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#1-5 なんてったってデュラハン①

「じゃあなー日高」


「んじゃ!」


「ああ」


 部活動のある田中と村瀬とは教室の前で別れ、龍は真っ直ぐ昇降口へ向かった。小さな相棒はもう待っているはずだ。

 学校の敷地内を周回するバスケットボール部員たちとすれ違い、正門まで到着すると、予想通りアルバの姿があった。


「待たせたか?」周囲に人の姿はほとんど見当たらなかったが、龍は用心して小声で喋る事を忘れなかった。


「いいえ全然」


「今日はパン屋はどうする?」


「そうですねえ……あ、お友達のようですよ」


「ひ・だ・か・くぅ~ん!」


 龍が振り向くと、クラスメートの大屋亜子(おおやあこ)が、満面の笑みを浮かべて走り寄って来るところだった。


「途中まで一緒に帰ろうよ!」

 

「はあ……」


 曖昧な返事を、亜子は承諾だと判断したらしかった。龍の右隣に並び、一緒に歩き出す。


「さっき廊下で一組の浅野(あさの)先生とすれ違ったんだけど、先生ってば頭に付箋付けてたんだよ! 『落としたと思ってたら!』だって。その場にいた皆、大爆笑! どうやったらそんな所にくっ付くのよねぇ~っ」亜子は一人でケラケラと笑った。


「賑やかなお友達ですねえ」


 龍の左隣でのんびり言うアルバに、龍は小さく肩を竦めてみせた。

 亜子は学校内ではちょっとした有名人であり、人気者だ。くっきりとした二重瞼に大きな目。形の良い鼻と唇は、小柄な体に合った小さな顔の中にバランス良く並んでおり、艶のある黒髪はツインテールにしてリボンで留められている。

 男女問わず人気がある理由は優れた容姿だけでなく、いつでも明るく、誰に対しても分け隔てなく接する人柄の良さにもある。当初はやっかんでいた一部の女子生徒たちからも、今では悪く言う声は聞こえない。


「ねえ日高君、この間の件、そろそろ返事を聞かせてよ」


「この間の? ……ああ……」


 二週間程前の放課後、龍が田中と村瀬の三人で教室に残り雑談していると亜子がやって来て、バンドをやらないかと唐突に誘われた。龍がギターを弾けると小耳に挟んだのだという。亜子がボーカルで、龍と手塚理乃(てづかりの)──同じくクラスメートで、亜子がボケなら彼女はツッコミ担当だ──がギター、田中がベース、村瀬がドラムスという構想らしい。


「いやー、ベースは兄貴がかじってた程度で、おれはさっぱりなんだよなー……」


「ドラムか。触った事すらないな……」


 とりあえずその場では保留となったが、その後亜子から特に返事の催促はされず、二人の口からもこの話題が出る事もなかったので、すっかり忘れていた。龍自身、参加する気はなかったし、他の二人だってきっと同じだろう。


「で、どう?」


「俺はやらないよ」


「えーっ! さっき田中君と村瀬君に聞いたら、二人共やるって言ってたよ。少しずつ練習するって」


 龍はポカンと口を開けた。


「日高君て、基本右利きだけどギターは左利き(レフティ)なんでしょ。理乃と対になって絶対格好いいよ。何も本気でデビュー目指してるわけじゃないから、深く考えないでさ。思い出作り、青春、みたいな。上手くなくたって──あ、日高君の腕を疑ってるんじゃないからね」


「いや、実際大して弾けないし、そもそもバンド組む事には興味ないから……他を当たってくれ」


 亜子に誘われれば、多くの男子生徒が二つ返事だろう。


「なーんだ、残念。それじゃバンドは、やーめた」


「何でだよ。レフティなんて探しゃ他にもいるんじゃないのか。見付からないなら利き手にこだわらないで、軽音部員に頼むとか、あるいは女子だけで組むとか」


「うーん、最初はそのつもりで何人かに声を掛けたんだけど、軽音部の子たちは既に組んじゃってたし、女子の友達は皆、楽器といえばリコーダーとかマラカスしか使えないって」


 龍は思わず笑った。「いいじゃんそれで」


「良くない。あー、馬鹿にしたな?」


 アルバが二人の前に出ると、腕を広げ、舞うようにゆったり旋回しながら先を進んでいった。普段より歩くスピードが遅いため我慢出来なくなったのか、話に飽きてしまったのか。少なくとも彼女も、バンド活動に魅力は感じていないようだった。


