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【改稿版】骨の十字架  作者: 園村マリノ
第三章

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#3-2-2 死んだはずの……②

 龍は困惑した。足を踏み入れたのは、ありふれた小さなビルの中だったはずだ。それがどうして、何処かの学校の教室内にいるのだろう。


 ──そういえば……。


 ビルのドアを開けた時、ほんの一瞬だが目眩を覚えたのだった。しかし気にせず、というよりも気にする余裕などなく、そのまま中に入ってしまった。やはり理人は罠だったというわけだ。

 一旦戻り、アルバと合流しようとドアを開けようとしたが、目を離した隙に引き違い戸に変化していた。おまけにビクともしない。中廊下を通り、後方のドアも試してみたが同じだった。ならば窓はと振り返ると、一面の墓場と赤錆色の空が見えたので、大人しく相棒を待つ事に決めた。


 ──しかし、何で学校なんだ?


 龍はボディバッグから折り畳みナイフを取り出し、緋雨の羽根が入っているパーカーのポケットに移し替えた。とりあえず武器は二つある。もっとも、後者の使用方法は現時点では不明だが。

 教室の中心まで恐る恐る進む。教卓と六列三六人分の席が少々の乱れもなく綺麗に並べられており、正面の黒板にはチョーク汚れ一つない。後方の壁には習字の作品が規則正しく貼られ、その下の棚の中もやはりきっちりと整頓されている。


 ──かえって不自然だな。


 ガラガラと音を立て、前方のドアが開いた。龍は身構えたが、姿を現したのは待ち人だった。


「リュウ、大丈夫?」


「思いの外早かったな。ああ、ドアはそのまま──」


 アルバが中に入ると、ドアは再び音を立て、独りでに閉まった。


「こっちからは開けられねえんだ……閉じ込められた」


「方法ならあるはずよ。手っ取り早いのは、この異空間の弱い部分を探して破壊するか、創り出した張本人を叩きのめすか」


「後者は手っ取り早いって言えるのか?」


 アルバが少々窮屈そうにしながら机と机の間を進んで来る途中、動くものを視界の端に捉えた龍はそちらを見やった。


「おい、あれ……」


「あら」


 白いチョークが一本、黒板の前でゆっくりと浮き上がっていた。そしてそのまま動き出すと、黒板にスラスラと何かを描き始めた。


「座りましょう、リュウ。他の子たちもそうしているし」


「なっ……」


 最後列に、いつの間にやら六人の学生服姿の男女が座っていた。顔立ちから判断すると、龍とほとんど変わらない年齢のようだが、全員が異様に青白い顔色をしており無表情だ。


「一体何なんだよ……」


「うーん、ちょっと座りにくいわね」アルバは特に気にする様子もなく、一番近い席にゆっくり腰を下ろした。


 龍も仕方なくその隣に座り、後方の存在が気になりつつも、作品が完成されつつある黒板を見ていた。やがて、チョークの動きが黒板の右端でピタリと止まると、真下に落下した。

 完成したのは、優しいタッチだが暗い雰囲気のイラストだった。教室内だろうか、左側に、制服姿の少年が一人、悲しげな表情を浮かべ席に座っている。その斜め後方には別の少年が四人、座っている少年を指差し、意地悪そうに笑いながら「マジキモイ」「ウケる」「ジメジメ野郎」「殴りてえ」と、悪口を言い合っている。更に右端には数名の生徒と、ポロシャツ姿の小太りな男性一人が立っているが、全員そっぽを向いている。

 龍の頭に一つの単語が浮かんだ──〝いじめ〟。


「何が言いたいのかしらね」


 アルバが小首を傾げると、龍は肩を竦めた。


「もう変化はなさそうだし、行きましょう。とりあえずここから出ないとね」


「ああ」


 立ち上がり振り向いた龍は、驚きのあまり声を上げ、体勢を崩しかけた。

 最後列に座っていた六人全員が白骨化していた。そのうち一人の眼窩から数匹の蛆虫が姿を現し、更に一人の半開きの口の中で蠢くものがあったが、それが何なのかは知りたくもなかった。


「もう一度ドアを試してみましょう。後ろがいいかしらね」


「ちょっ、おい、勝手に行くな」


「あら、怖いの?」


「……あれを何とも思わない方がどうかしてる!」龍は正面の白骨死体を指差した。「襲い掛かってきたら──」


 その言葉を待っていたかのように、六体の白骨死体たちが突然動き出した。


「ほら言わんこっちゃねえ!!」


 アルバが右手を上げた。直後、右手全体を包むように赤黄色の光が発生すると、球電が三つ、白骨死体の右側三体に一つずつ真っ直ぐ飛んでゆき、首から上を吹っ飛ばした。立ち上がりかけていた胴体は力なく倒れ、一部は脆く崩れ落ちた。


