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【改稿版】骨の十字架  作者: 園村マリノ
第一章

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#1-6-2 お喋りカラスと双子②

 亜子は久し振りに、学校帰りに制服のまま友人たちとカラオケに来ていた。東野美鶴(ひがしのみつる)、通称みーちゃんがアニソンを熱唱している間に、ドリンクバーに向かうため部屋を出た。

 空のコップ片手に廊下を歩き続ける。角を曲がるとすぐだったはずだが、どういうわけかなかなか角まで辿り着かない。


「あれ……おかしいな」


 一旦立ち止まった次の瞬間、カラオケ店の三階から、六堂町の大型ショッピングモール〈FOUR SEASONSフォーシーズンズ〉の三階に移動していた。友人たちも手にした空のコップも消え失せ、しょっちゅう買い物に来ていてよく見知っているはずの光景が所々違っていても、亜子は全く違和感を覚えなかった。それどころか、最初からこの場にいたと思い込んでいた。


 ──セールやってないかな。新しい冬物のスカートが欲しいな。


「タイムセール、まもなく開始でーす!」


 亜子の期待に応えるかのように、何処からか女性の張り上げた声が聞こえてきた。フロアーをうろついていた買い物客たちは一斉に走り出し、あっという間に姿を消した。

 遅れまいと、亜子も後を追った。一〇メートル程走り、角を二回曲がるとエレベーターホールに辿り着いた。


「あれ……?」


 大して遅れを取ったわけでもないのに、誰の姿も見当たらなかった。二基あるエレベーターはどちらも三階で止まっており、使用された形跡がない。そもそも声が聞こえたという事は、セールは同じフロアーの店で行われているはずだ。それが何故、他の客たちはエレベーターに向かったのだろう。そして彼女たちは今何処に?


「何か妙に静かだなあ……」


 BGMも会話も聞こえない静けさの中、亜子の独り言はよく響いた。


 ──……何かヤダ……。


 今日はもう帰ろう。セールを逃したのは残念だったが、一生チャンスがないわけではないのだから。亜子は自分にそう言い聞かせ、エレベーターに近付くと逆三角形のボタンを押した。

 勿体振ったようにゆっくりと扉が開くと、亜子はそそくさと乗り込んで一階のボタンを押し、それから閉ボタンを連打した。誰の姿もなかったが、何故だか急に、追われているような気分になったのだ。

