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【改稿版】骨の十字架  作者: 園村マリノ
第三章

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#3-1 決戦の日①

 一一月八日土曜日、六堂(ろくどう)大道芸初日。

 殺人ピエロの化け物が何か恐ろしい企みを実行するには似つかわしくない、一〇月上旬並みの陽気に雲一つない澄んだ秋空の下、茶織(さおり)(りゅう)那由多(なゆた)がJR線(しん)六堂駅東口改札前に集まった。


「六堂(ちょう)で昔から暮らしている霊たちに聞いたんだけど、TARO(タロウ)さんたち芸能人の控え室がある建物は、四丁目にある〈藤紫(ふじむらさき)〉っていう小さなビルだそうだよ。事情を話したら、彼らもピエロ撃退に出来る限り協力してくれるって」


「出来る限りって……あまり期待出来そうにないわね」


 龍は呆れたように隣の冷めた女を見やった。どうしてあんたは平気でそういう事が言えるんだ──目がそう訴えている。


「でも、俺たちだけよりもいいでしょ。向こうは軍勢引き連れてるかもしれないし」


 那由多は特に気分を害した様子もなく答えると、数メートル先の看板地図まで移動し、四丁目内を指で辿った。茶織と龍も後を追い、覗き込む。


「……ん、あった。ここからそんなに離れてなさそうだ。連れ出すのは俺がやるよ。六堂町の隣の弓塚(ゆみづか)二丁目にある神社内に、緋雨(ひさめ)が結界張ってくれている最中だから、上手い事言ってそこまで連れて行く」


「ネット情報だと、TAROはかなり性格悪いらしいです。大丈夫ですかね」


「そういう時のために、茶織さんも一緒に行った方がいいんじゃないでしょうか。ウフフフッ」


 那由多よりも先に、少女の声が答えた。龍は顔をしかめ、眉間を指先で押さえるようにした。


「いたのね、アルバ」茶織は睨むように龍を見やった。


 ──俺は何も言ってねえだろ!


 龍は強い口調で言い返しそうになったが、何とか呑み込んだ。

 

「まあ、緋雨も結界張るのが終わったら来てくれるし。それでも何かあったら連絡するよ」


「今から連れ出すのは、流石にちょっと早いんじゃないかしら」茶織が口を挟んだ。「大道芸自体は一一時半から順次開催で、トークショーは一三時からでしょう。まだ九時前よ。来てすらいないかもしれない」


「周辺をうろうろしながら待ってるよ。刑事の張り込み調査みたいで面白そうだし。その間に三人は、緋雨が言ってた事をよろしく……ああごめん、四人だね。ヴードゥーのバロン・サムディも」


「律儀にいいわよ。あんな奴、呼び出さないに越した事はないし。で、探せばいいのよね、ピエロの仕掛けだか何だかを」


 ピエロは事前に、大道芸の開催地となる六堂町内や春日町(かすがちょう)の一部に、何らかの仕掛けを施しているのではないだろうか──緋雨はそう推測していた。その仕掛けがどのようなものか、通常の人間にも目視出来るものか否かは不明だが、事前に探し、推測通りだったならば排除しておきたかった。


「仕掛けを見付けたら破壊する。怪しい動きをする霊やら妖怪やらがいれば叩きのめす。それはいいんだけど、特殊な力を使われても、わたしにどこまで対処出来るか」


「バロン・サムディがいるでしょう。俺にアルバが、那由多さんに緋雨がいるみたいに」


「だから嫌よあいつは」


「でも、俺たちは別行動した方が効率いいでしょう。そうすると、あなた一人じゃ危険だ」


 茶織は不服そうに眉間に皺を寄せた。


「ま、まあとにかく、そういう事なんで……」龍は逃れるように地図看板に目をやった。「えっと……俺とアルバは、この一丁目と春日町の一部を調べます。四丁目は那由多さんと緋雨で、道脇(みちわき)さんは残りの二、三丁目をお願いします。……こんな感じでいいですか?」


「うん、大丈夫だよ」


「そうと決まれば、もう行くわ」


 最も近い三丁目から見て回る事に決めた茶織は、背を向けてさっさと歩き出そうとした。


「気を付けて」


「お気を付けてー」


「何かあったら、無理せず連絡してね」


 次々と掛けられる声に、何となく落ち着かないような、むず痒いような気分に陥ったが、茶織にはそれが何故なのかはわからなかった。


「……そっちもね」


 振り向かずに素っ気なくそう返すと、茶織はその場を後にした。



 六堂町三丁目。

 茶織は大通りから小路に入った。二階建ての一軒家の一階部分を利用した個人経営の店、特に居酒屋やスナックが多いようだ。夜になればやかましいくらいに賑わうのだろう。

 なるべく周辺に注意を払いながら、ゆっくり道なりに進んでゆき、たまに人間の姿を見掛けると警戒した。相手が果たして本当に生きた人間か否かの判断は茶織には難しい。すれ違いざまにいきなり牙を剥かれれば、サムディが間に合うかどうかもわからない。だからといって、あのやかましい老人を先に呼び出しておくのも気が引けた。

