05 再 会
サーラたち四人はひたすらに街道を北東に進んでオブシディアン王国王都を目指した。
サーラたちがジェダイト王都を去った翌日には悪魔男爵が降臨したのだが、馬車を使って立ち去るサーラたちに王都の異変の報が追いつく事はなく、一ヶ月後にはオブシディアン王都に到着した。
レオナルド様のご実家にお世話になる気満々のサーラ、エミリー、ラウラは案内されるままご実家に向かっていくと、なぜか王宮に連れて行かれているような?
「あのー、レオナルド様? 私の気のせいかもしれないけど、ここって王宮なのでは? 別に王宮には用はないので、レオナルド様のご実家にお邪魔して早く旅の疲れを癒したいのですけれども……?」
「サーラ様、申し訳ありません、実は……私はオブシディアン王国の第二王子なのです。今まで隠していてごめんなさい、ジェダイト王国の神殿に赴任するにあたって身分を隠すのが条件だったのです」
ええ! そうなんですかー? そういえば物凄く品があって素敵なイケメンだったから余程の高位貴族だとは思ってたけど王族だったのね……
その後国王陛下にご挨拶した後に王家の客人として離宮で生活させてもらうことができた。ありがとうございますレオナルド様……
結界魔法を解除した私は普通に各種魔法が使えるようになっている。王家の客人として単にお世話になるだけなのも気がひけるのでエミリーとラウラを伴って教会で治癒魔法を使った慈善活動に従事することにした。
私たち姉妹の強力な治癒魔法は殆どの怪我、病気を癒す事ができる。オブシディアン王都神殿には類稀な美人聖女三姉妹がいると瞬く間に評判になって国内はもちろん周辺各国にも私たちの名は轟いたのだった。
♢
離宮の庭園は薔薇の花が満開になっていて赤や黄の華やかな彩りに満ち溢れている。穏やかに流れる微風に吹かれながらまったりと紅茶を嗜む私たち聖女三姉妹とレオナルド様。
ガゼボが初夏の陽射しを遮って凄く快適で爽やかです……思い出したように末の妹ラウラが祖国ジェダイトの事を口にする。
「……サーラお姉ちゃん、ジェダイト王都王宮って、悪魔男爵っていうハエの悪魔に蹂躙されて廃墟になったんだってね?」
「うん、そうらしいねラウラ」
「もう一回結界魔法使ったら悪魔って追い返せたりする?」
「どうかなー。悪魔の世界との出入り口は結界で封鎖できるだろうけど、王都には既に悪魔が居るから……
聞くところ悪魔男爵だけじゃなくて悪魔伯爵と悪魔公爵、更には悪魔王まで居るらしいからね、その他にも下僕の雑魚悪魔が大量に居るらしいし。結界魔法を使う私を彼等が黙って放置しないだろうし勝てる気がしないよ」
「そうだよねー、悪魔男爵、通称ハエ男爵に手も足も出ないんだからカマキリ伯爵とゴミムシ公爵にも敵うわけないよ」
悪魔男爵より更に上位の悪魔伯爵はカマキリ型、悪魔公爵はゴミムシ型の悪魔であることが分かっている。恐ろしい……絶対勝てる気がしないです。
こうして私たち三姉妹と第二王子レオナルド様が穏やかに午後のお茶を楽しんでいると離宮の侍女がお客様の来訪を告げた。はて、特に来訪の予定はなかったはずだけど?
ええ! お父様がいらっしゃってるの?
私たち四人は全員で客間に向かうとそこには長旅で草臥れ疲れ切ったお父様とパオロ様、そして第一王子殿下がいた!
パオロ様は私を見ると座っていた椅子から飛び上がって私の目の前の床にスライディング土下座をした!
「サーラ様、パオロで御座います! 先般の第一王子との婚約破棄、国外追放の際はお味方できず誠に申し訳ありませんでした……!」
パオロ様は土下座しながら、私の顔色をチラチラと窺いながら話を続ける。
おかしい。パオロ様、あなたは第一王子の脇を固めて私の幼馴染の癖にニヤニヤしながら私を見下していたはず……あれは演技には見えなかったですよ?
