プロローグ(1)
最初の投稿なので、プロローグと第一話までを連投します。
「なあ、あいつてんこうせいってやつだよな。」
と、タツ君が言った。
けれど、僕はその『転校生』ってやつを知らなかったので、
「テンコウセイ?」
だなんて、とぼけて答えた。
自分でもご丁寧にって思うほど、それこそ棒読みで。
が、それを聞いた瞬間、彼が口の形を歪めているのが見えたから、僕はそれと少しでも違うように、こっそり眉をひそめてやった。
「は?そんなこともしらねーの?バッカだなぁホタルは!」
「そうかな───」
反論しかけて、でも納得している自分がいたので、どうにも黙り込んでしまう。
さっきまで無感情というか、何かに呆れた……疲れた風に話していたのに、まるで嘘だったかと疑う程、にんまりと顔を歪めた彼に、懐かしさを感じた。
タツ君は自分の方が長けていると証明することが好きだ。その年でなんて趣向をもってるんだか、なんて、悪態をつきたくなるくらいに。心の中でだけど。
彼には何時もムカついてしまうから何も言わないが、そういう身勝手なところはあまり好きじゃない。
「あ゛?なんかいいたいのかよ?」
「べつに。」
嘘だ、口先だけ。
本当は言いたいことがたくさんあるけど、最近はどうにも言えなくなってしまっているだけだ。子供らしさをかなぐり捨ててて、一丁前にがんを飛ばしているタツ君に、何も思わない訳ない。
今だって僕の名前を、『ホタル』なんて酷く間違った名前で呼んでいる。
寄処蛍洋って、ちゃんと呼んでいたのは、何時までだっただろう。
『ホタル』はその方が響きがいいからって理由で呼ばれているし、僕自身が確かに『ケイヨウ』なんていう内心複雑な名前より、『ホタル』の方が響きが良くて好きで、むしろそう呼んでほしいと思っているけど。
我ながら理不尽だ。
だけど、こうしてムカつくのも、だからこそなんだと思う。
「で?テンコウセイって、なんなの?」
「……てんこうせいっていうのは、今までいたがっこうから、べつのがっこうにかようとこがかわったやつのことだよ。」
「ふぅん……?じゃああのこは、うちのがっこうにその……テンコウ?してきたってことなんだね、さいしょはいなかったの、そのせい?」
「そういうこと。」
へぇ、とでも呟いて、子供らしくない見下しきった知識の披露の仕方に呆れてもごもごと答えると、一層顔の歪みを深めて、得意気にペン回しを始めたので、ああそういえばこういう所は子供らしいと、一周回って冷静になってくる。
まぁ、だからといって小学生とは思えない非純粋さ持つ幼馴染を視界から外し、話題の転校生の方を見た。
沢山の人に囲まれている。それも女の子ばかりだ。
そう言えば、瞳の色が特徴的な、青色。でもはっきりした青じゃなくて、まるで濃い色の氷みたいに、少し冷たく、透き通っている。雪が積もった次の日に、薄く綺麗に氷が張った、いつもは清く光った、少し濁ってしまった、そんな湖をのぞき込んだような。
能力が出ているんだろう。だったら囲まれているのも当然なのか。
「にしてもあいつ、しょうがくせいらしくねぇな。あんなにおんなにかこまれてはなしかけられてるのに、いっさいはんのうしてねぇ。」
「きっと、あのこもタツくんにはいわれたくないとおもうよ……。」
「あ”?」
少し不機嫌になったらしいタツ君の声に、本当のこと、なんて反応しないでいると、その転校生がぼーっとしていることに気づいた。
だから反応しないのかと思ったけれど、それはそれで違う。
そういえばなんとなく、あの瞳をどこかで見たような気がする。
でも、あんなには冷え冷えとしていなかった。もう少し、透んだような瞳だった。自分の瞳より薄い色素のそれを、中途半端に揃ってると、笑われたような。
あれ、でも他の学校から来たってことは、気のせいなのか。
むしろ何故今まで気づかなかったのか分からないような、でも答えがわかり切っている疑問が、それでも懲りずにぼんやりと頭をよぎる。
「なんかみたことあるとおもったんだけどな。」
