#1-2 龍①
「海高行ってるお姉ちゃんから今さっき連絡来たんだけど、お姉ちゃんのクラスの女の子が急に死んじゃったらしくて、軽く騒ぎになってんだって」
「マジ? 何で」
「朝、なかなか起きて来ないから、その子のお母さんが部屋まで見に行ったら、ベッドの上で死んでたんだってさ。昨日まで普通に元気だったらしいけど」
教室後方の女子生徒たちの会話に、音楽雑誌のページをめくる日高龍の指が止まった。
「えー、突然死?」
「やだー、かわいそーっ」
──またか。
異変は、三箇月程前から起こっているようだった。
磨陣市内で暮らす、健康状態に何ら問題のない人間、それも何故か中高生ばかりが、睡眠中に突然悲鳴を上げたり苦しみ出し、そのまま死に至るという不可解な出来事が多発していた。龍が確認しているだけでも五人、女子生徒たちの会話に出て来た、海高こと私立海風高校の生徒も含めれば六人になる。
その内の一人、八月に心臓発作で亡くなった、磨陣第二中学校の喜多山理人は、龍の小学生時代からの友人で現在は東京の進学校に通う喜多山慶太の弟で、龍とも仲が良かった。
理人の葬儀の数日後。
慶太から連絡を受け、かつてよく一緒に遊んだ中学校近くの運動公園に出向いた龍は、すっかり意気消沈した友人から奇妙な話を聞かされた。理人は亡くなる前日に、ピエロに殺されそうになる夢を数日前から連続で見ているのだと、不安と恐怖を訴えていたそうだ。
「まともに取り合わなかった俺のせいで、理人は死んだのかな……」
慶太は人目も憚らずに嗚咽した。二人の近くのジャングルジムで遊ぶ小さな子供たちの視線が集まる。
「何言ってんだ、慶太のせいなわけがないだろ。自分を責めるなよ」
「でも……でもさ……あいつ本気で怖い思いをしていたんだよ……だから心臓やられちまって……」
元々心臓が弱かったならまだしも、至って健康な人間が怖い夢を見ただけで心臓発作を起こすものなのだろうか。龍は訝しんだが、慶太の手前、口には出さなかった。
「なあ、くれぐれも変な気を起こすなよ? 慶太にまで何かあったら、慶太のお父さんとお母さん、本当に立ち直れなくなっちまうだろ」
更に一週間後、トークアプリに慶太からメッセージが届いた。そこには先日の龍の言葉に対する感謝と、ピエロの夢に関する新たな情報が記されていた。理人が亡くなる半月程前、他の中学校の女子生徒が一人、休日に自室で昼寝をしている間に亡くなっていた。噂によれば、女子生徒は亡くなる数分前からピエロがどうのこうのと寝言を繰り返してうなされ、突然悲鳴を上げたかと思うと事切れたらしい。
龍はすぐさま慶太に電話を入れた。
「いきなりあんなメッセ送っちまって悪ぃな」ずっと泣いていたのだろうか、慶太は鼻声だった。
「俺で良ければ何だって聞くさ。で、女子生徒の話だけど……」
「なあ日高、その話……あくまでも噂だからどこまで本当かわかんねえんだ、でもさ……もし本当なら、理人もその女子も、ただの病死じゃねえよな。殺されたんだよ、ピエロの化け物に……」
「慶太……」
「普通じゃねえよ……絶対、何かが起こってるんだよ……」
龍はその後、女子生徒が睡眠中に亡くなったという噂が事実であると知った。偶然にも、日高家が暮らすマンションに女子生徒の親戚がおり、龍の母が別の住民から間接的に話を聞いていた。
龍は独自に調査を開始した。もしかすると、理人や女子生徒以外にも亡くなっている中学生が存在するかもしれなかった。外れてほしい予想だったが、残念ながら的中してしまった。二人の他にも、磨陣市内に在住の中学生と高校生が一人ずつ、やはり睡眠中に亡くなっており、その直前にうなされていたそうだった。
──しかし、一体どうすればいいのやら。
龍は、これ以上犠牲者が出るのを見過ごしたくはなかった。ピエロは人外の、それもかなり厄介な存在だろう。しかし、具体的なピエロの正体や、居場所、中高生ばかりを死に追いやる理由など、わからない事の方がずっと多く、行き詰まりかけていた。そしてその間にも犠牲者は増えてしまった。
──今日こそ、あいつが何か手掛かりを掴んで来てくれればいいんだけどな……。
「女子ってよぉ、おれら男子が騒ぐとすぐ注意してくんのに、自分らのうるささは棚に上げて、あれだもんな」
前の席に座る田中一希が話し掛けてきたので、龍は雑誌を閉じた。先程まで海風高校の女子生徒の話をしていた数人は、今はもう別の話題で盛り上がっており、田中の言う通り、少々うるさいくらいだった。
「あ、日高、今日は俺も村瀬も部活があるから、先に帰っててな」
「ああ」
村瀬太一郎は、龍と田中から少し離れた自分の席で小説を読んでいたが、田中の声が聞こえるとこちらに顔を向け軽く手を挙げたので、二人も同じように返した。
田中と村瀬の二人とは、一年生からの付き合いだ。どちらとも同じクラスになり、村瀬とは出席番号が近く席も前後になったため、何気ないやり取りからすぐに親しくなった。田中とは四月末頃、校庭で体育の授業中に向こうから話し掛けられた事がきっかけだった。
「日高ってハーフなの?」
「え? いいや」
「あ、そうなんだ。ほら、髪の色が色だし、肌も白いから、もしかしたらそうなのかなって女子が話してて、おれもそうなのかなって思ったんだ」
「脱色したんだ。始業式の前日に」
普段から口うるさい母には、高校生活初日からそんな頭で通うつもりかとガミガミ言われたが、割と放任主義な父はご立腹な妻の様子に苦笑するだけだった。大学生の兄には、あんまり痛め付け過ぎると早くハゲるぞとからかわれたが、そんな兄だってしょっちゅう髪色を変えていた。
「脱色かぁ。その割に髪が傷んでないんだな」
「手入れが大変だよ」
「手入れ……そっか、日高ってアレだな、女子力が高いんだな」
ニヤリと笑う田中に、どう突っ込めばいいのかと戸惑っていると、すぐ後ろで二人の会話を聞いていた村瀬や数人のクラスメートたちの笑い声が上がった。
「確かに、日高って自分で料理するって言ってたし、裁縫も得意だよな」
村瀬が同調すると、田中は更に続けた。
「彼女にしたいクラスメートNo.1だな!」
このやりとり以来、自然と三人での行動が多くなっていった。趣味や好みはあまり被らないが、一緒にいて全く退屈しないし、喧嘩だって今のところは一度もしていない。
もしも、この二人がピエロに狙われたら。そう考えると、龍は気が気でなかった。
──二人は俺が絶対に守る。絶対に。
龍は村瀬と田中を見やると、改めてそう強く誓った。