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004 ブラックブラックブラック

 鈴がいなければ、要注意人物のお札を額に貼られることなく入部できていた。幼馴染に邪魔されてばっかりで、どうにも相性が良くない。

 仮入部員にいきなり外練習を課す行為は、いかがなものだろうか。俺はまだ経験者だから体力が付いてるけど、プロに憧れて高校から始めた素人は地面へ横たわる事にそうなんですが。


 自称進学校という名が示している通り、ここは中途半端な学力の生徒が集まる高校だ。トップ層の人間は国立難関大学に合格する一方で、底辺層は就職すらままならない。この高校を国会議員が視察に来れば、社会の実情が分かるんじゃないか。


「……千本ノックするぞー! 声を出して行けよ!」


 丁寧な応対を心掛けていた先輩は、蜃気楼の幻だったようだ。最初にあげて落とされるのは、骨の髄に響いて痛い。

 私語厳禁と書かれた時代錯誤のルールが、この部活には強く根付いている。部活の目的を大会で勝利することとはき違えているのか。俺はワイワイ楽しむボール遊びをしたいだけなんですけど。


 俺の横で、鈴もゴロを捕球している。マネージャーで励ましてくれる彼女にハイタッチしたかったが、ファインプレーで激励し合うこともまた素晴らしそうだ。

 小さな体のメリットを最大限に生かした彼女の守備は、ビデオにして表世界に発売できるレベルにある。野球をかじっただけの俺の意見など、通らせてはくれないだろうけど。

 猫のようにすばしっこく柔軟性のある下半身は、飛んできた球にも瞬時に対応する。女子が蝶の舞を披露する姿は、俺の目をくぎ付けにするのに十分過ぎた。


 こんな部員がいたら、俺だってやる気が出てくる。甲子園に女子選手が出場できなさそうなのが勿体ないけど、この高校にそんな実力は無さそうだな。


 しかし、俺は大切な事を忘れていた。千本ノック中だと言うことを。


「……おい! ちゃんと取りやがれ!」


 白球が、鼻の頂点にクリーンヒットした。真面目に病院へ搬送してもらいたくなるくらい、直接脊髄に響いた。


「もういい、そこに暫く座ってろ! まだ仮入部だから、しごくわけにはいかないしな」


 ダメだ、人を道具としか見てくれていない。万年一回戦敗退も頷けるチーム環境である。


 子供の頃、凱旋に来ていたプロ選手から用具の使い方をレクチャーされたことがある。カッとなっても地面にたたきつけず、衝動を抑えるよう努めることが最低限のマナーと聞かされた。

 この高校は、野球というスポーツをする気がない。ノック練習でファールゾーンに打ち上げて、野手が取れなかった時に罵声を浴びせるのは一種のイジメである。


「……慶くん、大丈夫―?」


 俺は休んどけと強制休養命令が出たけど、鈴はまだゴロ練習中のはず。サボったら、女子と言えど、金属バットでフルスイングされそうなものだけど。


「俺の鼻を見たら、分かるだろ? 俺たち災難だよな、この部活を選んで……」

「……そうかな? 中学校よりはマシだよ?」

「流石四刀流をやってきたお方は格が違うな……」


 鈴に常識を求めた俺がバカだった。盗塁しながら投球していた彼女は、まともな練習を受けられているだけでありがたみを感じているのだろう。これがブラック人材が登用されやすい理由だ。


 あの佐々木か宮本かいうおじさんでも、二刀流が精々だった。歴史に名を遺す偉人の二倍頑張っている鈴は、歴史の教科書に載ってもいいんじゃないでしょうか、教育委員会さん?


 雑談している間にも、ゴロは容赦なく鈴を襲っている。襲ってるんだけど……。


「これくらいの球なら、いつまでも処理できそう」


 軽やかなステップを踏んで、鈴はボールを一塁へと送球した。ファースト役で塁にいた先輩が逃げ出しているのは何があったんでしょう。


 それと、一つ鈴に尋ねたいことがある。イレギュラーバウンドで二メートル弾んだボールを、どうしてジャンプで捕れるんだよ。


 彼女にとって『難しい打球』という概念があるのか不安になってきた。


「……鈴、中学校で異名を付けられてなかったか?」

「……そうだね、あんまり大したのは無いけど……。『べんちうぉーまー』って言われたことは有るよ」


 鈴の中学校の野球部監督は、何を考えて彼女をベンチスタートにしたのか。ぜひ会って、考えを聞いてみたい。……そういえば、監督も鈴だったんだ。


 この能力があるのに自らベンチに下げるなんて、勝てる試合に赤ちゃんを出すようなもの。世紀のダメ采配と語り継がれる。


 ただ、鈴の周りが『ベンチウォーマー』の意味を理解していなかった可能性がある。中学生女子一人に全責任を任せるような学校だったのだ。


 俺の中学校で、教師が職務放棄することは無かった。これが普通というものだ。

中学校ガチャも、当たり外れがあるんだな。義務教育で選択できないんだから、治安をもっと良くするべきだ。


(発動、『窃盗』! 中学校時代の鈴は、試合に出て無かったのか?)


 心で唱えるたびに、鈴への罪悪感が積み重なっていく。リコーダーの吹き口を無断で交換してるわけじゃないんだけどな。


(検索中……。大会前の練習でハッスルし過ぎて、大会本番はいつもベンチで仮眠をとっていたらしいです。その結果、顧問から雷が落ちました)


 部活に熱心な生徒を叱責するより、顧問は仕事をしろよ。鈴の人格が崩壊してもおかしくないゾーンだぞ。


 俺の想像を、軽く倍は上回ってきた。鈴の生い立ちだけで、ドキュメンタリー映画が二本作れる。


 鈴は短い黒髪を跳ねさせて、小春の陽気に汗を流している。彼女の体に凄惨な仕打ちが行われていたことを、一切感じさせない。


「……どうして、鈴は試合に出なかったんだ?」

「よく分かったね……。体が疲れて、どうにもならなくなっちゃんたんだ。高校からは気を付けないと」


 なんと鈴は何でも受け入れる子なのだろう。片鱗を幼少期に垣間見せたことは有ったが、この適応力が潰されていないのは彼女の底力を感じさせられる。


 また華麗なゴロ裁きを見せてもらおうと、俺は正面に向かいなおった。


 バットから放たれた打球は、直線を描いた。白丸が、急速に大きくなって……。


「危ない……! 弾丸ライナーで慶くんを狙うなんて……。もし慶くんがこの世に別れを告げないといけないとしても、その時は私がするって決まってるのに」


 鈴が差し出したグラブに、寸でのところでボールは収まっていた。


「……鈴、ありがとう……?」


 独特の思想に満たされているのが、玉に瑕の幼馴染である。

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