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2話

その後特に問題なく──金貨を出した時にはやや迷惑そうな顔をされたが──小剣を買えた。

加えて大銀貨2枚と銀貨1枚と大銅貨2枚と銅貨6枚の革のウエストバッグ、大銀貨1枚と銀貨9枚と銅貨5枚のフード付きのポンチョも購入。

帰ってきたのは銀貨9枚、大銅貨6枚、銅貨9枚。

つまり金貨1枚=大銀貨10枚=銀貨100枚だ。

小剣一本大銀貨5枚……5000円、だとすれば粗悪品なら兎も角、割としっかりしてそうなこの剣は買えない気がする。大体50000円相当と考えるのが妥当だろうか?

しかしそれにしても安いのではないだろうか。

素人目だが良い剣に見える。

刃に凹みもなければ傷もない。

柄と刀身にがたつきもない。

これはもしや良い買い物なのではなかろうか。

しかし、会計の最中奇妙な話を聞いた。


「……御使いが来るとは聞いていたが本当に来るとはな」


ドワーフ爺がそんな事を言った。


「御使い?」


「なんだ、知らんのか。別の世界から来た神の使いの事だ。お前は違うのか?」


とんでもない事を口走った。

別の世界?神の使い?

なんでそうなってる?


「なんでそうなってる?」


そのまま口に出た。


「知らん。教会の司祭にでも聞けば喜んで教えて下さるだろうよ」


ドワーフ爺はそう言うと釣り銭を渡してきた。

それっきり彼は店の奥に引っ込んだのでクレハも店を出て果物屋に戻ったのだった。




「お、その様子じゃ上手く買えたみてぇだな」


「ああ」


先程の果物屋に戻ってきたクレハは早速はリンゴを手に取る。


「……これ、リンゴだよな?」


「当たり前だろバカか?」


そんなやり取りをしつつリンゴを二つ購入。

大銅貨1枚と銅貨6枚だった。

果物屋を後にしたクレハは手に持った林檎を見ながら考える。


(林檎一つ銅貨8枚……さっきの金貨1枚=大銀貨10枚、大銀貨1枚=銀貨10枚……金貨1枚が10万円相当だとすれば銅貨8枚は80円相当か……)


安い。物価が安いのか金貨10万円相当説が的外れなのか分からない。

だが情報は多く得た。

金貨1枚=大銀貨10枚。大銀貨1枚=銀貨10枚。銀貨1枚=大銅貨10枚。大銅貨1枚=銅貨10枚。

金貨が1枚あれば小剣、安物のウエストバッグとポンチョが買える。小剣は出来にしては値段が安かったかもしれないが。

銅貨が8枚あればリンゴが買える。

この世界の貨幣に関してはかなり理解できただろう。

しかし問題は御使いだ。

別世界から来た神の使い、とドワーフ爺は言った。


(教会の神父に聞け、だったっけか……ってことは宗教があるのか)


死んだら教会で復活したりするのだろうか。


(……異教徒粛清とかあったらやだなぁ)


このゲームの運営ならそんなイベントを起こしてもおかしくはないかもしれない。


(……それより、今はもっと重要な事を調べないと)


そう、最も重要な事だ。

それは食べ物の再現度。

クレハは手に持ったままだったリンゴを口にしようとする。

開けた口とリンゴが近付く。

最早吐息がリンゴに掛かるほど近い。

顎が閉じ始める。

リンゴに上下の歯が肉薄し──ついに触れ──

クレハの歯がリンゴの皮に食い込む。

やがて果肉に到達し、シャクッ、という鮮やかな音を立ててクレハの顎は閉じられた。


(──ッ!)


クレハの口内に広がる甘味と酸味の調和──果肉を噛む毎に果汁が湧き出る。

三度、四度と咀嚼し、飲み込む。


「──リンゴだ……」


それは紛れもなくリンゴだった。

噛む瞬間顎にフィードバックされた固さから食感、香り、味わい── 

全てが完全にリンゴだった。

別段、極めて美味という訳ではなく、現実のリンゴの木からもぎ取って齧ってもこれと代わらないだろう。

だが、それが問題なのだ。

この圧倒的な再現性、最早ゲームなのかどうかすら疑う。

もしや自分は異世界に迷い込んだのではないのか?そう錯覚するほどに──


(ここは異世界か……?)


クレハが言いたいのはこのゲームの世界が一つの世界として成立しているという事だ。

今のところ人間と同じように振る舞っているNPC。

現実の物と見分けが付かない程再現性が高いオブジェクト。

そして感じる五感まで現実と変わらない。

この世界は最早異世界だ。

もしクレハから現実世界の記憶を消してしまえば何の疑問ももたずこの世界を現実として生きていくことになるだろう。

そしてそれは可能なのかもしれない。

神経接続して擬似信号を流し、これ程の再現ができるのなら人間の記憶も弄くることができるかもしれない。

そう思うと何か薄ら寒い物を感じた。

人間のテクノロジーはいつの間にこれ程まで発展したのだろうか。




街の外に出る門には衛兵が常駐しているようだった。

通ろうとしたら「何だお前は」と止められたもののジロジロ観察されたのち「なんだ御使いか。通って良いぞ」と通された。

彼らはどうやって御使いを判断しているのだろうか。

それはそうと街を出て街道沿いに進む。

周囲は草原。少し遠くに森のようなものも見受けられる。


(最初の敵といえばスライムみたいな感じかな?)


