4。
10時53分発の新快速列車。
車窓には鈍色の海と空からぶら下がる黒い雨雲とで、昼間なのに暗い。車窓につく数え切れない雨粒と、車両の天井の電灯が重なり合うように反射していて、外の風景が見えにくい。
しばらく座席に座り、吐き気は治まっていたけれど、今度は胸が高鳴り始めて落ち着かなった。
(会えない──、会えない……。会えなくて良いんだ)
──本当は、会いたかった。
だからこそ、ちょうど彼の業務が落ち着く時間帯を見計らって、逆算して選んだ。私も同じ職種だったから、だいたいその辺は分かる。
けれども、電話での面会予約は、仕事中なら迷惑だからしていない。職業柄、ゆっくり会って話す時間も、なかなか業務中は取れないだろうし。ただ、この差し入れとお礼の手紙を、彼宛に職場の誰かに手渡すだけ。それなら、受け取ってくれるだろうし、大丈夫だから。
「(──西明石、西明石です。危険ですから列車が停車するまで座席を立たないようお願い致します。雨でお足もとが大変滑りやすくなっております。お降りの際はご注意ください──)」
車内にアナウンスが流れて、列車が西明石の街並みに差し掛かる。ちょうど三ノ宮駅から20分ほど経った頃だろうか。まだ、彼の街には30分ほど時間がある。私は、ウトウトと車窓に映る西明石駅の風景を見ながら微睡みかけていた。相変わらず、窓辺に打ちつける雨が激しかった。
────┨┳┫┻╋┯┸┥┠┣┿┝┷┰╂────
「(──駅、……駅終点でございます──)」
──遠い意識の中、ちょうど耳もとに流れ込んで来たアナウンスに呼び起こされた。
「え? あ、……駅か。着いてたんだ」
周囲を見渡すと、私以外の乗客は、ほとんど降りた後だった。
終点で、開けられた扉の降車口から街の音や雑踏が流れ込む。雨で少しヒンヤリとした外の空気を感じながら、私は座席から立ち上がって後にした。
コツコツと響く私のヒールの足音。ベージュの上着が、ホームに入り込んで来た雨風に濡れる。俯いたまま、肩に掛けた鞄と手に掛けている傘──、それと、差し入れの洋菓子と手紙に少し視線を落として気にする。
(濡れて、ないよね──)
──神戸の街並みほども大きくはないけれど、世界文化遺産のお城が残るこの街。登録に伴い、何年か前にこの駅に来た時よりも駅の改修工事はずっと進んでいて、美しい景観の駅ビルへと様変わりしていた。
私が顔を上げると、オレンジ色に灯る電光掲示板の行き先表示が流れ、駅の時計の針が、ちょうど正午を指し示そうとしているのが見えた。
(休憩時間かな──? いや、もう少し後なはず……)
降り口のコンクリート製の幅の広い階段は、人が疎らだったけど、雨に濡れている。私は、あの四番乗り場で意識を失った時みたいになるのが嫌で、転びたくなかった。少し混雑はしていたけれど、幅の狭いエスカレーターの列に並んで、ゆっくり降りることにした。
(──洋菓子、美味しいから食べてくれるはず。手紙も──、読んでくれると良いな……)
エスカレーターを降りて、改札口の手前には、ちょうど正午を指し示したカラクリ時計のようなものが見えた。仕掛け扉の中から妖精たちがオルゴールのような音色とともに、楽しげに躍る姿がたくさん見えた。
(フフ……。可愛い。こんなのあるんだ……)
それからしばらく、そのカラクリ時計の妖精たちが、扉の中へと帰って行くのを見送った後、あらかじめ調べておいた駅南口のバスターミナルへと向かう。
(もし、会えなかったとしても、今日は少しこの辺りを散策して帰ろう。──いや、きっと、会えるはず)
お腹は減っていたけれど、緊張してたせいもあってか、何かを食べようとか思わなかった。
駅のアーケードを抜けると、空は相変わらず黒くて、大雨が降り続いている。
私は、少し息を吐いて深呼吸してから、雨空に向けて透明のビニール傘を差した。
風が吹き込んで来て服が濡れる。43番乗り場のバスターミナルめがけて、足早に横断歩道を渡った。こんな雨の中でも、『パッポゥ』の鳩の機械音声が激しい雨音とともに鳴り響く。
それから、43番乗り場にちょうど停車中だったバスの昇降口へと、傘を畳みながら駆け込んだ。バスステップが濡れている。視界にバスのタイヤの上にある一人掛けの座席が空いているのが、飛び込んだ。
ゆっくりと、雨で転ばないように座席に腰掛ける。車内通路が濡れている。
袋の中の包装された洋菓子と手紙を見る。少し濡れて文字が滲んでいた。ちゃんと、読んでもらえるか不安になった。
(どうして、雨──、なんだろう……)
日を改めれば良かったのかも知れない。車窓に流れ落ちる雨粒を見て想う。
けれども、時間を置いては先に進めなくて。何かに急かされるようにして、今しかないって想えて。今日の日を選んだ。会えることを信じて。




