#4-2-3 殺人サーカス③
テントの中は、想像していた程広くはなかった。
奥に緞帳が下りている円形の大きなステージに、それを三方から囲むように階段式に並ぶ座席。[RED-DEAD]のライブで利用する会場を思い起こさせる配置だ。
──オレがソロデビューしたら、こんなちゃっちい所じゃ物足りねーよな。
野村は出入口付近に立ったまま、お目当ての人物を探した。客はまばらで、空席の方が圧倒的に目立つが、何度見回しても李里奈の姿は見当たらない。
──……ったく、何なんだよクソが!
「TAROさん」
中央最前列の左端の席から、李里奈がこちらに手を振っている。何故気付かなかったのだろうか。野村は通路を小走りで進み、李里奈の右隣に腰を下ろした。
「ごめんごめん、遅くなっちゃって。せっかく会いに来てくれたのに」
野村はだらしない笑みを浮かべ、拝むように両手を合わせて謝罪の意を示したが、李里奈は何も言わず、無表情でステージの方を向いた。
「あ、ああ……まあ怒るのも無理はないよな。散々待たせっちまったみてーだし。てゆーかその、オレも色々あったんだ、いやホントに。何か記憶が曖昧なんだけど──」
突然照明が落ちた。野村が驚いて天井を見上げると同時に、陽気な音楽が流れ始め、先程の憎たらしいアナウンス──死んだはずのアイツ──と同じ声が響き渡った。
「さあ皆さん! お待ちかね、六堂殺人サーカスの始まりだよ!!」
数少ない観客たちが歓声を上げ、拍手喝采する。
「さ、殺人だあ!?」
困惑する野村の隣で、李里奈も小さな手で熱心に拍手を送っている。
スポットライトがステージの中央をパッと照らすと、そこにはいつの間にやら、マイクを手にした一人のピエロが立っていた。右半分が黒で左半分が白のキャップとブーツ、それらと配色が左右逆のスーツ、赤い付け襟とキャップのポンポン。顔全体は白塗りで、目の周りや眉が黒く縁取られ、血のように濃く赤い口紅が唇から頬骨にまで引かれている。
──センスわりーの。
ピエロと目があった。最前列とはいえ距離があるにも関わらず、口紅と同じような色をしているのがはっきりとわかった。
「今日という日を待ちわびたよ、野村新太郎君!」
音楽がピタリと止み、観客たちも一瞬で静まり返ると、示し合わせたように一斉に野村へ振り向いた。
「な……んなんだよ……」
野村は助けを求めるように隣に目をやったが、李里奈も無表情でこちらを見つめているだけだった。
「お、おい──」
「今日はキミだけじゃなく、複数人のスペシャルゲストにも参加してもらう事になっている。では早速紹介しよう、一人目はこちら!」
ピエロがステージ奥を指し示すと、会場内の照明が点き、新たな音楽が流れ始めた。緞帳がゆっくり上がり、姿を現したのは、筋骨隆々とした上半身裸の大男二人と、その二人に両腕を掴まれた泣き顔の男。殴られたのか、右目の周りが赤黒く腫れ上がり、曲がった鼻の周りには乾いた血がこびり付いている。
「嫌だあああ! 放せよおおお!」
泣き顔の男は必死に抵抗しているが、筋肉の鎧の前ではこれっぽっちも力を発揮出来ず、ステージ中央まで引き摺られていった。ピエロはその様子を笑顔で見やりながら、端の方へ移動する。
「あ……あいつ!」野村は思わず腰を浮かせ、見覚えのある泣き顔の男を指差した。「中学ん時一緒だった……村上!」
村上と呼ばれた男はハッとしたように顔を上げ、野村と目が合うと顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「何でアイツが──」
「野村あああ!」
喉を枯らさんばかりの勢いで村上が叫ぶと、野村は体をビクつかせた。
「お前のせいだああああ! お前が! お前が三年の時! アイツをいじめて死なせたからああああ!!」
「……っ!」野村は口元を歪めた。
「はい、まずは一人目、村上優信君だ!」
ピエロの声に、観客たちは一斉に拍手する。
「村上君は、野村君の中学時代の同級生で、三年時はクラスも同じだったんだよね! 成績優秀、教師受けも良く、男女問わず慕われる快活な少年。ああ、〝教師受け〟って、BLの事じゃないからね! ケケケケケッ!」
会場内が爆笑に包まれた。野村は立ち尽くしたまま観客たちを見回した。隣の李里奈も、筋肉男二人も、腹が捩れんばかりに大笑いしている。
──今の何がおもしれーんだよ?
「しかし……」
ピエロの声のトーンが下がると、観客たちは再びピタリと静まり返った。
「残念ながら、それはあくまでも表の顔。本当の村上君は、教師どころか身近な友達にも気付かれないよう巧妙に、気に入らない相手をいじめちゃうプロ!