「あ゛?んなわけねえだろ。おまえ、あかんぼうのころからひとみしりこじらせて。おないどしではなしたことあるやつなんて俺くらいだって。」
「そんなにハッキリいわないでよ……。」
何故こんなに上から目線なのか。いや、もうそこまで気にして居ないのだけど。
思わず呟いた言葉を揶揄われながら、それでもまだ違和感を覚える。
よく分からないけど、少し前に数度、いや、何度も会った事があるような、そんな気がするのに。
でも事実、僕は他の学校の子と喋ったことなんてないし、同年代で話した覚えがあるのはこの、幼馴染であるタツ君こと、豪漸龍治のみだ。
こうして考えると少し、寂しい。
小学校に来て、その寂しさは少しまぎれたが。
最近は思ったよりいろんな人と話せるようになったし、何より、この教室は居心地が良い。
小学校に入ったら、勉強する時間が増えて、遊べなくなってしまうのかと思ったけれど、思ったより楽だった。むしろ、今までより穏やかな日常が過ごせている気がする。
「……あー、すまん。」
「いいよもう、べつに。」
思わずホッと息をついて、冷えた机に頬を滑らせる。
なんだかセンチメンタルな気分だ。
ふと、罪悪感を抱えたようなタツ君の、その向こう側に、不自然なほど透明なガラスがあることに気づいた。
見ると、廊下の5年生が、そこだけ掃除を終わらせたようだった。そう言えばもう掃除の時間で、5年生が手伝いに来てたんだっけ、と、本当にふと、自分の今置かれてる状況を思い出す。
ガラスの向こうに、目が痛くなるほど金色に澄み渡った空があって。
そう言えば、僕の席は窓側だ。逆の方向に視線を向けると、なんだかもやもやとする気分に反して、があって、よく分からないけど、居心地が悪いのに、どこか心地良い光のように思えて。
やばい、センチメンタルになると、人間ってどうも詩的になるのか。
あ、これも詩的なのか、なんだかポエムでも吐いてる厨二病みたいなテンションで、いやだ。
「にしても、なんでいまなんだろうな。」
「え?」
穏やかになった空気が居心地悪いとでもいうように、タツ君が言う。
だけど、正直言ってる意味が分からなかった。タツ君は、自分が考えていることが伝わっていると思って話していることが多々ある。そんな事ないと思うけど。
というか、どこで話していたことを言っているんだろう?やっぱり、転校生の事かな。
「わかんねぇ?ばかだなぁやっぱ。」
馬鹿とまで言わなくていいと思う。やっぱりこういうタツ君は嫌い。
だからこうして黙っていると言う事が、分かってないのか。
と言うか僕だって、分からないって訳じゃないけど、何時も、言われたら分かるって感じなんだ。
だって僕らはまだ一年生で、きっと、大人より知らない事が多くて、考え方が分からない。そういう物なんだって、こないだタツ君が言ってたのに。忘れてるのかな。忘れられるのは悲しいのに。
でも、自分の考えていることが伝わっていないと思って、こうして頭の中でタツ君を貶してしまっている自分も、嫌いだ。
「馬鹿っていうほどのもんじゃないとおもうぞー」
「わっ!」
振り向くと、例の転校生が後ろに立っていた。
いつの間に来たのだろうか、全然気づかなかった。
「寄処はしょうがくいちねんせならあたりまえなことをいっている。そんなのしるわけないとおもう。」
「そうだよね、というか、こないだタツくんじしんがゆってたとおもうんだけど。」
「……そうだったか?」
急に話しかけてきたが、どうやら僕の意見に味方してくれているようなので『自分は馬鹿じゃない』証拠をしらっと出してみると、可哀そうなものを見る目で見られた。なんでや。
僕の周りは小学生らしくない小学生ばかりだ。
そりゃあ、タツ君は頭良いし、サッカーも得意だし、顔も良い。
えぇ、なんか辛くなってきたなぁ、自己嫌悪というか、嫉妬というか。
少し性格悪いけど、でもそれでも堂々としている姿は、とてもカッコイイ。
それに、その口の悪さもギャップだとかでモテる。大人になったらもっとモテると思う、そういう顔してる。小学一年生にして、こんなに好かれてるもの。絶対そうだ。
タツ君は、一人で立っていられる、いつもてっぺんで笑ってる、みたいな。
