#2-4 顔合わせ①
──何でこんな所で。
JR線磨陣駅より徒歩約一五分、市立の都市公園〈わかばおかフラワーランド〉。
茶織は、名前も知らない花々を横目に見やりながら、黙々と坂道を上り続けていた。
園内の至る所に様々な種類の花々が咲き、春や秋になると市内外から多くの客が訪れるそうだが、一一月上旬の現在、目玉であるコスモスが終了したためか、土曜日であるにも関わらず閑散としている。
那由多に指定された待ち合わせ場所は、標高約一〇〇メートル地点の展望台にあるレストラン〈フラワーズ〉の前だ。
園内では小さな有料バスが一時間に一、二本運行しているが、それに頼らなければならない程ひ弱ではない。しかし、何もわざわざ最も高い地点を選ばなくてもいいのではないだろうか。
──先に理由を聞いておけば良かった。
茶織の数十メートル先を、三、四歳くらいの少女とその母親がゆっくりと、更にその先を、高校生くらいの金髪の少年が一人で歩いている。前者はすぐに追い越したが、後者はそれなりの歩速で、距離は縮まらなかった。
汗ばんできたのか、金髪の少年は一旦立ち止まり、背中のボディバッグを外すと、薄手の紺色のパーカーを脱いで腰に巻いた。
「暑くなっちゃいましたか?」
子供の問う声が聞こえ、茶織は振り返った。親子はずっと後方におり、母親がスマートフォンのカメラで花畑を背にした娘を熱心に撮影しているところだ。
視線に気付いて再び振り返ると、金髪の少年がこちらをじっと見つめていた。
──わたしじゃないわよ……。
茶織は少年を無視して通り過ぎようとした。
「道脇さんですか」
すれ違いざまに名前を呼ばれ、茶織ははたと思い出した。そういえば、もう一人の協力者は男子高校生だと聞かされていた。
「あなたが日高君?」
「はい」少年は小さく頷いた。
「わあ、あなたがサオリさん!」再び子供の声が聞こえた。「はじめまして。ワタシ、アルバっていいます」
茶織は龍のすぐ隣の辺りに目をやった。見えるのはコンクリートの地面と、その向こうに広がる花畑だけだ。
「道脇さん……もしかして見えていないんですか」
「ええ、声が聞こえるだけ。ねえ、まさか小さな子供なの?」
「一応、今は」
茶織は遠慮せずに眉をひそめた。小さな子供は苦手だ。そして、返答の意味がわからない。
「……まあいいわ。とにかく上まで行きましょう」
「はい」
しばらくの間、互いに無言のまま坂道を上り続けた。日高龍は茶織と同じく、積極的に愛想を振り撒いたり、その場の雰囲気を変えようと口を動かすような人間ではないようだ。
「サオリさん、ヴードゥーの精霊さんとご一緒って本当ですか?」
アルバの無邪気な声が尋ねてきたが、茶織には相変わらず姿が見えない。
「俺の左隣にいます。道脇さん、バロン・サムディを連れているんですよね。サムディの姿も見えないんですか」
「あいつなら見えるの。何故だかわからないけど。ああ、先に言っておくけど、あいつを簡単に呼び出すつもりはないわよ。疲れるから」
「そんなに召喚にエネルギーを消費するんですか」
「召喚する事自体は問題じゃない。その後が面倒なのよ。少なくとも、あなたの連れみたいに行儀良くしちゃいないわよ」
声色から苛立ちを察したのか、龍もアルバもそれ以上聞こうとはしなかった。
展望台は芝生のフリースペースと、その奥がアスレチックとなっており、二組のカップルと複数の親子連れの姿があった。
「〈フラワーズ〉はこの先の下り坂の手前にあるみたいです」龍が地図看板に目を通しながら言った。
カラスの鳴き声に、茶織は反射的に頭を上げた。鳴き声の主はアスレチックコーナーの方向から飛んで来て、地上の様子には目もくれずに去って行った。
「ヒサメさんかと思いました?」
話し掛けられたのが自分だと茶織が気付く頃には、アルバは別の質問を龍にしていた。
「ヒサメさんとナユタさん、もう来ていると思います?」
龍はボディバッグからスマートフォンを取り出し、
「集合時間の七分前……もう着いていそうだな」
茶織は一瞬、誰かがすぐ隣を走り去ったような気配を感じた。
「走るのはいいけど転ぶなよ」龍は茶織よりも遠くを見やりながら言った。
「やっぱり子供なのね」
「見えましたか?」
「全然」
「あいつ本当は──」龍は顔をしかめた。「ああ、言わんこっちゃない」
「転んだのね」
「ほら、首も落ちたじゃねえか」
龍が声を上げると、十数メートル先から「拾ってくださーい」と呑気な声が聞こえた。
「やれやれ……」
「ちょっと……今、何が落ちたって言ったの」
「首です。あいつの首、気を付けないとすぐ外れるんで」
特別変わった事ではないと言わんばかりの口調でそう答えると、龍はアルバの元へ駆け寄っていった。
「コンタクトレンズみたいに言うんじゃないわよ……」
茶織はぶつくさ言いながら、歩いて二人の後を追った。〈フラワーズ〉の屋根が視界に入るとほぼ同時に、アルバと、龍とは別の男性の声が聞こえてきた。どうやら、お喋りカラスとその連れは先に到着していたようだ。




