プロローグ(2)
「ねぇタツくん、そらってなんであおいの?」
「あ?そりゃぁ……」
何か口にしかけた瞬間、彼は言いよどんだ。
僕は、自分が何でこんなこと聞いたのかわからなかった。
しいて言うなら、自分が思っていたよりも、ずっと空が青かったから。
でも、それくらいしか理由は見つからなかった。
すごく、その答えが聞きたいのに。
「なに、これ。」
この質問のことだと思って、やっぱり変だよな、と思った僕は、はは、と少し乾いた笑みを返す。
「ごめんなんでもない……なにいってるんだろーね、こんなに、そら、
きいろいのに。」
自分でも意味の分からない質問だった。
「……おれはあんななんのしつもんにもこたえられねえようなやつ、きらいだ。」
「えぇ?なんのこといってるの?」
「みょうかい」と返される。
せっかくの帰り道なのに、なんだか不機嫌そうだ。
意味が分からない。
氷河君は確かに最初は感じが悪いように見えたけど、あれは多分勘違いだったのだと思うし、こんな僕でもたくさん話せた。
それに、氷みたいな目をしているのに、ずっと目は優しかった。
きっと、すごくいい人なのだと、僕は思ったのだけれど。
「すごくいーひとだったよ?」
「あ゛?きづかなかったのか?あいつ、ぜったいきづいてたくせに、おまえのどのぎもんにもこたえてなかった。『なんでこんなじきにてんこうしてきたのか』『なぜこんなにもはなしやすいのか』ほかにも、いろいろ。おまえがちょくせつきいたわけじゃなくて、ながれではなしてたりだとか、きになってなんとなくくちにしてたものだったけど、それでもあそこまできれいにさけつづけられると、わかるだろ……うさんくせぇツラでわらいやがって。」
そう言えば、そうかもしれない。でも、言ってもらわなきゃ気付かないような、そんな小さい違和感。偶然なんじゃないかって思うけど。
それに、笑い方は胡散臭くなんてなかったと思う。確かに毎回爽やかな感じで笑ってるのは、僕だって少し不思議には思えたけれど、でも、少し寂しかったり、悲しかったり、喜びだったり、そんな人間らしい感情が入った笑みだった。
だからこそ、会話もすらすらできたんじゃないかって、僕は思う。
「でもたしかに、そういうはなしってしてたっけ……あぁ、そうだ。なんでタツくんはふしぎなの?」
「あ?……そりゃそうだろ。」
いや分かんないし。
そんな本当にそう思ってたの?みたいな顔で言われても分かんないし。
僕たち子どもだよ?氷河君だって言ってたじゃん……ああ、タツ君、氷河君の事よく思ってないのか。
「だって、にゅうがくしきからいっしゅうかんしかたってねぇんだぞ!」
「うん。」
「おかしいだろ?」
「……うん?」
「そんなすこしだけなんだから、さいしょからこのがっこうはいってればいいだろうが。」
「……うん!ほんとだ!え?なんで?え?!」
急に騒いで考え込み始めた僕に、タツ君が少し冷めた目で見てくる。
でも、そんな事に気づく方が可笑しい。
だって僕たちはまだ小学一年生で、そんなに深く考えられる程人生経験など積んでいないし、脳も発達していない。
やはり、彼は他の人とは違う。
「やっぱりすごいよ、タツくんは。ぼく、ぜんぜんきづかなかった。」
「あ?そんなのあたりまえだろ!なんせおれだからな!」
「うん!」
自慢気に言ってくるタツ君は一見痛い人に感じるが、全然そんなことは無い。可愛げは欠片も無いけれど。
彼はすごい。
こんな子供らしくて、簡単な話で例えてしまっているのだか、ら分かりにくいかもしれない。
だが、間違いなく天才だ。どんなに難しい事でも、簡単にやってのけてしまう。
それはいつも、僕が考えていることなんて、簡単に乗り越えて、もっともっとすごくしてしまうんだ。
だからこそ僕は皆と同じように憧れて、だからこそ一緒にいる。
たまに、その位置が嫌じゃないか、だなんて野暮な事を言う人もいるけど、僕は別にタツ君の子分でも何でもいいと思ってる。
僕は強くてかっこいい人間になりたい。堂々とした人間になりたい。
でも、なりたいだけじゃダメだ。だから見て、努力する。
「おいホタル。」
「ん?なに?タツくん。」
彼が不思議そうな顔をして指し示す方向を見ると、こちらを見る氷河君の姿があった。
「しんじらんねぇが……やっぱおまえ、もとからアイツとしりあいなんじゃねぇか?」
「ううん、ちがうとおもう。みたことあるようなきがしたけど、ぼく、タツくんをのけば、ちいさいころからともだちどころか、しりあいもいなかったの、きみがいちばんわかってるでしょ?さっきタツくんがいったんじゃん。」
