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【改稿版】骨の十字架  作者: 園村マリノ
第二章

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#2-3-2 友人からの相談②

「遅いな……一〇分もしないうちに着くって言ってたのに。ごめんね二人共、待たせちゃって」


「ううん、平気。あれ、那由多君、何か顔色悪くない?」


「いや……大丈夫だよ」


 亜純の恋人・和臣とその友人を駅前で待つ事一五分超。那由多の悪寒は治まるどころか、少しずつ確実に悪化していた。


「え、待って、マジで具合悪そうだよ」


「本当だ。何か血の気が引いてるっていうか」


 那由多はなるべく自然な笑顔で答えたつもりだったが、かえって二人を不安にさせてしまったようだった。


「大丈夫大丈夫。まあ、ちょっと寒いかなってくらいで──」


 一台の黒い軽自動車が、北の方角からやって来た。


「──あの黒い車だよね」


「うーん、と……ああ、そう、あの車だよ! 助手席に乗ってるのが彼」亜純は黒い軽自動車に向かって大きく手を振った。「那由多君、よくわかったね」


 黒い軽自動車が三人の目の前に止まると、助手席の和臣と、運転席の友人が降りて来た。中肉中背の和臣に対し、友人はかなり体格がいい。


「待たせたな」和臣は亜純に言うと、一瞬睨むように那由多を見やったが、何事もなかったかのように笑顔で頭を下げた。「大学のお友達っすね。どうも」


 那由多と凜子も挨拶した。一方で和臣の友人は、ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、那由多と凜子を交互にジロジロと見るだけだ。


「亜純、これから俺とコウイチと、あとモリやリノを途中で拾って夕飯食べに行くんだけど、お前も行くか?」


 コウイチとは隣の友人の名前らしい。


「それはいいんだけど……和臣、話があるの」


「ん、何だよ」


 亜純は那由多と凜子を見やり、二人が小さく頷くと、決意したように和臣に向き直った。


「土曜日に廃ホテルに胆試しに行くって言ってたよね。あれ、本当に危険だからやめて!」


 和臣はポカンと口を開けていたが、ややあってから吹き出した。


「何だよ、そんな事今ここで話すのかよ! 深刻そうな顔すっからよ、何事かと──」


「笑い事じゃない!」


 通行人たちが驚いて振り返る。亜純が声を荒らげるのを耳にしたのは、那由多はこれが初めてだった。そして他の三人の反応からすると、彼らも同じようだった。


「な、何だよ亜純……どうしたよ」


「本当に危険なの、その廃ホテルは。ううん、そこに限った話じゃない。心霊スポットなんて遊び半分で行くものじゃないわ。ねえ二人共」


 那由多と凜子が頷くと、亜純は指し示すように那由多に手を伸ばし、


「この子──那由多君はね、霊感が強いの。和臣が今度行くっていう廃ホテルの前を通り掛かった事があるけど、それだけで大変だったって。ましてや中に入ろうだなんてとんでもないわ。ねえ?」


 和臣の刺すような視線に、那由多は呆れて思わず溜め息を吐きそうになった。そんなに恋人と他の男の仲が不安ならば、日頃の言動を改めるべきではないだろうか。


「胡散臭いと思われそうですが、本当なんです。あの廃ホテルで起こったのは火事だけではありません。火事のどさくさに紛れて、連続殺人も起こっています。俺はその光景の幻視を見てしまったんです」


 和臣の隣のコウイチや、その後ろの軽自動車をなるべく見ないように心掛けながら、那由多は語った。


「殺人を犯した者も火災で命を落としていますが、未だにあの現場に残って、まだ誰か殺せないかと獲物を探していました。俺が小学生の時の話ですけど、多分今も変わらないはずですよ」


「え、殺人とか……マジ?」凜子が恐る恐る口を挟んだ。


「うん。従業員の男がね、逃げる途中のお客さんを窓から突き落としたり、わざと火の気が強い方へ誘導したり、部屋に閉じ込めたりして。全部事故として処理されてるみたいです」


 数秒間の沈黙を破ったのは、コウイチのガサツな笑い声だった。


「くっだらね!」


 和臣は気まずそうな表情でコウイチを見やった。


「言っとくけど、オレ、中坊の頃から各地の心霊スポット行ってるんだわ。ついこの間も、絶対呪われるって言われてる東京都内の廃病院行ったけど、ご覧の通りピンピンしてますが?」


