1。
「名前なんて知らなくて良いのに……──」
(──……いったい、私は何回、この言葉を繰り返すんだろう……。本当に、ごめん……)
オレンジ色のボンヤリとしたお店の照明が、俯く私の目に映る。テーブルとその上に置かれた食べかけのディナーが、今も尚、照らされ続けていた。
(──え……?)
消えるかと思っていた時間が、時を刻んでいる。信じられない。
途切てしまった時間が──、始まりに戻らなかったのは、今回が初めてのことだった。
俯いた私の目から、雨の滴が零れ落ちるように涙が溢れた。
今──、テーブルの上で私の手が、目の前にいる彼の手に重ねられている。
温かい気持ちが、優しい気持ちが──、何度も繰り返して来た私たちの消え去る運命に、数えきれないほど巡り会って来たんだって、彼の手の温もりから分かる。
「まだ、消えてないよな、俺たち──?」
──彼の声が聴こえた。私は顔を上げる。
彼の真っ直ぐな瞳が、お店の天井からぶら下がるオレンジの照明の下で揺れていた。彼の瞳が、滲んでいる。
重ねられてた彼の手が、私の手を握りしめていた。余計に辛くなった。
店内に流れるオルゴールの儚い音色──。
彼の後ろにある金の柱時計の秒針が、刻一刻と時間を刻み続けている。
「うん……」
──本当は、名前。想い出して欲しかった。けれども、同じ日を繰り返すしかなかった私は──、一度は彼に助けてもらった命を、無碍にしてしまったから……。想い出したくはなかった。
────┨┳┫┻╋┯┸┥┠┣┿┝┷┰╂─────
「しっかり! しっかりしろ!!」
──三年前。
体調不良で会社を休みがちだった私は突然、夜に眠れなくなり、激しい動悸と頭痛とともに身動きが取れなくなった。最初は、重たい生理不順か何かかと思ってた。もともと、そんな感じだったから。
けれど──、同居してた親に連れられて病院を転々とした結果、鬱病と診断された。
「おいっ! 大丈夫かっ!!」
あの時の彼の声が、聴こえる──。
私は、通院の帰り道。症状の緩和と今後の職場復帰の話が心療医師から告げられて、ボンヤリとしていた。
(まだ、全然。大丈夫じゃないのに……)
──垂水駅のホームに立つ、私の目の前の街並みに沈む夕日。
(綺麗だな……)
夕日を反射させて、その線路の向こう側から、勢い良く猛烈なスピードで差し掛かる通過貨物列車が近づいて来るのが見えた。
「(──四番乗り場に、列車が通過致します。危険ですから、ホームの白線より内側に、お下がりください……──)」