 扉は異様なまでに遅い動作で閉まった。安心したのも束の間、エレベーターは何故か上昇し始めた。


「ち、ちょっと!」


 既に一度押してあるはずの〈1〉ボタンを連打する。しかし止まる気配はなく、やがてエレベーターは最上階の一三階に到着し、今度は通常の動作で扉が開いた。


「嘘でしょ……帰りたいのに!」


 本来の最上階は五階なのだが、亜子はエレベーターの異常にばかり気を取られ全く気付いていなかった。

 仕方なく一度フロアーに出ようとした。ところが突然扉が閉まり、今度は下降を始めてしまった。


「ええっ、何これ故障!?」


 エレベーターは一階に到着した。怖い思いはしたが、とりあえず本来の目的地に来られたのだ。しかし肝心の扉が開く気配がない。


 ──あ、なぁんかまた嫌な予感。


 亜子は開ボタンを連打した。しかし扉は開く事なく、エレベーターは再び上昇を始めた。


「ほらやっぱりぃいいいいい!」


 亜子には既に次のパターンが読めていた。次もまた一三階まで昇り、扉が開く事なく再び下降するのだろう。 

 予想通り、エレベーターは一三階に到着するとすぐにまた下降を始め、一階に到着するとまた上昇を始めた。


「ヤダもう……気持ち悪い……吐きそう」


 亜子はしゃがみ込んだ。何処か遠くで不気味な笑い声が聞こえた気がしたが、それどころではなかった。


「助けて……助けて真子(まこ)!」


 その名前を口にした時、亜子ははたと気付いた。


「あ、今って……夢の中?」


 何度目かの上昇中だったエレベーターがピタリと止まり、扉が開いた。どうやら四階で止まったらしい。

 亜子は慌てて飛び出した。メンズフロアーだったはずだが、どのテナントもがらんどうで、所々照明が消えてだいぶ暗くなっている。


 ──いつもだったら、すぐに真子が何とかしてくれるのにな……。


 ペタ。ペタ。


 恐る恐る進んでゆくと、奥の方から微かに足音が聞こえてきた。


「……真子?」


 ペタ。ペタ。


 ──違う。真子じゃない。


 亜子は目を凝らした。奥に進めば進む程暗くなっており、まだ姿は見えてこない。


 ペタ。ペタ。


「ねえ、誰?」


 ペタ。ペタ。


「返事し──」


 突然、暗闇に紅い小さな光が二つ浮かんだ。亜子は小さく悲鳴を上げ、照明が点いている場所まで駆け戻ると振り向いた。


「あ……」


 紅い光が近付いて来ると、それがピエロ姿の男が放つ眼光だという事がわかった。


「な、何でピエロ……?」


 目が合うと、ピエロは血のように赤い唇を歪ませ、ニイッと笑った。


 ──あ、何かヤバい。


 亜子はギュッと目を閉じ、この場から脱出するために意識を集中させた。そう、これは現実ではなく夢の中なのだ。それを自覚したのだから、これ以上怖い思いをする事はない。


「……」


 ペタ。ペタ。


「……」


 ペタ。ペタ。


「……っ! 出来ない! どうして!?」


 よく見ると、ピエロは白手に長方形の洋菓子の缶ケースを持っている。その中からカサカサと音がするのは聞き間違いではないだろう。


「亜子ちゃん」亜子とよく似た声が、何処からともなく聞こえてきた。「亜子ちゃん、もう少し距離を取って」


 亜子は安堵に笑みを溢した。


「……誰だい?」ピエロは歩みを止め、周囲を見回しながら初めて口を開いた。「今のは誰だい?」


 亜子が左に視線をやると、ピエロはつられてそちらを向いた。


「な……」


 白い壁の一部が、シンプルな木製の扉と化していた。


「何だいこれは」


 直後、勢い良く扉が開かれると、そこには一人の少女が立っていた。顔立ちから髪型、体型、服装まで亜子と瓜二つだ。


「お待たせ、亜子ちゃん」


 少女がこちら側に出て来ると、扉は壁に溶け込むように消滅した。


「来ないかと思ったよぉ、真子」


「文句ならそいつに言って」真子と呼ばれた少女は、明らかに動揺しているピエロを親指で差した。「そいつの力のせいで、なかなかここまで辿り着けなかったの。この夢、そいつに都合良く創られているから」


「あのピエロ、何者? あたしの日中の記憶が創り出したの?」


「違う。完全な部外者。(たち)の悪い霊体」


「ぶ、部外者? 今までそんな事って──」


 チッチッチッ、とピエロは舌打ちし、


「喋るならどちらか一人にしてほしいなあ。同じ顔と声でペラペラお喋りされてもイライラするよ」


「同じじゃないし」真子は素っ気なく言った。


「そうよ、双子だって違いはあるんだから」亜子も口を尖らせた。


「双子だって?」ピエロは黒く縁取られた眉をひそめた。「そんな馬鹿な。現実世界には大屋亜子しか……真子なんて間違いなく存在していなかったのに。まさか亜子、キミが自ら創り出したのか? いや違う、魂が感じられる……じゃあ一体……」


「独り言が多いねえ」真子は鼻で笑った。「ここは亜子ちゃんの夢の世界。関係者以外は立入禁止だよ。痛い目に遭いたくなかったらとっとと出て行きな」


「ま、真子、あんまり刺激しない方が……」


 ピエロは手にした缶ケースを白手の指先で軽く叩いた。カサカサという音が大きくなり、ピエロの顔に再び不気味な笑みが広がる。


「大屋亜子ちゃん、キミにプレゼントを持って来たんだよ。まさか双子だとは思わなかったけど、二人分足りるんじゃないかな。ケケケッ」


「いらないよ。それ以上近付くな」


 真子は亜子を庇いながらゆっくり後ずさった。ピエロとの距離は一〇メートルもない。


「片割れは可愛げがないね」


 白い壁と床が、徐々にグロテスクな赤錆色に変化してゆく。亜子は真子の腕にしがみ付いた。


「さ、受け取って」


 ピエロは一気に蓋を開け、その中身を床にぶちまけた。


「うっわ、性格悪っ」


 真子が吐き捨てるように言うと、亜子は後ろから恐る恐る覗き込んだ。赤錆色の床の上で蠢くそれは、全長二〇センチ近い五匹のムカデだった。よく見れば頭部が人間のものとなっており、言葉にならない言葉を微かに発している。

