02 私に良い話を持ってきた?
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息も絶え絶えに咳き込みながら私に声を掛けてきた神官は神殿で私担当の司祭、レオナルド・アレキサンドライト様だ。私よりも一つ年下の20歳で中性的で可愛い感じのイケメン。私に懐いてくる弟みたいな神官で神殿でただ一人だけ私の味方をしてくれる「いいひと」だ。
彼はオブシディアン王国の高位貴族の子弟で彼の国の神殿から派遣されてきたエリートらしい。
そのこともあって私にとってオブシディアン王国の印象は良い。国外退去先をオブシディアン王国にしようと思った理由の一つでもあるんだよね。
「レオナルド様、どうしたの? そんなに慌てて……あんまり無理しちゃダメよ、普段から運動をあんまりしてないんだから……」
「はあはあ……すいません、サーラ様が王宮に出発された後にとんでもない噂を耳にしまして……なんでも婚約破棄とか国外追放だとか……? もしかすると断罪されて罪人として処刑もあり得るなどと言う者もいて、それで心配になって飛び出してきたんです。
でも杞憂だったんですね、サーラ様のご機嫌が凄く良さそうですから……」
杞憂じゃないですよ、噂どおりです。教会が関与していた疑いが確信になりそうです。
「ええ、たった今、第一王子殿下から婚約破棄されて国外追放されましたよ。幸いにも罪人として処刑されることはありませんでしたから良かったです」
私は満面の笑みを浮かべながらレオナルド様に王宮での出来事を簡単に要約して報告してあげた。
レオナルド様は顔色を蒼白にされて私の事を心配してくれた。ありがとうございます。
「そうなんですかサーラ様……信じられない、救国の聖女サーラ様に何たる仕打ち、ジェダイト王国の王族や重鎮達、神殿の教会幹部達は何を考えているのか……
元気を出してくださいサーラ様、大丈夫ですよ、安心してください! 私が付いていますよ! 必ずサーラ様をお守りします!」
レオナルド様は真剣な顔で私に安心しろだの私を守るだの勇ましいことを告げてくる。
こんなに真っ直ぐな気持ちで迫られるとちょっと困る……可愛い弟みたいに思っているのに。
「……ええ? ……そうなの……ありがとうレオナルド様。
だけど私は婚約破棄されたけど良かったって思っているの。だって第一王子殿下は私のこと嫌ってたしね、国外追放だってオブシディアン王国に行く機会を得たと思えば悪くないかなって思うし。
レオナルド様の国だからいい国だと思うから楽しみなのよ!」
私が国外追放の出国先にオブシディアン王国を選んだ事を聞いたレオナルド様は大層喜んで自分も一緒に行きたいから是非同行させてくれとお願いされた。
私としても妹二人を連れて行くつもりで女の子三人旅になるから男性が居れば良い虫除けと護衛になるだろうし有難かった。
そのうえオブシディアン王国に行った後も高位貴族子弟のレオナルド様の伝手があれば生活の心配もしなくて良さそう。こうして利害が一致(レオナルド様の利はいまいち不明なものの)した私たちはそれぞれ出発の準備をしてビアンコ男爵家で落ち合う事にした。
レオナルド様に「私は国外追放を命ぜられた身なので速やかに出国する必要があるので早めの準備お願いします」とお願いしたところ「神殿の宿舎に帰ってお金と貴重品だけ持って一時間以内に駆けつけます」と言い残して全速ダッシュして神殿に向かっていった。
私は再び機嫌良く実家の男爵家に向かって歩みを進める。レオナルド様、あんなに走って大丈夫だろうか……まあ、実家から出発する時に治癒魔法かけてあげれば良いよね、その時にはもう結界魔法は解除するしね……
……いつの間にか実家に着いちゃった。時間は午後の1時ごろだけどあの子達いるかな?
ビアンコ家は男爵家とは言え筆頭公爵家の家老を務めるほどの名家、かなり広い敷地を持ち部屋数も多い。使用人も多数抱える大邸宅だ。中には室内道場もあって武術の訓練には事欠かない。縁戚の子弟も多数訓練に顔を見せる。
さっそく門を潜って妹達の部屋に向かうと……パオロ様と出会ってしまった。でもなんでこの人が私の実家に居るのだろうか? さっきまで王宮にいたのに……?