「まだまだ力不足で、一度に大量に飛ばせないのよ」


 残る左側の三体も同じ末路を辿った。呆然とする龍をよそに、アルバは何事もなかったかのように移動すると、後方のドアを引いた。ドアはガラガラと音を立てながら、あっさりと開いた。


「あら。誰かさんのお絵描きが終わったから、もういいって事かしらね。どうしたのリュウ、置いて行っちゃうわよ」


 龍は慌てて後に続いた。

 教室を出ると、左は行き止まりで、右に真っ直ぐ廊下が続いていた。窓の外の景色は教室内から見たものと同じだ。


「日本の墓石ってなかなか素敵な形をしているわよね。何が入っているの?」


「いや、何も入っちゃいねえよ。納骨場所は別だし。……何で残念そうなんだよ。ほら、行くんだろ」


「ここって学校なのよね? まだ部屋がありそうね」


「今の教室が3ー1らしいからな。次は3ー2か?」


 それ程進まないうちに、二人は数十メートル先に人の姿を認めた。


「さっきの子ね」


 龍は唇を噛み締めた。あれは偽者。自分を惑わし、危機に陥れるための罠。それはもう理解している。しかしそれでも、名前を呼び、駆け寄りたくなった。


「あの子、ちょっと前に命を落とした、リュウのお友達だったかしら」


「ああ。ピエロに殺された理人……の姿をした何かだ」


「本物じゃないって事はもう理解しているのね。ならいいわ。挑発に乗っちゃ駄目よ」


「わかってる。けどよ……」


 理人はこちらを向いたまま、焦らすようにゆっくり後退し始め、やがて角を曲がって姿を消した。


「リュウ、ワタシより前を歩かないで。危ないわ」


 龍は指摘されて初めて、早足になっている事に気付いた。


「……俺にも武器がある」


「ヒサメの羽根?」


「ナイフもある」


「それが霊力や魔力もなければ何の加護もないただのナイフなら、あまりお薦め出来ないわ。低級霊にもまともに効かないと思うから」


「先に聞きたかったな」


 角に差し掛かると、アルバが右手で龍を制し、ややあってから槍を構えて飛び出した。


「あら」


「……どうした」


「この先も学校かしら」


 待ち構えていたのは理人でも悪鬼でもなく、アイボリーのシャトルドアだった。龍はアルバに注意されていた事も忘れ、自らドアを開けた。

 何色ものラインが引かれた滑りやすそうな床、正面の吊下式のバスケットゴールとその真下に転がる複数のバスケットボール、二階のキャットウォーク。あらゆる窓に黒いカーテンが閉まり、右側のステージには赤紫色の緞帳(どんちょう)が下りている。


「体育館……?」


 左奥の方に体育倉庫があり、その扉の前に、こちらに背を向けしゃがみ込む理人がいた。


「ねえあなた、何が目的だか知らないけれど、ワタシたち暇じゃないのよ」アルバが諭すように言う。「駄目元で一応聞くけれど、元の世界への出口はどちら?」


「龍兄ちゃん……いる?」


 龍が答えずにいると、理人はもう一度呼んだ。龍が目配せすると、アルバは小さく頷いた。


「ああ……いるよ」


「龍兄ちゃん」理人はゆっくり立ち上がった。


 アルバは、バスケットゴール下の複数のバスケットボールが、ほとんど音を立てずにこちらに向かって転がって来るのに気付いた。


「リュウ、羽根を。ここで使う事になるかもしれない」


「龍兄ちゃん……おれ……一人じゃ寂しいんだ……」


 理人は油の切れた機械が軋むような音をさせながら、首だけを後ろに回し始めた。


「龍兄ちゃんと遊ぶの、スゲー楽しくて、おれ、大好きなんだ……」


 枝を何本か纏めて折ったような音がすると、理人の首が完全に真後ろを向き、鼻と口から血が流れ出した。龍は自分が悲鳴を上げないのを、他人事のように不思議に思った。


「龍兄ちゃんも……おれと遊ぶの好きだよねえ?」


「リュウ!」


 アルバは龍を庇うように立ち、槍を構えた。その視線の先には、大きな一つ目と牙の生えた口が付いたいくつものバスケットボールが、誰かがドリブルでもしているかのように軽快に跳ねていた。

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