#3-4 戦闘①
右手がズシリと重くなり、茶織は耐え切れずに腕を下ろした。
「え……」
手にしていた骨の十字架は、八〇センチ程の金属バットに多数の釘が打ち込まれた、所謂釘バットに変化していた。
「どうよ。サオリにピッタリ! 似合ってるぅ~」サムディはニカッと笑い拍手した。
「こっ……これで戦えって? 冗談じゃないわ!」茶織は迫り来る爆ぜた顔の男をチラリと見やり、すぐに目を逸らすと後ずさった。「こんなものでぶん殴ったら、色々と飛び散るでしょうが! 間違いなくわたしも汚れる!」
「えー、じゃあ何がいいのさ」
「銃とか、せめて飛び道具! 近付かなくていいもの!」
「いやあ、生憎売り切れですなあ」
「ふざけてんじゃ──」
「おっと、サオリ、そいつは任せた。ワシはあいつらね」
爆ぜた顔の男の数十メートル後方に、同じく生者ではない存在が二人、姿を現していた。おまけに一人の手には刃物が握られている。
「何で増えてるのよ!」
サムディが手を叩くと、宙に杖が現れた。
「んじゃ」
サムディは杖を右手に取り軽く振るうと、困惑する茶織をよそに新たな死者たちの元へ飛んで行った。
「ちょっと!」
──後で覚えてなさいよ!
茶織は爆ぜた顔の男に向き直ると、小さく舌打ちし、両手で釘バットを構え直した。鉄のような臭いが徐々に強くなってくる。鼻を押さえたくなったが、釘バットは片手で扱えそうになかった。
──せめて軽量タイプにしなさいよね!
爆ぜた顔の男は奇声を発すると、突然猛スピードで走り出した。
「ち、ちょっ……!」
血塗れの手が届きそうになった瞬間、茶織は短い悲鳴を上げ、力いっぱい釘バットを振った。鈍い音と骨が砕ける感覚と共に、爆ぜた顔の男の側頭部が潰れ、血が噴き出す。
茶織は再び短い悲鳴を上げながら、慌てて飛び退いた。爆ぜた顔の男はよろめいたが、ゆっくり体勢を立て直した。ないはずの目玉に睨まれたような気がして、茶織は恐怖と、それ以上に怒りを覚えた。
──わたしは悪くないんだけど!?
「……よぉ……苦しいんだよぉ……」男が手を伸ばす。「楽に……させてくれよぉ……」
「だったら……望み通りにしてあげる」
茶織は釘バットを振りかぶり、一呼吸置くと、爆ぜた顔の男の頭頂部に振り下ろした。先程よりもはっきりとした破壊の感覚が、釘バットを通して茶織の体に伝わってくる。
爆ぜた顔の男は力なく俯せに倒れ、ピクリとも動かなかった。念のためにもう一撃喰らわせるべきかと茶織が迷っているうちに、地面に溶け込むようにして消えてゆき、後には少量の赤黒いシミだけが残った。
「……うえっ」
心臓が激しく脈打っている。茶織は新鮮な空気を求めるように空を仰いが、一面の赤錆色に吐き気が増しただけだった。
血の滴る釘バットを足元に放置し、近くのコンクリート壁まで移動して手を突くと、ゆっくり深呼吸した。少し落ち着いてきたところで、スニーカーやタイツに付着した返り血が目に入った。ホットパンツやパーカーにもあるだろう。首から上は考えたくもなかった。
──最悪。
「おーい、サオリーン!」場違いな陽気な声が上がった。「ちょっと手伝ってくんろ~!」
サムディが対峙する死者たちは、サングラスを掛けた頭蓋骨の群れにあちこちを喰い千切られ、喚きながら必死に抵抗していた。消滅も時間の問題だろう。しかしその後方から更に数人の死者が姿を見せていた。
「キリがないわ!」
茶織は釘バットを拾い、両手に持ち直した。この異常な状況に慣れたわけではないし、慣れたくもないが、いつまでも突っ立っているわけにもいかなかった。
「サムディ、ある程度捌いたら出口を探すわよ!」
「んだ!」
茶織の声に反応し、死者たちが歩速を上げた。茶織も、彼らが接近するまでじっと待ち続けるつもりはなかった。