「これはこれは偽聖女のサーラ様じゃないですか? 早く国外に退去しないとダメでしょう、相変わらずグズでノロマな偽聖女様ですね?」
相変わらず口が悪い。私は気持ちを落ち着かせる。
この人は先ほど王宮謁見の間で第一王子の側近として控えていた筆頭公爵家令息のパオロ・ビーニ様。我が男爵家が仕える公爵家の御曹司様だ。
私と同じ21歳で幼馴染だけど小さい頃から事あるごとに私に絡んでくる嫌な人だ。
私の事が好きなのに素直じゃないから「妾の子のくせに」などと散々に私をいじめてきた。大きくなった今も小さい時から質の悪い屑だった性根は変わらないのよね。私は子供の時にいじめられた怨みは忘ていませんよ? 謝ってもこないしね。
「……パオロ様、ご心配なく、出国前に妹と父上にご挨拶しようと思っただけですから。ちょっと急ぐから悪いけど失礼します、また今度……国外追放の身だから次の機会はなくて永遠の別れだとは思いますけどね」
「そんな冷たくしないでよサーラ、僕と君の仲じゃないか……実は君にいい話を持ってきたんだ」
私にいい話を持ってきた?
訝しげな表情の私にパオロ様は「良い話」の内容を教えてくれるみたいだ。
「……知りたいかい? 先に君の父上に話すのが筋だけど、ここで君と出会ったのも巡り合わせだろうから教えてあげるよ。
実は僕から第一王子殿下にお願いして許可を貰ったんだけど、殿下の特別の慈悲によって君が僕の妾になるなら国外追放を撤回しても良いとの事なんだ……
どうだい? 悪い話じゃないでしょう? 今から君の父上に話をしに行くところだよ。当然殿下の慈悲に感謝して君を妾として差し出してくれるだろうと思うよ、自分の部屋で大人しく待っているといい……」
「……えええ、それは……どうして?」
この人、何を言っているの?
「僕と君の仲だ。僕も鬼じゃないからね、君には幼馴染としての情もあるし君の父上にも恩と義理はある……
王家もビーニ公爵家もビアンコ男爵家も満足できるウィンウィンのアイデアだよ、もちろん僕と君にとってもいい話だ。
君の父上も君の国外追放が撤回されれば嬉しいだろうし傷物になった君が何処かに嫁入りしてくれれば助かる筈だ。
僕も嬉しいよ、僕らは上手くやっていけると思うからね」
「……このようなお話は後程お父様を通じて伺います。それでは失礼致します……」
何の話かと思えば……余りのことに吐き気がして頭痛までしてきたから自分に治癒を掛けたかったけどまだ王都から脱出できてないから我慢しないと……
でも私に対する興味が薄く、常に軽く扱う父上がどう判断するのかちょっと気になる……この話を良い話として喜んで受け入れるかも?
……まあその事は後で良いでしょう。
私はもはや国外追放の身、妹達をオブシディアン王国に一緒に行くよう説得して勧誘するのがはるかに重要なのだから。妹達の部屋に向かおう。
上の妹エミリーの部屋の前に着いた。屋敷の隅の隅、使用人区画だ。私達姉妹の扱いの軽さが分かる。下の妹ラウラの部屋とは隣り合っている。
「エミリー居るかな? サーラお姉ちゃんだよ」
部屋の中でゴソゴソと音がする。
「サーラお姉ちゃん?」
「うんサーラだよ。お姉ちゃんだよ」
ガラリと引き戸が開いてエミリーが出てくるのをゆっくりと抱き止める。
「ふふ、エミリー久しぶり。元気だった?何か困った事はない?サーラお姉ちゃんに何でも言ってね」
エミリーを抱きしめながら話しかける。
「うん。エミリーは大丈夫だよ。今年には教会の下働きに出ようと思ってるから採用されたらお姉ちゃんと一緒に住めるかな?