「日高君がピッタリなんだよ。見た目からしてバンドマンって感じだし。髪の色に、体型に」


「……ヤンキーっぽいとなら言われた事はあるけど」

「えー、そんな風には見えないよ! あと、笑顔が可愛い……ってヤダあたしったら何言ってんだろ! ウヘヘヘッ」


 アルバが振り向いた。龍は助けを求めるように視線を返したが、小さな相棒は何もなかったかのように再びゆったり旋回を始めた。


 ──何か疲れてきた……。


 龍は内心溜め息を吐いた。


「あ、それじゃあさ、一一月の第二土曜日か日曜日、空いてる?」


「第二土曜か日曜?」


「六堂大道芸。一緒に行かない? 幻のバンドメンバーにプラス何人かで。これから誘ってみるんだけどね」


 六堂大道芸は、昭和後期に当時の地元商店街主たちの呼び掛けにより、地域興しとして始まった。毎年一一月に、六堂(ちょう)と隣町の春日町(かすがちょう)の一部の区画で二日間開催され、国内外のパフォーマーが集結し、模擬店の出店や多数のイベントが行われる。初期は規模が小さく、来場者も二日間でやっと二、三万人だったのが、近年では全国的に有名になり、約一五万人から二〇万人が訪れるという。

 龍は小学生の時に数回、家族と一緒に行ったきりだった。印象に残っているのは、新米らしいピエロが大技を決めて拍手喝采を浴び、心底嬉しそうにしていた姿や、黒人アーティストたちによるジャズの演奏だ。


「大道芸よりも、模擬店やトークショーの方が目当てだったりするんだけどね。今年は広田来夢(ひろたらいむ)が日曜に来るみたいだから、出来ればそっちの方がいいかなーって。まあ皆の都合次第かな。

 土曜は、名前は忘れちゃったけどお笑いコンビと、[RED―DEAD(レッドデッド)]のボーカルのTARO(タロウ)なんだ。知ってる? あのバンド」


 広田来夢は若手女優で、演技力は残念なレベルだが、優れた容姿と事務所の猛プッシュのためか様々な作品で主役を演じている。

[RED―DEAD]は近年人気急上昇中の四人組ロックバンドで、主に一〇代から二〇代前半を中心に支持されている。龍は以前、彼らの曲を何曲か試聴してみたが、全く魅力を感じなかった。デビューから一〇年近く経っているそうだが、演奏力はともかく歌唱力が今一つで、ボーカルの作詞も在り来たりな内容ばかりだ。


「あたし、あのボーカルのTAROって人、どうも好きになれないんだ」亜子は、彼女にしては珍しく苦い顔をした。「絶対性格悪いよ。音楽番組に出てるの観たけど、イケメンでもないのになーんか気取ってて、他の人たちを見下してるような態度が鼻に付いたのよね」


「へえ……」


 ふと気付くと、アルバが立ち止まってこちらをじっと見ていた。龍と目が合うなりきっぱりと、


「六堂大道芸は駄目です」


 龍は表情だけで何故なのかと尋ねた。


「今日仕入れた情報なんですけど、どうやらそのイベントが危険みたいなんです。例のピエロが動きそうです」


 ──!!


 龍は思わず歩みを止めた。亜子は気付かず、他のメンバーは悪くなさそうなのに、などと話しながら歩き続けている。


「詳しくは後で説明します」


 ──わかった。


 龍は小さく頷いた。


「そちらのお友達も行かないよう、リュウさんから伝えてください。理由はまあ、リュウさんが適当に考えてください」


 ──ええ……。


「やっぱり同じロックバンドならあたしは……って、あれ、日高君どしたの? 忘れ物?」


「駄目だ」


「えっ?」


「危険なんだ」


「危険って……」亜子は僅かに首を傾げた。「何が? どうして?」


 ──さて、どう話す……?


 ゆっくり歩きながら、龍は様々な理由を考えた。横並びになるタイミングで亜子も再び歩き出す。その顔には純粋な疑問と好奇心しか浮かんでいない。


「えーっと……」


 龍は助けを求めてアルバに目をやった。


「少々無理のある理由でも、堂々と喋ればきっと大丈夫ですよ。最後の締めは『俺を信じてくれ』で」


 声には出さず唇の動きだけで「本当かよ」と返すと、アルバはいたずらっぽく笑った。


 ──お前……楽しんじゃいないだろうな?


 仕方なく龍は腹を括った。


「あー、その、実はな、困った話を耳にして──」


 そう、これはとても困った話だ。殺人ピエロの化け物が、人々の夢の中に現れては夢の主を殺しまくっているようなのだ。しかもどういうわけか標的(ターゲット)は中高生ばかりみたいで、友人の弟も命を落とした。そんな殺人ピエロが、どうやら六堂大道芸に現れるらしい。


「──中学時代に、二つ上の学年に、有名な不良グループがいたんだ。勿論悪い意味で。そいつらは未だにつるんであちこちで問題起こしてて、俺が聞いた噂だと、今度の六堂大道芸を楽しみにしているらしい……勿論これも悪い意味で」


 亜子は目を丸くしている。


「まあ、あくまでも噂だ。うん。でもそいつら、気に入った女性にしつこく付き纏って、拒絶されると逆ギレして嫌がらせもするとかで、中学の時以上にタチが悪いって。大屋たち女子に何かあったら、さ……」


 言い終わり、小さな相棒に目をやると、反対側の歩道を飼い主と歩く柴犬に気を取られていた。


 ──ちゃんと聞いてたのかよ!?