 コウイチはおどけた表情で両手を広げポーズを決めたが、誰も笑う者はいなかった。


「えーっと、眼鏡君、名前何だっけ? まあいいや。別にキミの言う事を信用しないわけじゃないけどさー、赤の他人に口出しされてもいい気分しないって。な、カズ?」


 返答に詰まっている和臣を、今度は那由多が呼び、


「そちらのコウイチさんと車に乗ってここまで来る間に、体に違和感ありませんでしたか? 全体が重いとか、異様に寒いとか、腕や脚が痛いとか」


 コウイチは鼻で笑った。「亜純ちゃんの友達、変わってんな!」


 和臣はコウイチを横目で見やってから遠慮がちに、


「その……ちょっと吐き気がしたかな……」


「そりゃ車酔いだろっ」コウイチは笑いながら和臣の頭を小突く真似をした。


「いや……俺、乗り物酔いはした事ねえんだ。波の荒い日に船に乗った時も何ともなかったし。それと、実をいうと……」和臣はゴクリと唾を呑み込んだ。「車に乗ってる間、足首ら辺が痛かった。それこそ……掴まれてるみてえに」


「おいおいおい! カズまで何言い出すんだよ」


「コウイチさんは、何ともないんですか」


 コウイチがジロリと那由多を睨む。「何もねーけど?」


「それじゃあ、ご家族は?」


「はあ?」


「ご家族や恋人、他のお友達に、前々から体調不良を訴えている人はいませんか」


 コウイチの顔色が変わった。顔の贅肉に埋もれた小さな目が落ち着きなく動く。


「思い当たる節があるみたいね?」


「……ねーよ!!」


 凜子の苦笑混じりの問いに、コウイチは顔を赤らめて強く否定したが、誰も信じてはいなかった。


「あーあ、くっだらね! 何でこんな茶番に付き合わなきゃならねーわけ? もう行こーぜ、カズ。亜純ちゃんも行くだろ?」


「わたし、行かない」


 亜純は一歩下がり、どうするのかと問うように和臣を見やった。


「……俺も今回パスするわ」


「はあ!?」


「それと……今度の土曜も」


「いやいやいや……おいおいカズちゃんよぉ……今日会ったばっかの頭おかしい連中の言う事を信じちゃうわけ?」


「ちょっと、随分失礼じゃない?」


「……ああ、そっちのおねーさんは別かもしれねーけど。あんただよあんた」


 詰め寄ろうとしたコウイチを、那由多は右手で制した。


「申し訳ないんですけど、それ以上近付かないでください。吐きそうだ」


「ああん?」


「俺の話を信じなくても構いませんが、もう一つ忠告させてください」


「やなこった」


「すぐに神社かお寺に行ってお祓いを受けてください。祓える友人は今この場にいませんし、俺にはどうにも出来ませんから……特にそんな大人数だと、尚更」


「……何がだよ?」


 通行人のものではない、子供の微かな笑い声を那由多は耳にした。


「……あなたの背中に覆い被さっている血だらけのお婆さんと、後部座席の三人……この三人は親子かな。廃病院から連れて来ましたね」


 亜純と和臣がコウイチから後ずさる。


「それから、ボンネットの上の、下半身がズタズタの男の子と、屋根の上の頭のへこんだ猫は、事故現場ですかね」 


 コウイチの小さな目が見開かれ、唇がわなわなと震える。


「厄介なのは、あなたの腰に纏わり付いている黒い塊です。こいつは特定の形をしていない。顔も手足もない。この世のあらゆる生命に仇をなすためだけに存在しているような化け物です。一体何処からこんなものを連れて来たんだ……今までよく無事でしたね」


 凜子が悲鳴にも似た声を上げると、通行人が何人か振り返った。


「……アホか!! マジ頭イカれてんだろ! 付き合ってられっか!」


 那由多は口元を押さえた。そろそろ我慢の限界が来ていた。


 コウイチは運転席に乗り込むと窓を半分開け、


「で、結局お前らはどうするよ」


 亜純と和臣は顔を見合わせると、同時にかぶりを振った。


「ケッ、そうかよ! 勝手にしろ!」


 コウイチの車が去ると、那由多はしゃがみ込んで俯いた。


「大丈夫!?」


 凜子は慌てて那由多の隣にしゃがみ、丸まった背中をそっとさすった。その様子を、亜純と和臣が心配そうに見守る。


「やっぱり具合悪かったんじゃない」


「ギリギリ……大丈夫。原因が離れていったし」


 那由多は数回大きく深呼吸すると、ゆっくり立ち上がった。吐き気は徐々に治まってきた。


「和臣さん……」


 和臣が那由多を見やる目に、敵対心は感じられなかった。


「廃ホテルに行こうと言い出したのって、コウイチさんなんでしょう」


 和臣は頷き、


「スマホで何気なく心霊スポット特集読んでたら、コウイチが覗き込んできて『今度皆で行こうぜ』って。最初は乗り気じゃなかったんだけど、あいつの体験談聞いてたら興味が湧いてきて……」