「また、ビアンコ男爵邸においては国王から命令されたとはいえサーラ様に妾になれなどと無礼な発言、申し訳ありません! 国王がサーラ様を狙っていたのに王命で私が妾に望んでいるように強制されて……
過去の自分を殴りつけてやりたいです、どうかお許しください……」
ええ! そうだったのね? ……とはならないから!
パオロ様って屑である上に嘘吐きでもあったのね……でもこのくらいでないと宮廷社交という魔境で癖のある第一王子の側近は務まらないということなの?
お父様の方を見ると疲れ切って憔悴しているようで元気がない。一言も発しない。わずか二ヶ月ほどの間に随分と老け込んだなあ。
第一王子の方を見ると口を開いて語り出すところだった。
「サーラ、久しぶりだな……俺との婚約破棄の後は随分と苦労したんだろう?
でももう安心してくれ、俺は気が付いたんだ、俺にはやっぱりサーラしかいないって事にね。
俺とサーラの仲を裂いたイラーリア嬢は父親の侯爵ともども失脚して地下牢に入っているから安心してくれ。後はお前がジェダイト王都に帰ってくれれば万事元通りだ。さあ、一緒に帰ろう?」
第一王子は草臥れて擦り切れた旅装に包まれながらも無駄にイケメンオーラを発しながら私に笑いかけた!
確かあなたは「真実の愛を見つけた!」とか言ってましたよね? それに今更あなたとジェダイト王都に戻っても私に出来ることは無いんですけど……私では悪魔には勝てないから。
チラリとレオナルド様の方を窺うと怒りの表情を浮かべてらっしゃいます。そうでしょうそうでしょう、こんな身勝手な言い分、私も腹に据えかねてますからね!
「第一王子……お久しぶりですが、私は最初から元気ですし、あなたとの婚約を破棄できて凄く嬉しかったんです。残念ですがジェダイトに帰る気はありません、お一人でお帰りください……」
私のやんわりとした拒絶に第一王子は下を向いて黙り込んだ。
ここでお父様が口を開いて私に話しかける。
「サーラ、儂が悪かった。良かれと思って妾の話に乗ってしまったがお前の意見を聞かずに申し訳ない、妾なんかにはならなくていいから戻ってきてくれないか?
我がビアンコ家はビーニ公爵家の道連れになって没落してしまった……だけど新国王陛下が仰るにはサーラ、お前をつれ戻せればそれなりの地位に返り咲けるらしいのだ。
それに妾の件、儂は一ヶ月の間、約束どおりお前の返事を待っていたのに梨の礫、幾ら親子とはいえ親しき仲にも礼儀有りとは思わないのか?」
……はあ。外国に旅立って一ヶ月以上放置してるんだから、空気読めないのかな。
……読めない人か、今分かったよ。お父様ってこういう人だったのか。でも困ったな、男爵家では虐められたしいい思い出ないから自分を犠牲にしてまで男爵家を復興・救済しようとは思わないのよね。
「お父様、私がジェダイト王都に帰ってもできる事はありませんよ? 悪魔の撃退を期待されている様ですけど私の力では撃退は無理です。だから私が戻っても期待はずれで逆に恨まれると思うんですよね、だからジェダイトには戻りません」
お父様は私の言葉を聞いてガックリと肩を落とした。寿命が更に5年は縮んだ様に見える……ちょっと可哀想になってきた。
その時レオナルド様がお父様に声をかける。
「お父様、私はレオナルドと申します、初めまして。このオブシディアン王国第二王子でございます……サーラ様にはジェダイトにいらっしゃる時からお世話になっていまして、今はサーラ様とは良い関係でお付き合いさせていただいております……」
あれ? レオナルド様が何やら不穏な発言を……
エミリーとラウラを見ると、大きく頷きながら手を握り締めている。
「幸いにも私はこの国の王族、それなりの権限もあります。どうでしょう、サーラ様のお父様や親族の皆様であればここオブシディアン王都に移住なされれば貴族としての身分、生活を保障いたしましょう……いかがですか?
