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005 普通ってなんだっけ

 仮入部の身でありながら、本番さながらの地獄ノックを受けた俺と鈴。部室の扉を開いた時の意気込みは、定期的に鳴り響く怒号と殺人ライナーにかき消された。将来の日本代表になる逸材を、この部活は何人潰してきたのだろうか。


 青のペンキで塗りたくられたベンチ裏は、日が差してこない安全地帯だ。外で棒立ちしていたら、熱中症で迷惑がかかってしまう。


 持参してきた水筒に、俺は心置きなく口を付けた。スポーツドリンクを小銭で落としてくる余力が無かったので、喉へ流れ込んでいくのは麦茶だ。水を飲み過ぎると危険だが、少量なら大丈夫だろう。


「……お疲れー! かなり早くに引っ込んだね……」

「俺が自分の意志で戻って来たんじゃないぞ。先輩に首根っこを掴まれて……」


 地獄のノックから生還した鈴が、俺の隣のベンチに腰を下ろした。大量の汗が体操服にしみ込んでいる。

 下着が透ける演出が起きてもおかしくなさそうだが、現代の技術を舐めてかかってはいけない。横目で見た限りでは、健全な服装だった。


「……鈴、俺にそこまで気軽に話してくれるのはどうしてなんだ……?」


 こんなこと、スキルを使うまでもない。会話の種に打ち込んで、一日でも早く親友関係を作りたいのだ。


 鈴は、歯車がかみ合っていない顔を見せた。


「……慶くんが小っちゃかった時の頃、ずっと覚えてるよ。今も昔も、そう簡単には変わらないんだね」

「それはお互い様ってもんだろ」


 正直、鈴の一から十まで記憶に刻み込まれてはいない。緩く包容してくれる彼女に、子供心を惹きつけられただけである。


 鈴は、俺から遠い場所で踊っていた。俺は観客で、鈴が主役。ファンとして緊張しながら会話している、そのような状態。顔を直視できなかった。

 小学校で鈴がいないことに気付き、入学早々大砲に狙撃されたことは鮮明に描ける。担任に何度もその旨を問いただし、授業をストップさせてしまった。


 俺の気持ちを打ち明けても、鈴が困るだけ。仮に今願いが叶ったとしても、すれ違う未来がちらついて消えないだろうし。


「……それにしても、高校って金属バットなんだね……。金属バットって、ナイフとかボウガンみたいな凶器に入らないのかな? それとも、学校用ならセーフ?」

「使い方によって凶器にも道具にもなる……と言いたいところだけど、鈴は自分で調べることを実践しような」


 頭目掛けてフルスイングした部員は、言い訳の間も与えられずに退場処分を食らうだろう。


 幼かりし鈴に、バカの印象は微塵もない。全員が横一線で手を繋いでいる未就学児に、レベルの差があまり存在しないのが要因だろうか。


「私の中学校は、木製バットだったよ? プロに入る時、金属だと感覚が違うって……」

「よくもまあ女子部員に四刀流やらせるような学校が言えたことですなぁ……」

「あと、皆にゴロを打つように指示もしてたよ? 転がせば、塁に出れるんだって」

「別の競技と勘違いしてないか、それ……」


 咄嗟に声を出してしまったが、飛んできたボールを地面に転がす競技が思い当たらない。

 ボールを飛ばす楽しさより先にチームプレイを教わっていたとしたら、きっと俺が野球に興味を示すことは無かった。野球の花形はホームランであり、プロを意識させても楽しくない。


 先輩他部員たちは、春にしては高温の中練習を敢行している。そのおかげと言っては失礼だが、俺と鈴のプライベートタイムが生まれているのだ。これを活かさない手はない。


 俺は、何度目かのブラックビジョンを発動させた。


 初日はどうなることかと胃薬を片っ端から買い漁った。原点にしてどん底から比べると、鈴の好感度も上昇しているに違いない。


(……鈴の恋愛好感度、どれくらいだ?)

(検索中……。永遠のゼロです。一つ朗報があるとするのならば、貴方が何をしようと上下していません)


 カロリーゼロの食品でも熱量はいくらか含まれていると言うのに、鈴の好感度はゼロ。余計な語句を付け足したせいなのかは分からない。


 いきなり遭遇した幼馴染だからって、好意を抱く方がどうかしている。氷水を上からかぶると、視野狭窄が直って冷静な判断を下せるようになるのだ。


「……私って、野球上手いのかなぁ……。メジャーの守備動画ばかり徹夜で垂れ流してたら、自信なくなってくるよ……」

「どこと比較してるんだよ……。少なくとも、そこら辺の先輩とは別次元の守備だからな」

「別次元……? そんなに、私の守備って悪い……? ……スライディングキャッチが毎回できるのが普通だから、しょうがないよね……」

「ネガティブシンキングしてたら、生き残れないぞ」


 鈴の脳に次元の概念が残っていただけでも、驚きの事実である。世界が誕生してからの大発見だ。


 死神を乗せた弾丸ライナーを横っ飛びした、あのワンプレー。俺を救ってくれたことは言うまでも無く、野球選手の守備としては絶品のもの。美味しすぎて、頬がとろけてしまう。

 俺が女子スカウトの担当者ならば、間違いなく鈴を推薦する。攻走守華の四拍子揃った花形プレイヤーとして、女子野球に長く君臨する女王となるだろう。……本場のプロ野球でやっていくのは厳しそう。


「……鈴は、野球部に入るつもりか……?」


 いくら鈴と言えども、二十四時間平手打ちが神出鬼没な部活に入る気は失せているはずだ。俺の青春部活ライフの為にも、首を縦に振らせてはならない。


 だが、彼女がどうしても入部の意志を固めているのなら。俺は渋々放課後のお楽しみから撤退する。鈴との雑談時間を作りたいのはやまやまだが、この野球部では体が持ちそうにない。


 俺の命運を手に握った幼馴染は、愚問と吐き捨てんばかりに頷いた。おい、俺の青春を返してくれ。


「……実はもう、入部届を出してきちゃったんだ……。……慶くんは、入りたくなかったの?」「この練習を毎日やらされたら、病院で寝たきり生活になる……」


 側に置いてあったタオルで顔を隠した鈴。濡れタオルじゃなくて空タオルだぞ、それ……。

 鈴と一緒なら頑張れるか打算してみたが、どの結末を辿ってもハッピーエンドが見えてこない。体力が尽き、彼女と顔を合わせる事すら敵わなくなるのが関の山であった。


 俺が振り向かせたいダメ天使は、耳たぶまで赤くなっていた。灼熱の大地で野球に勤しんだのだから、当たり前だ。


「……耳まで赤くなんてるぞ、鈴。顔、洗ってきた方がいいんじゃないのか?」

「……慶くん、ごめんね? 私、慶くんのこと何にも考えて無かったよ……」


 俺を手討ちに処したがっていることを除けば、鈴が俺に不利益を被らせていないような気がする。恋愛相手として見直してくれるのは、いつでも大歓迎だ。


 何とかなるって、と肩を叩かれていい気はしない。こやつ、何かやらかしたのではなかろうて……。


「……入部届、二枚出しちゃったんだ。私のと、慶くんのと。野球経験があるって言ってたから……」

「……ちょっと待て。鈴が偽造できるわけ……」

「名前とサインの欄しかなかったから、私一人で作っちゃった……」


 どうなっているのか、鈴の思考回路とガバガバ入部制度は。


 ……この学校に入学してから、鈴に振り回されてばっかりだ。

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