鬼むすめ
昔、ある村に1人のおばあさんが暮らしていました。 亭主は、10年程前に亡くなり、子供もおらずお百姓をして生活していました。ある日、頭のてっぺんが痛くて寝込んでいたら、次の日の朝になると何やら角らしいものが生えていました。おばあさんは驚いて鏡で自分の頭を見ると確かに角らしいものが生えていました。 角は日に日に長くなりとうとう15CMぐらいになってその成長は止まりました。おばあさは、頭巾でその角を隠さなければ外へも出られなくなってしまいました。
数日後、いつものように頭巾をかぶって町へ野菜を売りに行くと通りがかりのある男が。最近頭巾をかぶっていることが多いが、どうしたのかね?。と尋ねてきました おばあさんは咄嗟に。風邪気味なので頭巾をかぶっているんですよ。と答えました。 すると、その男は。元気なようだが本当に風邪か?。といじ悪そうな目つきになり。こんな暑い日に頭巾などをかぶっていると、のぼせちまうぜ。と言って、おばあさんの頭巾を脱がせようとしました。おばあさんは、慌ててその場を逃げ出しました。 そのことが町中の噂話になって、なぜおばあさんは最近頭巾をかぶっているのか?、何かを隠しているのではないのか?、と疑うものがたくさん現れました。
しばらく家の中で隠れていたおばあさんでしたが、生活をするためにはお金がいるので、仕方なくまた頭巾をかぶって町へ野菜を売りに行きました。すると、3人の男たちが道を通せんぼして。今日こそはその頭巾の中を見せてもらうからな。と言うと、3人がかりでとうとうおばあさんは頭巾を剥ぎ取られてしまいました。そして3人の男たちはおばあさんの頭を見て驚きました。何とおばあさんの頭には角が生えているではありませんか。 おばあさんは、両手で顔を隠して泣いていました。 すると、3人の男のうち1人が、大きな声で。お婆さんに角が生えたぞー、おばあさんは鬼になったぞー。と叫びました。 そうすると、みるみるうちに人が集まってきて人々は口々にこう言いました。おばあさんはもう人間じゃない、町から追い払え。と、そして道に落ちている石を拾って誰も彼もがおばあさんに石を投げつけました。 おばあさんは、頭を抱えて逃げましたが、人々は追ってきては石を投げつけました。しかし、おばあさんは何とか山の中へ逃げ込むことができました。
昼間でも暗い山の中の道で、おばあさんは何でこんなことになったのか?何で角など生えてきたのか?を考えながら歩きました。でも当然理由などわかりませんでした。とぼとぼと山道を歩き続けていくうちに太陽は沈みかけていました。今夜泊まる所を探していたおばあさんは、たまたま今は使っていない炭焼小屋を見つけまた。 中へ入ると不思議なことに大きな部屋がいくつもありました。驚いたおばあさんは1度外へ出て、炭焼小屋を見てみると小さなままでした。これはどうしたことかと思いましたが、中に入りなおして一番大きな部屋に入ってみました。すると部屋の奥から一匹の赤鬼が現れて。お前が来るのを待っていた。と言いました。おばあさんは恐ろしくなり逃げようとしましたが、赤鬼は何もせんからここにおれ。と言うのです。腹も減っているだろう。食事の支度はもうできておる。 ごちそうばかりだから好きなだけ食ったらさっさと寝ることだ。この部屋のことは明日説明してやる。と言い残すとさっさと部屋から出て行きました。おばあさんは、赤鬼が恐ろしくて縮み上がっていましたが、後ろを向くと部屋の中にお膳があり、食べきれないほどのご馳走が並んでいました。おばあさんはお腹が空いていたこともあり、夢中になってごちそうを食べました。しかし疲れが出たのか、何やら急に眠たくなって用意されていた布団でゆっくり眠りに着きました。