 

 ──もう少しまともな精霊にしてほしかったわ、綾兄(あやにい)


 途中で茶織は、背負っているリュックサックの外側のポケットから、折り畳んだA4サイズの六堂大道芸のマップを取り出した。緋雨と初めて出会った日の帰りに新六堂駅前で手に入れたもので、各パフォーマーやイベント、出店の場所がわかるように、アナログタッチのイラストで描かれている。

 茶織は現地点から一番近い空き地まで足を運んだ。初日は双子の中年男性のパフォーマーが手品を披露するらしい。何かを仕掛けるとするならば、人が多く集まる場所のはずだ。

 空き地はそれなりの広さがあり、一番奥に小さなステージと、ステージを囲むように小さな柵が設置されていた。パイプ椅子などは用意されておらず、立見のようだ。

 茶織は奥まで進み、何のためらいもなく柵を跨いで内側に入ると、横の小さな階段からステージに上がって周囲を確認した。特に変わった様子はなさそうだ。


 ──それにしても……。


 遠くで車の走行音が聞こえる以外、あまりにも静か過ぎるし、相変わらず人気(ひとけ)もない。とても約二時間半後に大掛かりなイベントが行われる前だとは思えないが、場所の問題なのだろうか。


 ──……?


 心なしか、周囲が少しずつ暗くなってきたように感じられた。

 茶織は足早に空き地を出て、左右を交互に見やった。妙な胸騒ぎがした。


 ──……神経質になり過ぎているだけよ。


 気を取り直すと、茶織は先へ進んだ。警戒を怠るつもりはないが、必要以上に恐れる事もない──そう言い聞かせながら。

 しばらく一本道を直進し続けていた茶織だったが、明確な異変に気付き足を止めた。そして再びマップを取り出して広げ、自分の記憶が正しかった事が判明すると舌打ちした。本来ならば、既に二回は分かれ道に差し掛かっているはずだった。

 地図から顔を上げた茶織は、更なる異変に気付いて狼狽えた。


 ──嘘……。


 あんなにも晴れ渡っていた空が、今では不気味な赤錆色をしていた。


「サムディ、いる? 緊急よ!」


 少しの間の後、茶織のすぐ目の前の空間に、サングラス姿で皺の多い真っ白な顔が浮かび上がった。


「うわっ!」


 茶織が反射的に白い顔に拳をめり込ませると、形容し難い悲鳴が上がった。


「ちょっと! 驚かすんじゃないわよ!」


「グヘェ……鼻が……鼻が……」


「サングラスは無事ね」


「気にするのそっち!? で、何なのさ……」サムディはようやく全身を見せた。「およ、ここは……」


「六堂町三丁目の、大通りから一本入った所よ。分かれ道があったはずなのに、何故か一本道になっているの。途中からおかしくなったわ」


 茶織は、キョロキョロと周囲を見回すサムディに左手に持つ地図を見せようとしたが、必要ないようだった。


「本物じゃないよん」


「……と言うと?」


「魔力を使って、一時的に創り出された異界だね。この説明でい()()()? なんつって」


「創り出す? 誰がどう──」茶織は途中まで言い掛け、何て頭の悪い質問だろうと自嘲した。「あいつ以外にいるわけないわね」


「んだんだ」サムディは二回頷いた。「どうやらワシの予想通り、あの道化師(クラウン)は相当な力を付けていたみたいだねえ。ただの霊が現実世界に異界を創り出すのって難しいし、下手すりゃ力を使い果たして消滅しちまう。あれ、サオリ、足を踏み入れた事にすぐ気付かなかったの?」


「ええ……ああでも、今思えば……」


 最も可能性が高いのは、先程の空き地だ。ステージ上に、いや、空き地内に一歩足を踏み入れた時点で、既に迷い込んでいたのかもしれない。


「で、どうすりゃ脱出出来るわけ」


「そうさね、魔力が弱まっている箇所があるかもしれないから、そこに上手くダメージを与えて壊す。あるいは、創り出した張本人を倒す」


「弱まっている場所って」


「それは探してみないとわかんないね。もしかしたら全然ないかもしれないし」


「……ああもう!」茶織は足元の石ころを思い切り蹴飛ばした。「まんまと仕掛けにハマっちゃったってわけね! 迂闊だったわ」


「まあまあ。で、どうするサオリ」サムディが茶織の顔を覗き込む。「弱まっていそうな場所と道化師(クラウン)、どっちを探す?」


「……両方よ、両方」茶織は手にしたマップをグシャリと握り締めた。

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