 亜子が悲鳴を上げるとムカデが反応し、一斉にこちらに向かって来た。


「ヤダ、あたしムカデはほんと無理! あの黒光りの頭文字G(イニシャルジー)より無理! 逃げよう真子!」


「駄目だよ、倒さないと。ここは元々亜子ちゃんの夢の中なんだよ。あたしたちの好きなように出来るんだから」


「そんな事言われたって──え?」


 真子の体が一瞬強い光に包まれた。亜子が反射的に目を閉じると、何かがくすぐるように頬を掠めた。


「ほら、例えばこんな感じ」


 亜子が目を開くとそこには、首から下が大きな鳥に変貌した真子の姿があった。体長は二メートルを超えており、鮮やかな金色に赤色や青色が混じった体毛に思わず目を奪われる。


「綺麗! 何て名前の鳥なの?」


「亜子ちゃんの知識や記憶を元に変身したんだけど。今度、龍って子に聞いてみたら?」


「えっ! も、もう真子ったら……」


 五匹のムカデは牙を剥き、威嚇するような声を上げながらどんどん近付いて来る。


「ほらほら、もっと下がってて」


 亜子は言われた通りにした。真子は数歩前に出ると、大きな翼で風を起こした。五匹のムカデのうち三匹はふっ飛ばされ、ピエロの足元に転がった。残る二匹はしぶとくその場に残り、同時に真子に飛び掛かった。


「ムカデってあんなジャンプするの!?」


「ケケッ、だからここは夢の中なんだよ。いい加減学んだらどうだい?」


 男顔のムカデはあっさりと(はた)き落とされたが、女顔のムカデは真子の左の翼上面(よくじょうめん)にしがみ付き、牙を突き立て

た。


「真子!」


「大丈夫」


 男顔のムカデは体勢を立て直すと、踏み潰そうとする真子の足をすり抜け、ムカデとは思えないスピードで亜子に向かっていった。


「亜子ちゃん、そっち行ったからよろしく」


「えっ!? ちょっ──」


 ムカデが奇声を発すると、亜子は悲鳴を上げて逃げ出した。エレベーターの目の前まで辿り着いたものの、この箱も全く当てにならないのだと思いだすと急ブレーキが掛かった。


「思い出して。ここは亜子ちゃんの夢の中。亜子ちゃんだって自由に──しつこいんだよ!」


 真子は体を這い牙を突き立てようとする女顔のムカデを叩き落とし、(あしゆび)で押さえ付けた。ムカデが悲鳴を上げると、身を屈め、嘴を近付けて顔を食いちぎり、その欠片をピエロに放り投げた。ピエロは横に避けると露骨に顔をしかめ、僅かに後ずさりした。

 男顔のムカデが亜子に迫る。ピエロは、足元の三匹のムカデを再びけしかけようとしている。


「もう……殺虫剤とかないのぉ!?」


 ──……あ、そっか!


 直後、亜子は強い光に包まれた。真子は女顔のムカデの胴体をすり潰しながらその様子を窺った。

 光が消え、姿を現したのは、真子と同じくらいのサイズをしたスプレー缶──濃いピンク色の表面に白色で小さな花模様がいくつも描かれている──の中央部から顔を出した亜子だった。


「じゃーん! 名付けて……[強力殺虫亜子ジェット]!」


「……あ、亜子ちゃん……」真子の体が小刻みに震える。


「どう? 害虫にはこれが一番でしょ。ゆるキャラの着ぐるみみたいだけど。ああ、どうせなら手と足も出した方がいいかな、これだとちょっと不便かも……って真子?」


「ンフッ……どっちだっていいよ……うん。ンフフフッ」


「えー、何で笑うのぉ? あたしは真剣なのに!」


 男顔のムカデは殺虫剤と妖鳥を交互に見やり、後者の足元でほぼ原形を留めなくなっているものに気付くと、一番身近な空きテナントの方へと身を翻した。


「亜子ちゃん、逃がしちゃ駄目よ」


「OK!」


 亜子ジェットのノズルがぐんぐん伸びる。真子は缶の後ろに回り込んだ。


「さようなら~!」


 霧状の薬剤が勢い良く噴射された。男顔のムカデは大した距離を進まないうちに甲高い悲鳴を上げ、それも長くは続かずすぐに動かなくなった。真子は翼で風を起こし、薬剤をピエロたちの方へ向けた。ピエロは右往左往する三匹のムカデを残し、フロアー奥へと逃走した。


「待ちな! 亜子ちゃん、そいつらをきっちりね!」


 言い終わるや否や、真子はピエロを追って飛び立った。


「ま、真子、気を付けて……!」

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