あくる日の朝、おばあさんは全て夢だったのではないかと自分の頭に手をやって、角があるかどうか確かめてみましたが、角は生えたままでした。がっかりしたおばあさんでしたが、昨日あった赤鬼や美味しかったごちそうは現実のことだと分かりました。しばらくすると今度は黄色い鬼がやってきてこう話しました。おれたゃずいぶん前からおばあさんがやってくるのを待っていたんだ。人間とはひどいものだろう?、自分達と少しでも違うと石をぶつける。脅かすと逃げて近寄ってもこない。おれたちは魔物だ。だからといって何も悪いことはしやせん。ここで静かに暮らしているだけだ。この中には数え切れないほどの立派な部屋があり数え切れないほどの鬼が共同生活している。外から見える炭焼き小屋は人間には見えない。この炭焼き小屋が見えたということはおばあさんも鬼になったということさ。今日から俺たちの仲間だ 。ここは何でも揃っている、一緒におもしろおかしく暮らそうや。欲しいものがあるなら、天井に向かって話しかければ何でも揃う。試しに朝飯出て来いと言ってみな、すぐに出てくるから。と黄色い鬼は言いました。おばあさんは不思議に思いましたが試しに天井に向かって朝飯出て来いと言ってみました。すると途端にお膳に美味しそうな朝飯が揃いました。黄色い鬼は最後にこの部屋は今日からおばあさんのものだ、好きに使っていいんだぜ。と言い終わると部屋から出て行きました。おばあさんは朝飯を食べ終わるとしばらく考え込みました。本当にこのままでいいんだろうか?、事実ここにいれば安楽に暮らせる。でも、元々は人間だったのだから人間に戻る方法を探すべきではないのか?、とおばあさんは悩みました。 そこでおばあさんは試しに天井に向かって人間に戻りたいと言いました。しかし何度同じ言葉を投げかけても何も起こらず何の返事もありませんでした。
しばらく部屋の中でじっとしていたおばあさんでしたが、1人でいることに寂しさを感じるようになりました。でもこの家にいる他の鬼達と一緒にいたいとは思いませんでした。心の慰めになる何かが欲しいと思ったおばあさんは笛でも吹くか、と思いつき天井に向かって笛よ出て来いと言いました。すると、お膳にいつのまにか美しい笛が置かれていました。まあ、なんという立派な美しい笛なことだとおばあさんは思いました。どれ、1曲吹いてみようかとおばあさんは笛を手に取ると若かった頃に覚えた曲を吹いてみました。ヒュルーヒュルリーと吹き出すと、とても美しい音色が出るのではありませんか。そして笛を吹いていると、寂しいことやつらかったことを少しずつ 忘れてゆきました。すると美しい笛の音を聞きつけた鬼たちが、おばあさんの部屋にたくさん集まってきました。そして笛を吹くおばあさんを中心に鬼たちは輪になって踊り始めたのです。鬼たちは口々にこんな楽しいことは今までになかった、とおばあさんを褒め称えました。嬉しくなったおばあさんはさらに陽気な曲を吹きました。すると鬼たちも益々陽気に踊り出しました。そしてこんな歌を歌いだしました。笛の上手なおばあさん1曲吹けば1歳若返る、こりゃあ楽しいな。と、それを聞いたおばあさんはますます嬉しくなって10曲続けて吹きました。すると不思議なことに何やら体に力が湧いてきました。
鬼たちが帰った後おばあさんは部屋にあった鏡で自分の顔を見てみると、これまた不思議なことに顔にあったシミやシワはなくなっていました。そして鬼たちが歌っていた1曲吹けば1歳若返るというのは本当のことなのだと思いました。次の日の朝、早速また笛を吹いてみるとぞろぞろと鬼たちがやってきました。そしてまたおばあさんを中心に輪になって踊り始めました。今度は笛の上手なおばあさん1曲吹けば病気も1つ治ってゆくこりゃ嬉しいな。と歌いながら踊るのでした。それを聞いたおばあさんは嬉しくなって、10曲続けて吹きました。すると10歳若返っただけではなく、以前からの体の不調も全くなくなってしまいました。ここに来て3日目の朝、もう30曲以上吹いたおばあさんはもはやおばあさんではありませんでした。鏡に映る顔は40歳ぐらいになっていましたそんな毎日を過ごして1年があっという間に経ちました。もうおばあさんは15、6歳のむすめになっていましたその頃では鬼たちに鬼むすめと呼ばれるようになっていました。しかし、15、6歳のむすめになった鬼むすめは、いくら笛を吹いてもこれ以上幼くはなりませんでした。 