6。
「どうかされましたか──?」
──いやいや……。素っ気ない返事の仕方だな、おい。──とも我ながら想うが、俺は怪しまれたくない。
別に、彼女の後をつけてたワケではないが、カタチ的にはそう受け取られても、おかしくはないからだ。
それに、なんで俺に話し掛けたのか、疑問だ。普通なら、黙って無視して素通りだろ? あり得ない。
夕焼けの太陽が水平線近くまで降りて来ている。海の水面を赤く染めて波間が揺れる。
カモメたちの鳴き声が時折聞こえて、静かな波打ち際の音が足もとに聞こえた。
「──いえ。同じ研修先だったし、何人かの人たちとは挨拶しましたが、今日限りだし。海、綺麗ですよね? けど、同じ仕事なら、また会うこともあるのかな、なんて……」
無いと想うが? それに、会ったとしても覚えているはずがない。
夕日を背にした彼女が、長い黒髪を耳もとに掻き上げる。
海辺から風が吹いて、彼女のブラウスのような薄手の白の上着が、夕焼けに赤く染まり風にはためく。
女の人から話し掛けてくれる事なんて、俺の人生、まぁ無かった。
それでもまぁ、何というのか……。何も無いにせよ、何かあるにせよ、せっかく彼女から何を想ってか話し掛けてくれたワケだし。確かに、彼女の言うように今日限りだし。もう、会うことなんて、無いだろうし。
そうだ。そんな風に想って──、俺はこの海の景色を見に来たんだった……。
「──そ、そうですよね。海、綺麗ですよね……」
何だか気まずい。気まずいが、海は綺麗だと想う。それに、彼女も意外と──。
──って、あぁ……。何やってんだと想う。俺。
けれども、この後、彼女を誘うとか絶対にあり得ない。出来ないんだ。もしもの後悔に、激しく落ち込み凹むから。良い年齢こいて、今さら何を想ってんだろ。下心、アリアリじゃねぇか……。
(別に、今限りで良い。何を勘違いしてんだ、俺……)
気持ちを切り替えて、彼女に話し掛けて見ようとした。意外に、勇気とかよりも下心が消えてくれると、すんなりと言葉が出た。
「「──あ、あの!」」
俺の言葉と同時に、彼女の言葉も重なった。なんだこれ? 二人同時かよ?
せっかくの話し掛けるタイミングを完全に見失った。
いつもの職場の同僚に、気軽に声をかけるのとは訳が違う。
何も知らない人同士が、夕日の沈みかけた美しい海の景色をバックにしているにせよ、声を掛け合っているのだから。
気まずさに、さらに拍車が掛かる。
(──ボー! ボー、ボー!!)
少し先の船着き場から、大型の豪華客船が港から出港の合図の音を立てて、夕日に赤く染まる水平線の先へとゆっくりと海面の上を進み始めた。
俺と彼女と、二人して豪華客船への方へと振り向き、しばらく時が流れた。空と海に鳴り響く汽笛の音とともに、赤い波間がゆっくりと揺れている。
「──あ、あのっ! ど、何処から来たんですか!?」
唐突に叫ぶかのような俺の声。自分の意思とは裏腹に気づけば叫んでいた。
もしかしたら、今日限りと言う言葉が、余計に俺の背中を押したのかも知れない。まるで、告白する時みたいに──。
──こんなにも、ドキドキとしたのは、いったい、いつぶりのことだろう……。
「あ、えーと。同じ電車に乗ってましたよね? 確か向かい合わせの……」
知っていたか。いや、気づかれていたのか? しかしながら、俺は変な目で彼女を見てたワケじゃない。
けれども、車窓に頭をもたれさせ眠りにつく姿は見てしまった訳だが。
意外にも、冷静そうな彼女の言葉に、俺は自分を取り戻した。
「あ、そーですよね。やっぱり! なんとなく、そうなんじゃないのかなって。アハハ……」
笑って、誤魔化すしかない。しかしながら、どうしたものか。依然として気まずさが、二人の間を漂う。
やっぱり、俺は帰りたいと想った。もう少し、自然なシチュエーションで出会えていたならば違ったのかも知れない──と、悔やまれる。
けれども、素の自分というものを、やはり良い年齢こいて未だに晒け出せない。俺は。
「ちょっと、歩きます?」
「え──?」
──何だか、違う展開になって来た。
俺よりも見た目は年下に想える子なのに、年上のお姉さんのように想えた。
しっかりしろよと、自分に想いつつも、沈みゆく夕日を背にした彼女の姿が、眩しくも目に映った。