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【改稿版】骨の十字架  作者: 園村マリノ
第二章

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#2-2-2 謎の男②

「ほらな」


「あららー……」


 龍の予想通り、〈きくちパン〉はすでに閉店していた。閉店時間は一八時らしいが、それまでに完売してしまう事がほとんどで、時間いっぱいまで営業しているところを、龍は今までほとんど見た事がなかった。


「せっかくですから、もうちょっとお散歩しましょ」


「何処に行くんだ」


「一つ隣の道はどうです? 雷徒町に続いている、廃墟のある通りです」


「いいけど……あの廃墟って、やっぱ()()のか? 昔、住人が殺されたって聞いた事があるんだが」


「綺麗な女性が一人で住んでいらっしゃいますよ。会いに行きますか?」


「いや、それはいい……。雷徒町へ出たら戻るぞ。暗くなったからな」


「はーい」


 高齢者や犬を散歩させる女性、学生たちとすれ違いながら、二人は雷徒町へ続く道を進んだ。


「ちょっと肌寒いな」


「気温が下がってきましたね」


「でもお前は人間じゃないから大して──」言い終わらないうちに、龍は歩みを止めた。


「どうしました?」


「人が出て来た。あの廃墟の門から」


 廃墟まで一四、五メートル程離れているが、見間違いではなかった。帽子を被った背の高い、風貌からして白人であろう男性が一人、門を出て後ろ手にゆっくり閉めているところだ。


「鎖がしてあったはずだ」


「住人の良香さんに頼めば開けてもらえますよ」


「〝見える〟人間……か?」


 男性は雷徒町の方向へ歩き出しかけたが、龍に気付くと立ち止まった。その視線は、明らかに龍だけでなくアルバにも向けられている。


「見えてるな」


「そうみたいですね」


 引き返すのも不自然なので、龍は再び歩き出した。


「あの男性、ちょっと変な感じがします」


 一歩遅れて続くアルバが呟いた。どういう意味かと問う余裕もないうちに、男性の前に差し掛かった。


「そちらのお嬢さん、デュラハンだよね」


 何かしら声を掛けられるのではないかと予想してはいたが、龍は少々驚いた。相手が違和感のない流暢な日本語を喋った事に対してではない。首を外していなければ甲冑姿でもなく、首なし馬にも乗っていない少女が、何故デュラハンだとわかったのだろうか。


「……見えるんですね」


 龍が答えると、男性はうっすら微笑み、今度はアルバに向かって、


「日本でデュラハンだなんて珍しいな。アイルランドかスコットランド出身かな」


「アイルランドです」アルバが答えた。


「アイルランドか。いい所だよね。私は好きだよ」


「有難うございます」


 街灯がすぐ近くにあるので、改めて男性の容姿を確認する事が出来た。一九〇センチはありそうな背丈に、ストロベリーブロンドの短髪、白いというよりは若干青白い肌。三〇代くらいだろうか。ワインレッドの帽子──ホンブルグハットという名前だと、龍は後日知る──と、同色のスーツを着こなしている。


 ──派手だな。


 それでも不思議と、浮いているとは感じなかった。むしろ、静かにしていればほとんどの人間は彼の存在に気付かないのではないか──何故かそんな気がした。

 男性と目が合うと、龍はドキリとした。


「人を探しているんだ」


 男性は龍の視線を気にしている様子はなく、うっすら微笑んだままだったが、反対に龍は何となく落ち着かなかった。


「アヤタカ・ミチワキって男を知っているかな」


「……アヤタカ?」


「君や私と同じく〝見える〟人間だ。黒いセミロングヘアーで、左耳にシルバーのピアスをしている。背丈は君より二、三センチくらい高い。年齢は確か、四〇くらいだったかな。ハジメ・オオイと名乗る事もあるようだ」


 龍とアルバは顔を見合わせ、先にアルバがかぶりを振ると、龍も「いいえ」と答えた。


「それじゃあ、その姪にあたるサオリ・ミチワキって女性は?」


 ──サオリ・ミチワキ?


「彼女の方には一度も会った事がないんだけど、後ろのあの家の女性によると、二〇歳前後で、ここからそう離れていない所に住んでいるようなんだ。その姪っ子なら居場所がわかるかなと思ってね」


 ──ヴードゥーの精霊を連れているっていう……?


