1話
ストックは3万文字。
目を開けるとそこは見渡す限りの暗闇だった。
(なんだここ……、……?)
声が出せない事に気が付いた。
目の前には半透明の板。
文字が書かれている。
『ようこそ!
ここではアバター作成を行います!
まずはプレイヤーネームを入力してください!』
(クレハでいいや)
板同様に半透明のキーボードをフリックして打ち込んでいく。
特に捻ったセンスは持ち合わせていないので無難な物にした。
決定、という文字を押して次の画面に進んだ。
『現実の姿をトレースし、アバターを作成します!』
(現実の姿をトレース?そんな事も出来るのか?)
はいを押す。
次に表示されたのは
『あなたのステータスを決定します!
〈注意!基本的にステータスは後から変更できません!〉』
というもの。
恐らく一番重要な所だろう。
ここでプレイスタイルが決定されるに違いない。
しかしクレハは──
(全部均等でいいや)
生命力、魔力、筋力、耐久力、敏捷性、幸運、魔法攻撃力、魔法防御力……
八種類のステータスは元々それぞれ10ずつ割り振られておりそれを増減してやり繰りするようだが、弄らない。
なんというか、器用貧乏になりそうなステータスだ。
続いて火、雷、氷、水、風、地、光、闇……という属性らしき物にもそのまま10ずつの値で放置する。
説明に曰く、レベルが1上がるごとにそのステータスが今割り振った分だけ上乗せされるのだそうな。
つまりレベル×レベル1時の数値=現在の数値だ。
後はなんか課金がどうこう書いてあったが金を入れる気は無いのでスルーした。
いよいよ仮想世界に降り立つ時がきた。
ブゥゥンという謎の駆動音と共に光の奔流がクレハを押し上げて行く。
ふわりとした浮遊感。
やがて視界は光で真っ白に塗り潰された──
「──おっ、と」
数秒の浮遊感の後、光は急速に収まり着地する。
そこは石畳で舗装された往来──街だった。
「────」
靴越しに感じる地面。
僅かに感じる微風。
小鳥の鳴き声。
往来を行く人々、あるいは店の客引き。
香ばしい匂い──肉を焼いているのだろうか?
本物だ。
およそ、現代のテクノロジーで再現できるとは思えない。
「…………」
声も出せぬまましゃがみこんで地面を触る。
ざらざらとした石の感触。
ゾッとするほどリアル。
クレハは思わず青ざめた。
なにか、とても、手を出してはいけない領域に片手を突っ込んでいるかのような気分がする。
しかし、そんな気分も──
「ほら!どいたどいた!!」
「うおっ……!?」
後ろから迫ってきていた馬車を避ける事で消えてしまった。
(馬車が走る往来に降り立たせるか!?普通……)
何人かのプレイヤーはそのまま引き潰されて死んでしまうのではなかろうか。
運営の悪意を感じた。
(……ん……?)
ふと、近くの店のショーウィンドウ──ガラスを見た。
そこに反射して写っているのは、紛れもない自分だった。
しかし服装は違う。
白いシャツ、黒いスラックス。
靴はシンプルな革靴。
少し古風というか、現実で見ればお堅いくらい。
(俺、だけど……)
間違いない、間違いないのだ。
違和感すらない。
間違いなく自分自身の体と言い切れる程。
しかしそれが逆に怖い。
これ程の再現性、本当に現代のテクノロジーで可能なモノなのだろうか。それほどまでテクノロジーは発達していたのだろうか。
しかし同時に──
(……少し、ワクワクする)
高揚感。
取り敢えずはこの世界を楽しんでから考えればいいだろう。
さて、何をしようか──と、考えたところで。
(……あれ……何もなくないか……?)