「でも、行かないわよね?」


 亜純の懇願するような問いに、和臣は再び頷いた。


「行かねえ。俺まで憑かれたくねえし……何より亜純を危険な目に合わせたくねえから」


「もうっ! 本当に心配したんだから!」亜純は人目も憚らずに和臣に抱き付いた。「あんまり言ってもわかんないようなら、ケツに丸太突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやるところだったんだからぁ!」


「ま、丸太……?」和臣は固まった。


「あ、亜純、耳よ耳……」


「丸太じゃ太過ぎるんじゃないかな……」


 友人二人の声は、亜純の耳には届いていないようだった。



 亜純と和臣と別れると、那由多と凜子は同じ電車に乗り、ドアに近い席に並んで座った。


「とりあえず、亜純の彼氏が考えを改めてくれて良かったわね」


「うん。それにひょっとすると、和臣さんの最近の困った言動の数々は、コウイチさんからの……コウイチさんに憑いていた存在たちからの影響だったのかもしれない」


「マジか」凜子は顔を引きつらせた。


「まあ、あくまでも憶測だけどね」


「それにしても、あのコウイチのでぶちんハゲ! ろくな挨拶も出来ない奴だとは思ったけど、ほんっとクソだったわね」


「ハゲてたっけ……。まあ、いきなりああいう話をされたら、普通は誰だって引いちゃうし、信用されないのは仕方ないよ。その点、和臣さんは意外だったな」


「あのドスコイ野郎、内心結構ビビってたっぽいけど、お祓い行くかしらね」


「さあ……どうだろう」


「疑うわけじゃないけど、那由多君の話って、全部本当なんだよね」


「うん」


「だったら行かなきゃ絶対ヤバイよね……ちょっとやそっとの憑き方じゃないんだし。怖いよ」


「そうだね」


 友人にこれ以上怖い思いをさせないよう、那由多は黙っていた──もしかすると、もう手遅れかもしれないという事実を。



「クソッ、あの陰キャ眼鏡野郎!」


 友人たちとの待ち合わせ場所に到着するまでの間、コウイチは常に何らかの悪態を吐き続けながら車を走らせていた。


「アイツらもアイツらで何ビビってんだ。マジ次からハブってやる」


 バックミラー越しに後部座席を見やり、鼻で笑う。親子三人組? 勿論誰もいやしない。事故死したガキに猫、血だらけのババアや黒い固まり? 随分と賑やかじゃねーか。


〝ご家族や恋人、他のお友達に、前々から体調不良を訴えている人はいませんか〟


「……いねーよオタク野郎」


 コウイチは自分に言い聞かせるように呟いた──一箇月前に別れた元恋人が、自分と会う度に体調不良を訴えていたという事実からは目を背けて。

 待ち合わせ場所のコンビニの駐車場に到着すると、リノこと宮里莉乃(みやざとりの)が出迎えた。


「うっす、お待たせ」


「もう、待っちゃったよコウちゃん!」


(わり)ぃ悪ぃ」コウイチは莉乃の肩を抱いた。「もう腹減ったか?」


「まだ平気だよ」莉乃は笑顔でゆっくりと太い腕を除けた。「モリちゃんはあと二、三分で着くって。カズ君と亜純ちゃんは?」


「パスだってよ。つーかアイツら馬鹿はもういいわ。煙草あるか? 一本くれ」


「えー、何かあったの?」莉乃はハンドバッグから煙草とライターを取り出して手渡した。


「ま、モリが来たら話すわ。乗って待ってるか?」


 二週間ぶりの煙を肺にたっぷり吸い込むと、コウイチの苛立ちは少しだけ抑えられた。これまでに禁煙が成功した試しなどなかった。


「ねえ……でもどうやって三人で店まで行くの?」


「は? ……どうやってって、コレだろ」


 コウイチが親指で車を指し示すと、莉乃は怪訝な顔をした。


「助手席しか空いてないじゃん」


 コウイチの口から煙草が落ちた。


「さっきから気になってたんだけどさ、コウちゃん……後ろの席の人たち、誰?」

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