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【改稿版】骨の十字架  作者: 園村マリノ
第二章

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22/80

#2-1-4 情報④

「……というわけで、協力者が出来たわ。人間二人に人外が二体」


「ふーん」


緋雨(ひさめ)は、少し前からあんたの気配を察して探していたみたいよ」


「へー」


「少なくとも一回は、六堂大道芸当日より前に全員で集まろうという話になったから」


「ほー」


「……真面目に聞いてるの? バロン・サムディ」


 喋るカラスの緋雨と出会った茶織は、彼に連れられるがまま、裏通りから西へ徒歩一〇分弱、無人の小さな神社へ移動した。木々がまばらにそびえ立ち、鳥居が一基、拝殿と賽銭箱のみで手水舎(てみずしゃ)すらない、殺風景な境内だ。

 緋雨は、湯虎町(ゆとらちょう)で共に暮らす天空橋那由多(てんくうばしなゆた)という大学生の青年と、梛握町で暮らす日高龍(ひだかりゅう)という高校生、そしてその相棒のアルバというデュラハンの少女と共に、ピエロの殺人鬼の情報を収集していた。その過程で、ピエロが六堂大道芸で何かを企んでいると判明したのだという。

 六堂大道芸のポスターに異変が見られるようになったのはつい数日前。普通の人間には見えておらず、ご丁寧にピエロの似顔絵までセットで描かれているものもある。ピエロの仕業であり、狙いが[RED―DEAD]のボーカル、TAROである事はほぼ確定的となった。


「そのTAROって男がゲスト出演するのは、六堂大道芸初日。それまでにピエロを探し出してどうにか出来ればいいけど、今のところ居場所に関わる重要な手懸かりはなし。下手したらぶっつけ本番になるかもしれない──ちょっと、本当に聞いてる?」


「聞いてますよーだ」


 夕食後、茶織は自室でバロン・サムディを呼び出し正面に座らせ、緋雨との顛末を聞かせているのだが、サムディは明らかに機嫌が悪い。


「何イラついてんのよ」


「イラついてませーん。ムカついてるんですーっ」サムディは肘を突いて横になった。


「同じでしょ。どうして怒ってるのよ。まさかこの間買ったパンが気に入らなかった?」


 サムディはわざとらしく大きな溜め息を吐き、


「ワシを召喚()ばずに、得体の知れないお喋りカラス(コルボー)と仲良く交流ですか。次に会う約束までしちゃいますか」


「……はあ?」


「もしもソイツが実は悪党だったら、どうするつもりだったんですかねえ……仲間の人間の野郎二人は変態かもしれないし」


「馬鹿じゃないの」茶織は呆れて怒る気力も湧かなかった。「変態が他人を変態呼ばわりするんじゃないわよ。あんたと二人きりでいるより数億倍は安全でしょうね」


 サムディは横になったまま、畳を白手の指先で突っついている。


「いつまでそんな調子でいるつもり」


「だいたいさ……サオリはワシの扱いが雑だよね、雑。ワシ、バロン・サムディよ? ヴードゥーの偉いえらぁい精霊よ? そのワシに対して、もうちょっとこう、優しく、親しみ込めてさ……」


「シワシワでヨボヨボの年寄りは労れって?」


「シワシワでヨボヨボ!?」


「それじゃあ骨皮筋右衛門」


 サムディは勢い良く起き上がった。「もういいですっ! ワシ、実家に帰らせてもらいますからねっ!」


「あらそう。それじゃあ」茶織はヒラヒラと手を振った。


「あっさり!」


「帰るって言うからお別れの挨拶をしたんだけど」


「サオリの意地悪! 悪魔(ディアブル)! 寂しくなっても知らないからねっ!」


 サムディは畳に吸い込まれるようにして姿を消した。


「……ったく」


 茶織は大きく溜め息を吐いた。たった数分会話しただけでこの疲労感である。空腹時だったら殴らずにはいられなかっただろう。寂しくなっても知らない? 馬鹿も休み休み言え。寂しさを覚えるのは、最愛の叔父を思い出す時のみだ。


 ──綾兄……元気かしら。


 今日の夕食はオムライスだった。綾鷹は茶織が作る料理なら何でも褒めたが、特にオムライスは気に入っていた。手先が器用な綾鷹は、ケチャップでオムライスの上に文字や絵を描くのが上手だった。


 ──無事じゃなかったら?


