#3-1-2 決戦の日②
脱出口、そしてピエロを探し出すため、茶織とバロン・サムディは異界を進んだ。
「しかし一本道ってロマンがないねえ」
「迷路よりいいでしょ。何がロマンよ」
「サオリの仲間……リュウとナユタだっけ? どうしてるの」
「三手に分かれて、ピエロが何か仕掛けていないか調査中だったのよ」
「ひょっとすると、ソイツらも迷い込んだかもね」
彼らにも人外の相棒がいる。隣を歩くヒョロ長の変態精霊よりは頼りになりそうだ。しかし那由多は緋雨と離れていた。合流前に異界に足を踏み入れるような事があれば、流石にまずいのではないだろうか。
「およ、心配?」
「まあ、少しはね。協力者だし。でもまずは自分の心配よ」
「リュウとナユタってどんなヤツら? ワシよりイケメン?」
「そりゃあそうでしょ……ねえちょっと」
茶織は足を止め、前方を指差した。十数メートル先にコンクリート壁が立ちはだかっていた。
「行き止まり」茶織は周囲を見回した。「脱出口は?」
「今のところなさそうだねえ」
「じゃあ戻るわよ」
踵を返しかけた茶織のジャケットの袖を、サムディが軽く引っ張った。
「何よ」
「あれ見て」
サムディは先程の茶織と同じように、コンクリート壁を指差した。何事かと茶織が再び問う前に、表面に、動く何かが徐々に浮かび上がってきた。
それは画質の悪い映像だった。画面奥に、こちらを背に勉強机に向かっている少年の姿が見える。
「映画かな。誰この坊や」
「知らないわよ」
少年は何かを書く作業に集中しているようだったが、突然何処からか聞こえてきた男の怒鳴り声に驚き、作業を止めて振り向いた。その表情は不安を物語っている。再び男の怒鳴り声がすると、今度はそれに反発するように女の罵声も聞こえた。茶織には全てはっきりと聞き取れなかったが、何やら言った言わないで揉めているようだった。
止まない罵り合いの中、少年は再びこちらに背を向けた。作業に取り掛かろうと手を動かしかけたが、筆記用具を放るように置くと、両手で耳を塞ぎ、机に肘を突いて俯いた。映像はそこで止まると、砂嵐になった。
「……何、今の」
意見を求めるように隣を見やると、サムディは既に映像に背を向けていた。茶織もつられて振り向くと、元来た方向から、スーツ姿の男性が俯きながらゆっくりとこちらに歩いて来るのが見えた。
「迷い込んだんだわ……余計に面倒な事になったわね」
仕方なく近寄ろうとした茶織の腕を、サムディが軽く掴んで引き留めた。
「サオリ、十字架出して。早く」その声はいつになく真剣味を帯びていた。「骨の十字架を」
「何で」
「ワシがとっておきの魔法を掛けて、簡単に壊れないように強化してあげるから。何だったら他の武器に変えてあげてもいい」
もう一度聞き直す必要はなく、茶織は既に気付きかけていた。
「……のにさぁ…………だもんよぉ……」
スーツ姿の男性は俯いたままブツブツと呟きながら、徐々に茶織との距離を縮めて来る。もはや茶織は、自ら近寄ろうとは微塵も考えてはおらず、リュックから骨の十字架を取り出し右手に持った。
男性が顔を両手で覆った。「……も…………んて…………よなぁ……」
「サオリも気付いてるでしょ。あの男は生きた人間じゃない」
「……おれは……んなに…………のために……」
ポタ。ポタ。
男の手指の間から、何かが垂れている。
「身を粉に……会社のため……なのに……」
ポタポタポタ。ポタ。
それが血だとわかった瞬間、茶織は身を強張らせた。
「強化するとか変えるとか言ったわね……」茶織は男を見やりながら、骨の十字架をサムディに差し出した。「どちらでも構わないわ」
「ほいよ」
サムディは骨の十字架に左手をかざした。じわじわと熱を帯びてゆくのが感じられたが、それでも茶織は男から視線を外さなかった。徐々に高まる恐怖心と警戒心がそうさせていた。
「疲れてさ……うっかりミスしたら……死んじまえって……だから……だからさ……」
男が顔から手を離し、すがるように茶織の方へ伸ばすと、ボタボタと血が零れ落ちた。その掌は、ペンキで塗りたぐったように濃い赤に染まっていた。
「言われた通りにしたんだよおおおお!!」
露わになったその顔は、ザクロのように爆ぜ、ほとんど原型を留めていなかった。