目的は戦闘。

この世界の戦闘はどういう物なのか知りたい。

剣が光ったりして凄い技が出たり、斬撃が飛んだりするのだろうか。


(問題は痛みだな……)


当たり前ながら痛いのは嫌である。

ここまで五感が再現されているなら痛覚も再現されている……かもしれない。

だが、痛覚が存在してしまうと様々な弊害を生むことになる。

流石に痛覚は無いのでは……

そんな事を考えながら道なりに歩くこと5分くらいだろうか。

ついに接敵した。

それは一見すると敵と思う代物ではなかった。

ウサギだ。

赤い目をした白ウサギ。

これだけならば多くの人間は敵と見ることなどないだろう。

しかしそのウサギはただのウサギではなかった。

鋭く長いトゲの様な角が頭部から生えていた。


「角ウサギ……」


そのままだがそう呼称することにした。

角ウサギは首を傾げて、その円らな瞳でこちらを見ていた。

彼我の距離にして5mと少しくらい。


「…………」


クレハは剣に手を掛けゆっくりと引き抜──

その瞬間。角ウサギが動いた。

ぐっと姿勢を低くし──


(──やばいっ!)


跳んでくる!

クレハがそう予測した瞬間、全身をバネのように弾けさせた角ウサギが中空を貫く。


(結構、速い!)


咄嗟に上体を傾け回避に成功したクレハ。

弾丸、とまでは行かないが「運動神経のある奴が投げて来たときのドッジボール」くらい速い。

あと零コンマ数秒遅ければクレハの眉間にウサギの角が突き刺さっていただろう。

ゾゾゾゾッ、と全身に鳥肌が立ち、続いて冷や汗が吹き出る。

ドクドクドク、と心拍数が上がる。


「やっ…ば」


思わず口の端が吊り上げってしまう。

リアル過ぎる戦闘感覚に引き攣った笑いが込み上げてしまう。

サーッと全身の血が冷え上がるような恐怖。

しかしニヤニヤしている訳には行かない。

着地した角ウサギはくるりと反転して二度目の突進態勢に移行しつつある。

取り敢えず剣を抜いてそれっぽく構えてみるが──


(剣術とか無いぞ!)


学校の授業で剣道を軽くやった程度である。


(子供のチャンバラでも良いから切り抜けないと……!)


小学生の頃、掃除中にやったチャンバラごっこ──

右手に握る小剣は掃除用具などと違いずっしりと重厚。


(これくらいの長さにして正解だった)


そうでなければ剣を振り回すのではなく剣に振り回されていただろう。

兎に角、またしても力を溜め込むバネの如き体勢になった角ウサギをなんとかしなければ──


(────ッ!!)


今度は下半身も使って避ける──軽いステップ。

中空を貫く角ウサギ──先程よりも速い。


「──っ」


掠めた。

頬を伝う生暖かい感覚。

ギョッとして拭うと手の甲に赤いドロリとした液体が──


(血!?出るのか!?大丈夫なのかこのゲーム!?)


まさか出血表現があるとは思わなかった。

しかも浅い傷口がヒリヒリ痛む。


(痛覚あるの!?)


クレハは思わず角ウサギと距離を取る。


(これ、本当にゲームか……?)


流血表現、痛覚。

こんなゲームが出て社会的に問題にならないのだろうか?


(……いや、それは後だ。痛覚ありで眉間にウサギが突き刺さって死にたくはない)


彼我の距離、10mもなし。

レンジ外なのか角ウサギは跳躍姿勢に入っていない。


(さて、どうする……)


跳躍を避けると同時に斬る……が出来れば格好良いのだろうがそれ程の剣の技量は持ち合わせていない。

つまり狙うなら跳躍前と着地後、または着地の瞬間。

見た感じ跳躍の飛距離は7m程度だった。

放物線を描くというよりは後半で急速に減速する。


(着地を狙うか)


避けると同時に角ウサギの着地場所に向かう。

幸い、先程の二回で動きは分かっている。


「──いくぞ」


剣を構えて角ウサギのキルゾーンに踏み込む。

集中する。

僅かな動きも見逃せない。

彼我の距離──8m。

動かない。

彼我の距離──7m。

まだ動かない。

彼我の距離──6m。

角ウサギが動く。

跳躍姿勢。

その後ろ脚に力が溜まっていく。

──そしてクレハは遂に踏み込んだ。

──5m。キルゾーンだ。


(──!)


クレハは角ウサギのその動きを見逃さなかった。

射出される瞬間のそれを。

同時に回避。

くるりと脚を使って左側に──


(────あれ?これ──)


と、同時に小剣を両手で大上段に持ち上げる。


(──いけるんじゃないか?)


角ウサギは跳躍済みだ。

もう経路を変える事は出来ない。

剣を振り下ろし始める。

角ウサギの飛翔速度、経路。

剣の振り下ろされる速度、経路。

やはり──


(──斬れる)


捉えている。

完全に捉えている。

当たる。


「──エイっ!」


「ピギッ!?」


小剣の刃は角ウサギのうなじ?に吸い込まれるようにめり込み一刀両断──は、出来なかった。

刃はクビの半分程度まで入り込んだ後止まった。

角ウサギは地面に叩き落とされた。


「──ふぅ……」


息を吐く。

勝った。クレハの勝利だ。

まさかのすれ違いざまの一撃が成功してしまった。

角ウサギは最早地面でビクビクと痙攣するのみだ。


「……っ、うげ……」


思わずうめいてしまう。

ウサギの傷と口から血が出ている。

特に傷からはドクドクと止めどない。


(ぅえ……グロぉ……けど苦しめるのも良くないしと……)


苦々しくもウサギの前足の脇から剣を突き立てる。

止めの刺し方として正しいのかは分からないが──

すると、ウサギの身体はぐたり、と力を失い、光の塊になり──

ぽわっ!とほどけた光の粒子が空に向かっていった。

その場にはウサギの毛皮と肉、角が残る。


「……ゲ、ゲームだ」


先程までのリアリティ、グロテスクが嘘の様だった。

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