この家は嫌いじゃないけどずっとは住めないからね。ラウラも教会に入ってくれれば三人で暮らせるようになれるだろうから頑張るよ」
エミリーは私が聖女で第一王子殿下の婚約者だから教会で働こうと思っているっていうのは知ってた。でも私は聖女を解任され婚約破棄され国外追放されたからね……
「エミリーは頑張り屋さんだからね。希望すればきっと採用だと思うけど、その事と関係して大事な話があるんだ。ラウラいるかな? 一緒にお話したいんだけど?」
「いると思うよ。呼んでくるよ」
「お願い」
ラウラとも再会の喜びを分かち合った後、エミリーの部屋に入っていく。
「ごめんねお姉ちゃん。狭くて窮屈で」
「全然問題ないよ。昔っからこの狭い部屋で三人でお話一杯したじゃん。あ、水で良かったら私が出してあげる。コップも持ってきてるからね」
「お姉ちゃん水出せるようになったの?」
「ふふふ、ラウラ、出せるようになったのよ。その事も後で話すね。ささ、このコップを一つずつ持ってねー」
私は空間魔法で亜空間に保管していたコップを三客取り出してテーブルの上に置き、水を注ぎ込んだ。二人はジッとコップを見る。
「……このコップどこから出したの? しかも水魔法が使えるんだねお姉ちゃん、いつの間に使えるようになったの? 全然知らなかったよ」
「これはね、空間魔法で亜空間にコップを保管していたのを取り出したんだよ。あと水魔法も使えるし他の火魔法、土魔法、それから身体強化魔法や加速っていう時間魔法も少しだけ使えるよ。今まで隠していてごめんね?」
「うん、わかった。自分の手札は無闇に開示しないっていうお母さんの教えだからね、逆にゴメンね、私たちに喋って良かったの?」
「あなた達に喋ったのはその必要があったからであなた達が気にする事はないのよ。それより凄く大事なお話があるの」
「……大事なお話って?」
私は二人に聖女解任と婚約破棄、そして国外追放と私がこれからオブシディアン王国に向かうつもりなので一緒についてきてほしい事を話した。
更に女神様の啓示を受けて結界魔法を使って王都を防衛している事、私が国外追放されて王都を離れると結界が維持できなくて悪魔が降臨し王都が魔境と化す事も話した。
「……今のお話は、それは 嘘や冗談ではなくて?」
「エミリー、ほんとの話なんだ。女神様の啓示については証明できないけどいろんな魔法は使えるから間接的な証明になると思うの。私の力の証明にはなると思うから……一旦コップを脇に置いてくれる?」
私は火、土、風、光、そして闇魔法として幻影魔法を披露した。
「どうかな? 私の力は分かってくれた? 私が王都を離れると王都には悪魔が降臨して魔境に飲み込まれるんだよ……信じて?」
妹二人は暫く考え込んでしまったけどエミリーが話し出した。どんな質問にも答えるよ!
「えーと お姉ちゃんはいつからオブシディアン王国に出発するの?」
「エミリー、今すぐだよ。私は速やかに国外退去しないとだからゆっくりはしてられないのよ」
「そうか〜でもお知り合いにもお別れの挨拶とか必要だから〜」
「エミリーお姉ちゃん、知り合いって言っても私たちを虐める意地悪な人しかいないじゃん。挨拶なんか必要無いよ」
「うん? ……そうか。ラウラ、あんたの言う通りだね……」
「エミリー、ラウラ聞いて。あとね、神殿司祭のレオナルド様が一緒にオブシディアン王国まで行ってくれるのよ。だからチョットは安心だと思うよ?」
「……ラウラはいつでも、今すぐオブシディアン王国に出発できます。お姉ちゃんと一緒に行きたいです。レオナルド様にもお願いしたいです。良いかな?」
「レオナルド様にお願い? ……なんかよくわかんないけど、凄く信用してるんだね? もちろん良いよ〜。多分喜んでくれるよ♪」
「レオナルド様はオブシディアン王国の高位貴族家子弟なんでしょ? レオナルド様の後ろ盾があればオブシディアン王国に行った後も安心だね! エミリーも今すぐ出発できます。お願いします!」
なんだ、レオナルド様って凄い役に立つし信用されてるじゃん! 同行してもらう事にして良かった! さすが私!
「良かったー! 二人とも来てくれる!
……じゃあどうしようかな、あなた達は……」
コンコン! コンコン! 「サーラお嬢様いらっしゃいますか! 旦那様がお呼びです! 執務室まで来てください!」
む、この声は男爵家の執事……私が小さい時から偉そうで機会があれば嫌味と嫌がらせを忘れない嫌な人。この人にも会いたくないなあ……
読んでいただきありがとうございます。
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