「その人も知らないですねえ」アルバはごく自然に答えると、碧い目で龍を見やった。


「……俺も知らないです」龍も努めて自然に答えた。


「そのアヤタカさんて方とは、お友達なんですか?」アルバが男性に尋ねた。無邪気さを装いながらもその実、しっかり探りを入れている。


「友達……だって?」男性はほんの一瞬真顔を見せたが、すぐにまた微笑んだ。「そんな間柄じゃない。ただの顔見知りさ」


 ジジジジッ。ジジジジジーッ。


 街灯から虫の鳴き声のような唸り音が響く。龍は何故か余計に落ち着かなくなってきた。


「すまないね、時間を取らせてしまって。私はこのまま雷徒町方面へ行く。君たちも同じかな」


「いえ、逆です。ちょっと散歩していたんで」


「そうか。それじゃあ、気を付けて帰るんだよ」


「はい」


 男性の後ろ姿が小さくなると、龍とアルバも元来た道を戻った。


「アルバ、今の人──」


「何だかちょっと怖かったです」


「怖い?」


 デュラハンが、何よりもアルバが発するとは思えない意外な言葉に、龍は目を丸くした。


「あの男性、人間には間違いないんでしょうけど……でも、普通の人間じゃない」


「……まあ、〝見える〟人間なら、普通じゃないかもな」


「そうじゃなくて……それだけじゃなくて……うーん……」


 アルバが考え込み始めたので、龍は何も口出しせず黙って隣を歩いた。一度だけ後ろを振り向いてみたが、男性の姿はすでになかった。


「さっきの男性、かなり強い力を持っているようでした。それこそ、人並外れた」


 自宅マンションの目の前まで来ると、アルバはようやく口を開いた。 


「力、って」


「俗に言う魔力とか霊力ってやつですね。人外の存在を認知出来るからって、強いとは限らないんですよ」


「へえ……?」


「それと……かなり長生きされていると思います」


「長生き?」


「本来ならとっくに死んでいるはず。少なくとも、見た目通りの年齢じゃないですよ」


「……何だそれ」


 エントランスで住人とすれ違ったので、互いに会釈する。エレベーターホールに着き、周囲に他の住人がいない事を確認すると、龍は続ける。


「俺が見た限りじゃ、三〇代くらいだったけど……まさか、もっとじいちゃんて事か?」


「おじいちゃんなんてレベルじゃないかもしれません」エレベーターに乗り込みながらアルバが答えた。「総合的に判断して、とにかく普通の人間じゃありません」


 龍が階数ボタンを押し、扉が閉まる。


「……悪い、わからない事だらけなんだが」


 苦笑する龍に対し、アルバは真顔で、


「それはワタシも同じです」



 家族はまだ誰も帰ってはいなかった。あと三〇分かそこらで、母か兄が姿を見せるだろう。

 龍とアルバは並んでベッドに腰を下ろした。


「で、さっきの続きだけどさ……そんな得体の知れない男が、道脇茶織さんのおじさんを探しているって……どういう事だろうな。〝見える〟人間同士の繋がりなんだろうけど」


「少なくとも、仲良しではなさそうでしたね」


「茶織さんの名前が出た時、名前だけなら知ってるって答えようか迷ったんだ。でも先にお前が知らないって答えて、俺にもそう言えって目で訴えてるのがわかったからさ」


 アルバはウフフと笑い、


「教えちゃいけない気がしたんです。それに名前だけ知ってるって答えても、ややこしくて面倒でしょう。順を追って色々と説明しなくちゃなりませんし」


「説明したら、協力者になってくれたって事は──」龍は男性の表情、とりわけ微笑みを思い出し、かぶりを振った。「──ないよな、多分。あの人は尋ね人以外には興味がなさそうだった」


 男性は親しげで口調は柔らかく、何度か微笑んではいたが、そんな様子を目にしても龍は落ち着かなかった。その理由が、今になってわかった気がした。


「あの人、目が全然笑ってなかったもんな」


「ええ。作り笑いが下手っぴでした」


 リビングの方が騒がしくなった。母と兄が一緒に帰って来たようだ。駅か道の途中で会ったのだろう。


「ちょっとぉー、龍? 帰って来てるんなら洗濯物取り込んでおいてよねーっ!」


「龍、今日はローストビーフだぞ!」


「ビーフじゃなくてポークよ、ポーク」


 アルバが楽しそうに笑いかけた。あの男性と違い、見ているこちらも顔が綻ぶような、愛らしく自然な表情だ。


「リュウさん、行ってらっしゃい」


「ああ」


 龍が部屋を去ると、アルバはベッドに腰掛けたまま思案した。

 ピエロ以外にも困った要素が増えてしまった。良香の屋敷の前で出会ったあの男、今まで遭遇したどの人間よりも、あらゆる意味で異様だった。愛馬を殺したむさっ苦しい男が可愛く思えるくらいだ。そもそも今日のあの男は、もはや人間とは呼べないのではないだろうか。

 龍は気付いていなかったようだが、あの男は、アヤタカ・ミチワキについて語る時、どす黒い殺意を隠そうともしなかった。

 龍がサオリ・ミチワキと知り合ったがために、あの男に目を付けられ、危害を加えられるような事があってはならない。殺人ピエロだろうが人間を辞めかけた男だろうが、人類を滅ぼすために天界から遣わされた天使の軍団だろうが、龍を傷付けようとする者は絶対に許さない。

 リビングの方から笑い声と、カチャカチャとした音が聞こえた。あの輪に入れば──入る事が出来るのならば──龍と二人きりの時とはまた違った楽しさと、暖かさが感じられるに違いない。そう考えるのは、この家に来てから、これで何度目だろうか。

 アルバは首を外すと両腕で抱え込み、碧い目をゆっくりと閉じた。

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