「日高君」


 龍がハッとして視線を戻すと、亜子は真剣な表情でこちらをじっと見ていた。気のせいだろうか、その大きな目には、うっすら涙が浮かんでいるように見える。


 ──ヤベエ……。


 二つ上の不良グループたちの存在は事実だったが、それ以外は流石に無理があり過ぎたか。しかしまさか、本当の理由を馬鹿正直に話せるわけがない。決して亜子に気があるわけではなかったが、良好な関係がギクシャクしてしまうのは辛いものがあるし、ましてや泣かせるなんて、もってのほかだ。


「大屋、その、ごめ──」


「何ていい人なの!」


「──ん?」


「普通、そこまで気を遣ってくれる人なんてなかなかいないよ! あたし今、嬉し過ぎて泣きそうになっちゃった!」


 龍は再びポカンと口を開けた。アルバは呑気に、去りゆく柴犬に手を振っている。


「やっぱりあたしの目に狂いはなかった。日高君は、一見冷めているようで実際は温かくて思いやりのある人だって、前々から思ってたの。あ、これは、みーちゃんと矢澤(やざわ)ちゃんも同意見だったから!」


「……はあ」


「ねえ、その話、他の皆は知ってるの?」


「……いや」


「そっか、じゃああたしからも皆に教えておくね。大道芸お出掛け計画も白紙。また何か考えとくから」


「……おう」


 アルバが口元を押さえて笑いを堪えている。龍が睨むと一瞬真顔に戻ったが、再び頬が緩んだ時には微かに笑い声が漏れていた。


「あ、もう着いちゃった」駅前の交差点に差し掛かると、亜子は残念そうに言った。「あたしは電車じゃなくて、引き続き徒歩だから」


「近いのか。いいな」


「こっから更に二〇分だよ。坂の上の住宅街。真夏と真冬はちょっとキツイんだ。あ、信号変わったよ」


 数年前までは、鳥のさえずりが青信号を知らせてくれていたらしいが、近隣住民が騒音だとケチを付けたために無音になったらしいと、以前田中が話していたのを龍は思い出した。


「じゃあね日高君。また明日ね」


「ああ」


 横断歩道を半分渡ったところで、龍は再び呼び止められた。


「ありがとねーっ!」


 龍はチラリと振り返り、元気良く手を振る亜子に無言で手を挙げて応えた。



 王鉄(おうてつ)線南磨陣駅二番線ホーム後方。

「あのなあ、お前……」龍はズルズルとその場にしゃがみ込んだ。「大屋が単純だから良かったようなものを……どうなるかと思ったろ!」


「結果オーライですよリュウさん。後は、仲良しの男の子二人にも言っておかないと」


「更に追い討ちをかけるな。大屋と同じ話が通じるわけねえし……いや、田中ならイケるか? しかし村瀬は流石にな……」先が思いやられ、龍は大きく溜め息を吐いた。「まあとにかく、お前が今日仕入れた情報を、帰ったら詳しく聞かせてくれ。それからまた考える」


「はーい」


「那由多さんも多分まだ知らないよな」


「どうでしょうねえ……もしかしたらヒサメさんがもう耳にしているかもしれないですよ」



 心地好い秋のそよ風と日差しを感じながら、亜子は軽い足取りで自宅までの道程を進んでいた。


 ──日高君といっぱい喋れた! 亜子ちゃん、過去最高記録更新です!


 いつ頃からだっただろうか、日高龍の存在が気になるようになったのは。彼の笑顔を毎日でも見たいと思うようになったのは。それは恋愛感情だろうと理乃には何度も言われているが、亜子自身ははっきりわからずにいた。


 ──そんなような気もするけど、やっぱり違うような気もするのよね……。


「夜になったら真子(まこ)に相談してみよーっと」


 スキップせんばかりの亜子の後ろ姿を、何十メートルも離れた位置から、街路樹同士の間に隠れるように立ってじっと見つめる一人の少年の姿があった。顔色は青白く、まるで死人のようだ。


「幸せそうだね……あらゆる物事に恵まれているって、そういうオーラがだだ漏れだ……チキショウ、不幸知らずめ……不公平だぞ……」


 少年の血色の悪い口元が徐々に歪み、黄色い歯が剥き出しとなった。


「まあいい……今日の夜を楽しみに待っていてね、ツインテールの可愛い子ちゃん……ケケケッ」


 少年の体が徐々に透けてゆき、やがて完全に姿を消すと、落ち葉だけがその場に残った。

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