 サムディの発言が正しければ、綾鷹は祓い屋として、あのピエロのような存在相手に日々戦っており、死と隣合わせだと言っても過言ではないのだろう。


 ──綾兄が無事じゃなかったら……悪霊やら化け物やらが綾兄に危害を加えるっていうなら──……


「そいつはわたしが殺してやる」


 部屋の隅のリュックサックが目に入った。中には骨の十字架が入ったままだ。一瞬、捨ててしまおうかとも思ったが、元々は綾鷹の所持品なのだから勝手な判断をするわけにはいかないと考え直した。


「もう……何でもいいから……」茶織はゆっくり仰向けに寝そべると、大の字になった。「とにかく早く帰って来い、綾鷹ぁ……!」


 独りぼっちの静かな室内に、怒りを含んだ声が虚しく響いた。



「……というわけで、協力者が出来たぞ」


「本当なの? 例の気配の正体がヴードゥーのバロン・サムディって」

 

 緋雨が説明し続ける間も、那由多の箸は止まらなかった。


「そう自称しているらしいが、確証はない。召喚するように言ったのだが、『面倒な奴だから今は嫌』と断られた」


「バロン・サムディ……また随分とマニアックだね。詳しくは知らないけど、本物ならなかなか凄いんじゃない?」


 白米やサラダと共にあっという間に消えてゆく五皿目のハンバーグを眺めながら、緋雨は、かつて那由多が〈JonnytheKid〉で、巨大なハンバーガーと大量のポテトを苦もなく平らげ、更にデザートにティラミスを注文した時の事を思い出した。

 緋雨が驚いたのは、とっくに見慣れていた那由多の大食いではなく、興奮気味の店員の「一人で全て食べ切ったのは、あなたで二人目です!」という発言だった。


 ──那由多(こいつ)と同じ胃袋を持つ人間が、他にも存在するのだからな……。


「一口食べる?」


「ん? いや、いらん」


 白米をおかわりせず、残りのサラダだけ食べる様子からすると、那由多には六皿目のハンバーグを食べる気はないようだった。


「まあ、この間から強い気配がしていたんだから、少なくともそれなりの力はあるよね」


「だとは思うが……」


「……ん、どしたの」


「問題は娘の方かもしれない」


「えっと、茶織さん?」


「ああ。あの娘は、お前なら大丈夫かもしれんが、龍とは合わんような気がしてな」


「え、何で?」


「勘だ」



「ヴードゥー、か……」


 龍が風呂から上がると、スマホに那由多からのメッセージが届いていた。緋雨が探していた気配の正体が本物のバロン・サムディかは不明だが、少なくともごく普通の霊体などではなさそうだという。


「本物のヴードゥーの精霊だとして、何で日本人女性の元に……?」


 龍のベッドの上で寝そべっていたアルバが顔を上げ、


「アイルランドのデュラハンと暮らす日本人の男子高生、っていうのも不思議な話ですよ」


 龍はアルバに振り向き、微笑んだ。「それもそうだな」



「実家に帰ったんじゃなかったの」


「えーっと、まあ、そのつもりだったんだけどねぇ~……」


 全身引っ掻き傷だらけのバロン・サムディが突然部屋に現れた時、茶織は寝るために布団をセットしているところだった。


「せっかくだからお散歩してからにしようって、あちこちフラフラしてたら、沢山のシャ・エラン──あ、野良猫ね──に威嚇されて……警戒を解こうとして近寄ったらこれだよ……あーあ、服もボロボロ……まあ直せるけどさ……」


「へえ」


「サオリの枕アタックも痛かったなあ……サングラス割れちゃうかと思ったよ」


「いきなり目の前に出て来る方が悪い」


「相変わらず冷たいなあ……こんな重傷を負いながら帰って来たお年寄りに対して……」


 ブツブツと文句を言い続けるサムディを無視し、茶織は壁のスイッチに手を伸ばした。


「もう寝るから。一〇秒以内に消えないと、顔にめり込むのは枕だけじゃ済まないわよ」


「帰って来たばかりだというのに!」


「五、六……」


(デモン)!」


 サムディが消えると、茶織は明かりを消し、布団に入った。ほんの少し──長さで例えると、それこそ一ミリにも満たない──だけ心配したが、あんなにやかましくしていられるのだから平気だろう。


「猫の方が可哀想ね……」

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