ただし、聞くところによると男爵家使用人の多くはサーラ様はじめ妹君を虐めていた様です。このような方を同行されるのは困りますが、少数の使用人の帯同は認めましょう。是非ともご一考を」
「レオナルド殿下? ビアンコ男爵家は既に爵位を剥奪されておるのです、それでも宜しいのですか? ……ありがとうございます、身に余る処遇、感謝いたします。
いったん帰国して新国王陛下に許可をいただいた上でお世話になりたいと思います……」
「はい、お待ちしておりますよ」
レオナルド様は満足げだ。レオナルド様は私がお父様を切り捨てる事ができず困っているのに気付いて私の親族の受け入れを即決してくれた。凄く優しい……決めるときは決める決断力もあって素敵……
「男爵、それはジェダイト王国に対する裏切りだ! サーラ! お前が俺と一緒に帰国しないと俺は破滅するんだ! 俺を助けてくれ!」
「申し訳ありません元第一王子殿下、お断り致します」
「こいつ! 大人しく俺の言う事を聞け!」
私に拒否された元第一王子は激昂して私に飛び掛かってきた!
「こんな下衆だったとは……衛兵! この男を拘束しろ!」
レオナルド様は飛び掛かってくる元第一王子の胸ぐらを引っ掴むと押し返して床に叩き伏せ片膝に体重をかけて腹を押さえつける。そして後ろに待機していた衛兵が駆けつけて元第一王子を引っ立てていった。
この人とはもう二度と会わない予感がする。心の中でお別れを告げておきますサヨウナラ、元婚約者様……
♢
その後、お父様は親族を引き連れてオブシディアン王都に移住してきた。レオナルド様の尽力で王都貴族街の片隅に屋敷を頂いて質素ながらも男爵位を下げ渡されて貴族の身分を得たお父様はレオナルド様に感謝しきりだった。
後から国王陛下に聞いてみると、近隣国にも名前が轟いている聖女三姉妹の実家を貴族として遇するのは当然、王国にとっても利はあるので気にしないでほしいと言われた。ありがとうございます。
その上で、第二王子レオナルドの義理の父になる者が爵位のない平民というわけには行かないからな……だって。
国王陛下が仰るにはジェダイトの元国王陛下、ジラルディ侯爵そして元第一王子は聖女追放を主導して王都を壊滅させた責任を取らされて地下牢に幽閉されていると言うことだ。聖女イラーリア様は聖女を解任されて修道院に送られたという。
因みにパオロ様は聖女追放に直接関与してないから平民落ちで許されたらしい。悪運の強い人だね……
ジェダイト王国での聖女追放と悪魔降臨の責任追求はこうして決着した。
♢
その日の昼下がり、私とレオナルド様は離宮庭園のガゼボでお茶を頂いて談笑していた。
「……レオナルド様、先程国王陛下からそのような事を言われてまして……」
私が戸惑いつつも一応確認のつもりで「第二王子レオナルドの義理の父になる者が爵位のない平民というわけには行かないからな」と国王陛下が仰った話題を振ってみるとレオナルド様は慌てふためいて早口で言い訳し始めた。
「サーラ様! 申し訳ありません! 父がそんな事を口にする前に私が先に言おうと思っていたんです!
サーラ様、どうか私と結婚していただけないでしょうか?
ジェダイト王国第一王子のこともあってサーラ様は王族にあまり良い印象をお持ちじゃないのでは? となかなか切り出せずにいました。
私がサーラ様をお慕いするのはサーラ様が聖女としてジェダイト神殿にいらっしゃるときからなんです。決して貴方に悲しい思いはさせません、どうか私にチャンスをいただけないでしょうかーー」
レオナルド様にプロポーズされた私は心が喜びに溢れていることを自覚した。そうか、私はレオナルド様が好きだったのか。いま幸せを感じている……
「……レオナルド様、私は一度は婚約破棄された傷物の男爵家令嬢ですし、妾の子です……こんな私でも宜しいのですか?」
「はい! サーラ様、私の妻になってください!」
レオナルド様はいつの間にか私の目の前にいて片膝をつき私に右掌を差し出した。
「はい……私でよろしければ……嬉しいですレオナルド様……」
レオナルド様の右掌に私は自分の右手指先をそっと乗せてプロポーズに答えた。
ガゼボから少し離れた薔薇の葉っぱに隠れてエミリーとラウラがこのプロポーズをしっかりと見届けていたことは後から知ったのだった。
完結しました。
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