こういうゲームに付き物の最初の支給品──粗末な剣とかヒノキの枝とかがない。
戸惑いながら自分の体を探ると──
あった。
ポケットに手のひらサイズの革袋。
僅かな重みがある。
(……金、かな)
開けてみると金貨だった。
だが1枚のみ。
「……どうしろと……」
あんまりにあんまりな仕打ちに此処には居ない運営に呟く。
しかし、こんな所で突っ立ってても誰かが助言してくれる訳でもなし。取り敢えずクレハは歩いてみることにした。
(……とりあえずは武器、だよな……)
ナイフでもいい。とりあえず攻撃手段を持ちたい。
馬車が走る道でスタートをかましてくる運営だ。
街の中でも突然暴漢に逢ったりしかねない。
(ていうかステータスの確認はどうやってやるんだ)
設定したステータスは見れないのだろうか。
本当、色々説明不足過ぎないかこのゲームは。
兎に角、武器屋だ。
(……馬、人……まるで本物みたいだ)
街を散策しながら周囲を観察する。
本当にリアルだ。
馬にしても人にしても体の動きに一切不自然さがない。
何やらウサギ?のような物が吊るされたり肉が吊るされたりしてる店で銀貨や、金貨や銀貨より一回り大きな銅貨と肉の塊を交換している人も見えた。
その表情、動きにはカクカクとした不自然さは一切ない。
ふと近くの果物屋に足を運んでみる。
「らっしゃい」
店主は40代後半程度の男性。
やや太めだが肥満という程ではない。
腕や足は──荷運びで付いたのだろうか──やや筋肉質だ。
次に店頭に並べられてる果物を見る。
リンゴだ。間違いなくリンゴ。
しかし何やら不可解は果物が多い。
黄色と紫の斑模様の歪んだ物。
シルエットは胡瓜の様だが何故か黒い縞模様がある物。
──等。
「──なあ店主さん、金貨って銀貨何枚分くらいなんだ?」
クレハはまず、金貨の価値を調べる事にした。
「──ん?……あんちゃん、そんな事も知らねえのかよ……そりゃ──」
その瞬間、クレハは驚愕した。
「──金貨1枚は銀貨10枚だ」
(……マジかよ……)
ここに来て一番の驚き。
同時に冷や汗を禁じえなかった。
まさか──
まさか、プレイヤーでもないキャラクターが嘘をつくなんて。
「……それ嘘だろ」
「ちっ、んだよ知ってんじゃねえか……」
そう、嘘だ。
店主の言った金貨1枚=銀貨10枚は恐らく嘘だ。
先程通りすがりに他の店で買い物をしている様子を軽く見た。
その時に銀貨にも大きい物と小さい物があるのを確認した。
恐らく銀貨にも大銀貨と小銀貨のようなものがあるのだろう。
勿論どちらも等しく銀貨で大きさに粗があるだけ、とも考えられるかもしれないが、今回はそうではない方に賭けた。
店主の様子を見るに当たりだった様だ。
「んで?何買うんだ?」
店主は半分気疲れしたように気だるそうに問いかけてきた。
「生憎手持ちがこれしかなくてな。これで払っても釣りを返してくれるなら何か買うけど」
「げぇ、面倒臭ぇ……」
「ははは、悪いな」
成る程、とクレハは冷静に分析する。
金貨の価値は店主が釣り銭を返すのを面倒臭がる程度……
金貨の価値は思ったより高いようだ。
「あー、けど丁度欲しい物があってな……それを買って崩した後にもう一度買いに来ようか」
「おぉ!本当か!?何が欲しいんだ?」
「あぁ、武器屋を探してる。近場の安い武器屋は何処に?」
「それなら、この大通りをあっちに──」
店主は機嫌良さそうに説明してくれる。
自分に利益があると分かれば嘘をつく確率は低い。
クレハは店主に礼を言ってから武器屋に向かう。
(……しかし驚いたな)
先ほどの店主についてだ。
表情があまりにも自然だ。
まるで本当の人間かのような。
しかし彼がプレイヤーや運営である可能性は低いだろう。
プレイヤーならわざわざVRゲーム内で果物屋をやる様な真似はしないだろうし、運営ならちっぽけな果物屋の店主に人員を割り当てるなどあり得ない。
つまり彼はNPC。プログラムによって動く木偶人形だ。
しかし──
(……AIか……?)
人工知能。
あそこまで自然な会話を成立させ、あまつさえ嘘までつく。
普通のプログラムでないことは確かだ。
しかし、例えAIであってもあれ程の感情表現は可能なのだろうか?
(…………)
そうこうして歩いている内に武器屋に到着した。
寂れた武器屋だった。
左右の建物と比べてもちっぽけ。
ガラスも少し曇っている。
(確かに安そうだ)
そんな事を心の中で呟いて扉を開ける。
キィィ、と軋む音を立てて開く扉。
そこには整然と商品が陳列された店内が広がっていた。
長剣、短剣、フレイル、ハンマー、弓、弩弓、槍──
外見に反して店内は整頓され小綺麗に掃除されていた。
「……おぉ……」
思わず感嘆の声を漏らす。
武器に派手さは無いが現実ではあり得ない光景。
ギシギシと音を立てて店内を歩いていると──
「……何の用だ」
奥から老人が出てきた。
小柄、にしても限度がある。
彼の身長はクレハの胸までよりも低い。
かといって細いかと言うと、細くない。
むしろ太い。まるで大柄の人間を上から潰したような体格だ。
顔は厳めしく、不機嫌そうでただでさえシワだらけなのに今は余計老けて見える。
しかし髭は立派だ。
長い訳ではなく整えられているという意味で。
腕や足には隆々とした筋肉がついており、異様に若々しい。
否、若々しいというより老練だろうか。
一見小柄な人の様だが、その耳をよく見れば若干先が尖っている。
(ドワーフみたいな感じか……?)
その特徴に良く似たファンタジーにありきたりな妖精?を思い浮かべる。
が、今はそれよりもやるべきことがある。
「武器を買いに来た。資金は金貨1枚。筋力に自信はない。あと荷物を入れる物と軽く羽織るものも欲しい」
と、ドワーフ爺に言う。
ドワーフ爺はその後しばらくクレハをジロジロを睨め付けると──
「ふん」
と不機嫌そうに鼻を鳴らした。
すわ、交渉失敗か、と冷や汗を浮かべるクレハを尻目にドワーフ爺は、そこら辺の小剣を手に取り──
「……大銀貨5枚」
と言ってきた。
クレハは内心ホッとしつつ──
「買おう」
貨幣計算自信無いなってきた。
アバターの外見に関しては「現実のトレースのみ」か「自由に設定もできる」どっちにするか悩んでる。