そして中学三年時、野村君やその仲間たちがある少年をいじめた末に死に追いやるんだけど、実は村上君もそれなりに関わっていたという事実を知る者は、非常に少ない!」
会場内はブーイングの嵐となった。観客の人数は決して多くないにも関わらず、超満員だと錯覚させられる程の大きな声と地団駄が響き渡る。
「最低! ブーブー!」
李里奈も叫ぶように言い、突き出した親指を下に向け地団駄を踏んでいる。
「スペシャルゲストはまだまだいるよ!」
唇をわななかせる村上を呆然と見やっていた野村は、ピエロの声にハッと我に返り、慌てて逃げ出そうとした。
「なっ……」
野村はいつの間にやら、ピエロの面を被った数名の人間に囲まれていた。
「や、やめ──放せ! おい!」
抵抗虚しく捕えられ、力ずくでステージの方へ引っ張られてゆく。
「二人目のスペシャルゲストはこちら!」
次にステージ奥から現れたのは、両手を後ろで縛られ、貼り付けたような笑顔のバニーガールに左右と真後ろを挟まれた、短い茶髪の女だ。涙と鼻水で化粧が崩れたその女も顔見知りである事がわかると、野村は思わず呻いた。
「はい、二人目のゲストは中谷奈津さん!」
観客たちが一斉に拍手。その間に野村はステージに上げられ、ピエロの面の男二人に両腕をがっちり掴まれたまま、村上と筋肉男たちの左隣に並ばされた。
「中谷さんも村上君のように成績優秀で、特にこれといった問題を起こす生徒ではなかった。女友達とは上手く交友を続け、陸上部でも中心となって活躍、賞状やトロフィーも手にしている。
しかし! 彼女は野村君を中心としたいじめグループと仲良しで、ある少年へのいじめ行為を嬉々として観察し、少年の間違った人物像を意図的に学年中に広め、孤立させた。彼女も重罪だ!」
観客たちが「重罪だ! 重罪だ!」と繰り返し叫ぶと、中谷は俯いて体を震わせた。村上と違って抵抗しないのは、真後ろのバニーガールの右手に鋭利な刃物が握られているからだろうか。
中谷とバニーガールたちは村上の右隣に並んだ。
「続けて三人目!」
三人目は一五二、三センチ程の小柄な坊主頭の男で、村上と同じく顔には暴力を受けた跡が見受けられた。両手に手錠が掛けられており、両端の警察官姿の男に挟まれながら、抵抗せずにゆっくり歩いて来る。
「山井……」
「三人目のスペシャルゲストは山井順君!」
観客たちが一斉に拍手。野村は山井と目が合ったが、向こうが先に逸らした。
「山井君は……残念ながら成績は下の下。宿題は平気で忘れる、度々他の生徒とトラブルを起こす、備品を盗む、片思いの女の子に他に好きな男の子がいるとわかると、ショックのあまり学校を三日もサボる……と、とにかく酷かった!」
会場内が再び爆笑に包まれると、山井はギロリとピエロを睨んだ。
「そんな山井君、野村君とは小学生時にクラスが同じで仲が良かったものの、中学一、二年では離れて疎遠になる。しかし三年でまた同じクラスになると、ある少年をターゲットにしたいじめを、どちらからともなく始める事に! そう、山井君は野村君と同じく、主犯格の一人なのだ!」
村上と中谷の時以上の大ブーイングが沸き起こる。
「しかも山井君、高校卒業後に一回、成人後にも一回、つまらない犯罪で逮捕されている! ああもう救いようがない! ウケケケケケッ!」
観客たちが「前科者! 前科者!」と囃し立てる。
「うるっせーぞ! 黙りやがれ!」
山井の掠れた怒鳴り声は虚しくかき消され、警察官姿の男たちに連れられ、中谷の右隣に並んだ。
「さて、四人目にして最後のスペシャルゲストだ!」
髭を生やしたかなり大柄な女が、何かが入った大きな頭陀袋をズルズル引き摺りながらやって来た。中谷は「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。
──何だ?
覗き込むように頭陀袋を見やる野村とは対照的に、山井たち三人は顔を逸らした。
「なあ……何が入ってんだ、あれ」
野村が恐る恐る旧友たちに尋ねると、村上は俯き、中谷は目に涙を浮かべて呻き、山井は信じられないと言わんばかりの表情で野村を凝視した。
「おや、ボクの話を聞いていなかったのかい」
四人は体をビクつかせた。
「言っただろ、四人目のスペシャルゲストだって」ピエロはニヤニヤと笑いながら言った。
髭の女はしゃがむと、頭陀袋を開け、中に入っている物を引っ張り出した。
「四人目のスペシャルゲストは、野村君たちの中学三年時の担任、中厚彦さんです!」
野村は思わず後ずさりかけたが、ピエロの面の男たちにより阻止されほとんど動けなかった。袋から出されたままピクリとも動かない元担任の様子がおかしいのは、遠目で見てもわかった。
「野村君、もっと近くで見るかい?」
「い、いや──」
ピエロの面の男たちに無理矢理引っ張り出され、野村はステージ中央まで移動した。
「さあ、最後にようやくメインゲストの紹介だ! と言っても、もう説明するまでもないかな?」
拍手が更に大きくなると、ピエロは満足げに頷いた。
「改めて紹介! 本日のメインゲスト……中学三年時に、クラスメートのある少年をいじめて自殺に追い込んだグループの極悪非道な主犯格、[RED-DEAD]のボーカルTAROこと、野村新太郎君だ!!」
会場は今までで一番沸いた。まるで[RED-DEAD]のライブ本番さながらだ。しかし、野村の耳にはほとんど入っていなかった。身を強張らせたまま、俯せに横たわる元担任に釘付けだった。
「ああ、彼の様子が気になるかい? ケケッ」
──……やめろ。
野村は何度もかぶりを振った。
「彼はね、控え室でキミを待つ間、他の三人と同じようにとにかく抵抗したんだ。ボクはてっきり、猿の山井が一番やかましいんじゃないかと思っていたけど、意外にも中が一番手を煩わせたんだ。……ほら、野村君が顔を見たいってさ」
──やめろ……やめろ……
髭の女は俯せの中をひっくり返した。
「黙らせるためにボクの仲間に懲らしめさせていたらさ──」
中の顔は青紫色で、目玉は飛び出さんばかりだ。半開きの口からは顔と同じように変色し、血の付着した舌が飛び出し、よく見れば首はあり得ない方向に曲がっていた。
「力余って、こうなっちゃった! ウケケケケケッ!!」
野村はライブ中のシャウトと変わらない声量で絶叫した。