簡潔に言えば、皆の憧れ。
皆、タツ君みたいな人になりたい。タツ君自身になりたいとは言わないけれど、タツ君みたいにかっこいい人間になりたいんだ。
「うん、タツくんがすごすぎるだけだよ。ぼくがだめなわけじゃない。」
「なにかってになっとくしてんだよ……。」
「……なぁ、なんというか、おまえら俺をうけいれるのはやくないか?」
転校生の彼が、逆に心配そうに首を傾げた。
そう言えばそうだ、何だか、自然と会話が成立してしまったから。
というか彼だって、さっき誰に話しかけられてもずっと無反応じゃなかっただろうか。
「そういやおまえ、どうしてこっちにきたんだ?」
「ごうぜん、それいまさらすぎるとおもうが……。」
「ぁ、それは、ぼくもだった……ごめん。」
「いや、べつにいいけど……。」
呆れた、と言うような目を向けられて、少し反省する。
場に溶け込んでたって言うか、なんと言うか……でも、さっき女の子たちに無反応だったところや、決しておしゃべりではないと思う彼の性格を考えると、こんなに溶け込んでるのは、少しおかしかったかもしれない。
そう言えば、さっき彼に対して、何か他にも引っかかることがあったような気がする。
……まぁいいや、思い出せないし。
「みょうかいくん、なんだかはなしやすかったんだ。ほんと、ごめんね、なんでなんだろう……ええと、ぼく、よすがけいよう。」
「……ごうぜんたつじ。」
「おう。んじゃ、みょーじはおぼえてくれてるみたいだけど、俺もじこしょーかい。みょーかいひょーがって言うんだ。よろしくな。」
「うん、よろしくみょうかいくん。」
初対面の時より、彼に対しての印象が随分変わった気がする。優しい話し方だし、表情も、豊かじゃない訳ではない。瞳の冷たい印象も、近くで見たらそこまででもなかった。
爽やかで、運動神経がよさそうで。だからこそ、少し小学生らしくなくて、そこだけ少し胡散臭いけれど。
「あ、みょーかいじゃなくてひょーがでいい。俺もけーよーとりゅーじってよぶし。けっこーじぶんののうりょくにじしんがあるんだ。」
「めをみたらわかるよ、こおりみたいで……それに、ひょうがくんだもの。こーりをあやつったりするの?」
「お、せいかい。まぁわかるか。」
僕らの名前は、産まれた時から決められている名前だ。
多分、この世界を作った人からの贈り物。
そして、その名前に合った能力……簡単に、名前能力ってやつがつけられている。
例えば、タツ君は、『龍治』だから、龍、ドラゴンを操ることができる。結構希少な能力らしく、彼が強気な性格に育ったのも、そのせいなのかもしれない。
「りゅーじはなんとなくわかるけど……蛍洋はなんののうりょくなんだ?」
「……んー、ひみつ。あと、できればケイってよんでほしいな。そのよびかたちょっとにがてなんだ。」
「わかった、ケイな。というか、ひみつってぎゃくにきになるな。」
「えー、それじゃあなおさらひみつにしたくなっちゃうよ。」
氷河君はそう言うと、何かを察したのかは分からないけれど、何も聞かないでくれた。
僕の能力は少し複雑なので、誰にも秘密にしていて、それこそ、タツ君にも、親にも、誰にも話してない。
今時そう言うのは珍しいらしく、割と毎日言及されるのはつかれるけど、やっぱりこの能力が嫌いと言うか、苦手と言うか。だから名前で呼ばれるのも、好きじゃない。
「そういえば、タツくんもなまえよばれるの、にがてだったよね。」
「……おう、だからなまえでよぶんじゃねぇ。」
「あー、なんか、わるい。ふたりとも、なまえにがてなタイプだったか。」
「ううん、だいじょーぶだよ。なまえでよびあおうとおもえるくらい、ともだちになりたいっておもってくれたのかなって、すごくうれしかったから。」
そう言って笑うと、少し照れるように笑い返されたので、やっぱり彼は、すごく良い人なんだろうな、と思った。
だからこればっかりは仕方のない事だけど、少し罪悪感が湧いた。
自分の笑顔が、少し曖昧なものになっているのを感じて、その瞬間鳴り響いたチャイムに、酷く安堵を覚えた。