエロの面の男二人が無理矢理引っ張り起こした。
「さて! 全員揃ったところで改めて! 殺人サーカス最初の演目は……これだ!」
ステージ奥からピエロの面の男女が五人現れた。四人の男たちは所々に細長い穴の空いた大樽を抱え、女は刃渡りの長いナイフが何十本も乗せられた、三段式のワゴンを押しながらやって来る。それぞれ設置が終わると、ピエロの面の男女はステージの端へ下がった。
「さあ! これが何かわかるかなあ?」
「あ、あれって……あれってよお……」山井が震え声で呟いた。
「ここにいる四人のゲストの中から一人選び、あの大樽の中に入れる。そしてボクが樽中に空いた穴の好きな箇所を選び、ナイフで刺して反応を楽しむという、シンプルながらもクセになる演目! その名も『いじめっ子危機一発』!」
観客たちは一斉に拍手喝采した。李里奈に至っては飛び跳ねんばかりの勢いで興奮しており、その様子を目にした野村は、彼女に対する好意や欲が完全に冷めてしまっている事に気付いた。
ピエロがワゴンの上からナイフを一本取り上げて頭上に掲げると、会場内は更に湧き、ゲスト四人は身を強張らせた。
「う、嘘だよな……」村上は再び泣き出していた。「ほんどにぞんな事……じないよなあっ!?」
「さて、樽の中に入るゲストだけど」ピエロはゲスト四人へ振り返り、ニイッと笑った。「誰がいいかなあ?」
村上と中谷が悲鳴を上げ、口々に「許してくれ」「助けて」と懇願するのを、野村は他人事のように聞いていた。
──オレはメインゲストだと言っていた……多分最後だ……。
「お前が死ねよ」山井の言葉は野村に向けられていた。「お前がアイツを率先していじめてたろ。お前が死ねよ」
山井に睨まれ、野村は一瞬怯んだが睨み返した。
「ぞ、ぞうだあああっ! お前が死ぬべぎだっ!!」
「そうよ! わ、わたしと村上君はそこまで悪い事してない! あ、あんだど山井のぜいでえええっ!!」
「うるせーなブス! オレは野村程やっちゃいねーよ! オレはちょっとからかっただけだ!」
「ふ、ふざけんな山井テメ──」
「はいはいうるせえうるせえ」ピエロが四人の間に割って入った。その顔からは笑みが消え、赤い目が異様なまでにぎらついている。「あんまり時間掛けるわけにはいかねえんだよ。とっとと来いよ……村上」
村上は叫びながら逃げ出そうとしたが、大男二人がそれを許さず、ステージ中央の大樽まで無理矢理引き摺ってゆく。
「嫌だあああ!! はなじでぐれええええっ!!」
抵抗虚しく、村上は後ろ手に縛られ、首から上だけが出た状態で大樽の中に入れられた。
「さあ、やっと準備が整った! 事前に入れておくべきだったかな? うん、次からはそうするよ!」
狂ったように泣き喚き、脱出しようと必死に体を動かす村上を余所に、ピエロは陽気に喋り、観客たちも馬鹿みたいに笑った。
「さて、それでは始めよう! 第一の演目──『いじめっ子危機一発』を!」
観客たちの歓声を背に、ピエロは再びナイフを頭上に掲げ、ゆっくり大樽に近付いてゆく。村上は千切れんばかりに首を横に振り続け、壊れた機械のように「嫌だやめてくれ助けてくれ」を繰り返し続けている。
「マジかよ……マジでやるのかよ……」震えながらも山井の視線はピエロに釘付けだった。
「嫌……やめてお願いだから……!」中谷は顔面蒼白で、今にも倒れそうだった。
野村も二人と似たようなもので、足は震え、軽度の眩暈を感じてはいたが、同時に少々安堵していた。
──とりあえず今は助かった。残りの山井と中谷を犠牲にしてでもぜってー逃げてやる……!
「ど・こ・が・い・い・か・なぁ~?」
ピエロが歌うように言うと、観客たちは興奮した様子で「上段!」「ど真ん中だ!」「下から順に!」と好き勝手に叫んだ。
「いやだやめでぐれだずげでぐれえっっ!!」
「元気だねえ村上君。学生時代より騒がしくない? ケケッ」ピエロはナイフを構え直し、ゆっくりしゃがんだ。「上・中段じゃ長く続かないかもしれないからねえ……下からいってみよう!」
村上の悲鳴は大歓声に掻き消された。
音楽が鳴り止み、代わりに緊張感を高めるようなドラムロールが轟くと、観客たちは静まり返った。
「まずは左端から!」
「ごめんなざいごめんなざいごめんなざい!」
「一発目! ご覧あれ!」
「ごめんなざいごめんなざいごめんなざいご──」
ピエロが大樽の左下の穴に、ナイフを深々と突き刺した。それと同時にドラムロールが止み、シンバルが響き、村上は苦痛に顔を歪めながら絶叫した。
ピエロはナイフを引き抜くと、刺す前と同じように高々と掲げて見せた。刺す前と異なるのは、刃先が血で真っ赤に濡れ、柄を伝って流れる点だった。
観客は拍手喝采し、野村たちゲスト三人は悲鳴を上げた。
「あーっ、楽しかった!」茶織は大きく両腕を上げ、体を伸ばした。「床をブチ破ったら滑り台! もう一回やってみたい!」
「何が滑り台だ、冗談じゃない」茶織の後ろで緋雨が嘆いた。「クッ、あちこちが痛い……」
緋雨が見付け、茶織が釘バットで床を破壊し露わになった出口は、地の深い所にまで続いているようだった。狭いため、一人ずつ匍匐前進していたのだが、先陣を切っていた緋雨が急に滑り落ち、悲鳴が遠ざかってゆくのを確認した残る四人は、慌てて仰向けや横向けに体勢を変えたのだった。
そうして滑り落ちた場所は、地面が乾いてヒビ割れた殺風景な土地だった。
「俺たち、あの空から落ちて来たのかな」那由多は赤錆のような空を見上げた。
「そんなに高い所からではなかったみたいですけどね」龍も空にチラリと目をやってから答えた。「着地も割と上手くいきましたし……緋雨以外は」
「ねえ皆、向こうを見て」
一同はアルバが指差す先を見やった。数十メートル先に、てっぺんで赤い旗がなびく、紅白のストライプ柄の大きなテントがそびえ立っている。
「あれは……サーカスのテントか?」
「ピエロに相応しいね」
「えー、アイツ、『六堂大道芸で派手な演目を披露する』って言ってたらしいんだけど。テントの中でサーカスじゃ、大道芸とは違うじゃないのさ」
「おい、釘バット振り回すな!」
「シーッ」アルバが人差し指を口元に当てた。「ほら、聞こえない?」
耳を澄ますと、アルバの言う通り、大勢の歓声と悲鳴、いやむしろ絶叫のようなものが風に乗って聞こえてきた。
「……行こう」
五人は走り出した。