「じゃあなんだよ、あれ。」
確かに、僕の方向を真っ直ぐに見ている。そういえば、僕たちに話しかける前は、誰とも話していなかったっけ。
視線を合わせると、驚いたように目をそらされた。気づかれないとでも思っていたのだろうか。
でも、確かに話したことがるような気もしたけれど、知らないという感情の方が強いと言うか。いや、自分でも可笑しなことを言ってるのは分かるのだけど。
変な感じだ。
「ぼくじゃなくて、きみにじゃないの?タツくんゆーめーだもん。」
「……そうかよ。」
「うん。」
今日のタツ君は、呆れた目をしてばかりだ。なんだか最近ずっとそんな感じ。だから僕に小学生らしくないって思われるんだ。
何もかも、諦めてしまっているような、そんな目でばかり僕を見る。
だから僕だって心の中でタツ君を罵っちゃうんだ。もう、言い訳でしかないけれど。
「そういやおまえ、あのおんなとうまくいってんのか?」
「……?あのおんなって?」
「おまえがくらくなりやがったげんいん。」
「ああ、おかあさんのこと……。」
あの女って、そんな言い方はないよ。そう口にしながらも、苦笑する。
あの人のことに関しては、タツ君にも結構な迷惑をかけてしまった。だから本当は、タツ君がこうなってしまった原因だって、僕だと分かってる。
だからこそ、嫌いだって思ってる。本当は何も思っちゃいけないということも。
「まずまず、かな。あのときは、ぼくがすごく、おとなげなかったから。」
「こどもがおとなげないっていってどうすんだよ。」
「それをいったらおしまいだよタツくん。」
軽口を叩きながらも、彼が心配してくれていることが分かった。
あの頃の僕は酷かった。
義母は何も悪くなかっただろうに、僕は、随分と荒れてしまっていた。
暴れて、暴れて。お父さんにも、迷惑をかけた。
受け入れなければならない事実だって、分かってはいたんだけど、それでも、僕にとっての母親は、お母さんだけだったから。
「おとうとはどうだ。」
「ちょうどきのう、おかあさんとうちにきたんだ。かーいーよ。ちゃんと、かぞくにならなきゃっておもう。」
「そういや、にゅうがくしきのひにうまれたんだったか。」
「うん。」
帰って来た時に、突然「産まれたよ」って、父さんに言われた。
僕は、義母のお腹が膨らんでいるのをしっかり見ながらも、そこから子供が生まれるなんてこと、理解してなかった。
ただ、ほんの少しだけ不思議に思っていただけだった。
つわりとかだって、勿論あったけれど、あの人は元からとても弱い人間だった。
それがほんの少し僕に似てるってことも気に入らなかったのだろう、だなんて、今になって思う。なんで面倒な真似してたんだろうって。
人に迷惑をかけるなんてこと、本当はしたくなかったのに。
「きにすんなよ。おまえ、もううけいれてるんだろ。」
「……そんなことないよ。まだとつぜん、あのひとになぐりかかりたくなるしょーどーにおそわれる。どうしてもにくらしくなる。いつか、あのひとのいのちをうばいとってしまうんじゃないかって、こわくなる。」
タツ君は、意地悪なくせに、とても優しい人間だった。
今だってそうだ、彼はとてもカッコいい人間なのだと思う。
だけど、やっぱり前とは違う、全部全部、僕のせい。
「きにすんな」なんて、気休めのような言葉、前の彼なら言わなかっただろう。きっと、僕の今の状況にも気が付いているだろうに。
彼自身もそれが分かってるのか、表情が少し、暗い。
なのに、自分が変えてしまった彼を、どうしても受け入れる気になれない。あの人の事で分かっていたけれど、僕はずいぶんと我儘な人間だった。
「……ぎぼの、ほうは。」
「……いまいったとーりだよ、まずまず、だなんて、さっきいったばっかのこと、すぐでひてーしちゃったな。でも、ぼく、すごくわるかったなって……タツくんも、ほんと、ごめんね。」
「おまえは、悪くねぇだろ。」
「……。」
「……先帰る。」
そう言ったタツ君の表情は固くて、酷いことをしていた、とまた思った。
バッと走り出した彼に、何も言えなかった。
彼の幼少期を台無しにしてしまったのは僕だ。幼馴染だからって、すごく迷惑をかけた。
もうあの彼も、受け入れなければいけないと言うのも、分かる。
でも僕は、あの時の僕も、今の僕も、嫌いで仕方がない。
「……あ、あかくなった。」
でも、それは思っていたよりも青色のようにも見えた。
「ダメだな、またセンチメンタルになってる。こんなのだからつよくなれないんだ。」
自分の名前を好きになれる、それくらい、強さを持ちたい。