近頃では鬼むすめは鬼たちの住みかから外へ出て、山の奥深いところにある大岩に登り一人笛を吹くことを楽しみにしていました。そこでは鬼むすめが笛を吹くと色々な動物たちが集まってきて静かに笛の音を聞いていました。また鬼むすめは自然と動物たちと話ができるようになってそれがうれしくて毎日のように大岩にやってくるのでした。ある日、大岩の上で笛を吹いていると1羽のカラスがやってきてこう言いました。お前が以前住んでいた村が大変なことになっている。梅雨になって山の下では大雨が続いている。作物は育たず川の堤防も水かさが増して今にも切れそうだ。このままでゆくと洪水になって村は水に飲み込まれるだろう。それを聞いた鬼むすめは 天が悲しんでいるのだ私の笛でなんとか慰めなければ。と言いました。
しかし、鬼の姿のまま村に戻ることに不安を感じていた鬼むすめは、鬼たちの住みかに戻り赤鬼に相談しました。すると赤鬼はこう言いました。そんなことはやめておけ大体お前は村や町の人間どもに嫌われて追い出されたのだろう。今更人間どもを助けてやる理由はない、愚かな人間どもに罰が下ったのだ、そのままにしておけ。と、しかし、鬼むすめはこう言いました。確かに私は人間たちに酷い目にあった。でも私も元は人間だった。このまま見過ごすわけにはゆかない。そう言い終わると赤鬼が止めるのも振り切り、笛を握ったまま山を降りてゆきました。
下界へ降りてゆくと激しい雨が降っていました。あちこちに大きな水たまりができており、川は濁流と化していました。雨の降りしきる中で鬼むすめは天に向かって笛を吹き始めました。1時間、2時間と力の限り吹き続けました。すると不思議なことに大雨がだんだんと小雨になり、しまいには空が明るくなりだしました。それ、もう少しだ。と、鬼むすめは笛を吹き続けると、雲が切れ太陽の光が射し出しました。しばらくすると雨雲はすっかりどこかへ行ってしまい、見事な晴天になりました。しかしその時でした、青かった空から突然稲光が鬼むすめの角に落ちたのです。村を救ったはずの鬼むすめになぜこんなことが起こったのでしょう。理由は誰にもわかりませんでした。
雷に打たれたはずの鬼むすめでしたが、どういうわけか傷一つ無くただただ深い眠りについていました。村人たちが大勢集まって鬼むすめを取り囲んでいましたが誰1人介抱しようとする者はいませんでした。村人たちにとっては村の恩人というよりただ鬼は恐ろしいものといった思いがあったのでしょう。そこへ、鬼むすめを心配して後をつけてきた赤鬼が村人たちの中で割って入り、鬼むすめを抱きかかえると山の中へと消えていきました。村人達は赤鬼を見た途端悲鳴をあげてとっくの昔に逃げ出していました。雷に打たれながらも赤鬼に抱きかかえられた鬼むすめの手にはしっかりと笛が握られていました。赤鬼によって連れ帰られた鬼むすめは布団に寝かされてたくさんの仲間の鬼たちに見守られていました。その後鬼むすめは、3日経っても4日経っても目覚めることはありませんでした。ただ息はしているため死んではいないことだけがわずかな救いでした。
気を失ってから5日目、赤鬼は鬼むすめのそばから離れようとはしませんでした。なんとかせねばとは思うのですが、どうしていいのか分かりませんでした。赤鬼はうつむいて涙を流していました。そうしてるうちに、ふと、鬼むすめの枕元に鬼むすめの笛が置いてあるのに気が付きました。もしやこの笛を吹けば何とかなるのではないかと考えた赤鬼は、笛をとり、鬼むすめが好んで吹いていた曲を吹いてみました。ヒュルーヒュルリララーと心を込めて吹きました。するとどうでしょう、鬼むすめの角が根元からポッキリと折れてしまいました。そして鬼むすめは目覚めたのでした。しかし、鬼むすめはもはや鬼ではなくなっていました。
気が付くと鬼むすめは山の草むらに寝転んでいました。私は何でこんなところで寝ていたんだろうと思いましたが、鬼むすめは今までの記憶をすべて失っていました。そして美しい15、6歳の人間のむすめとして蘇っていたのでした。
草むらから立ち上がるとどこからともなくこんな声が聞こえてくるのでした。鬼むすめよ、お前はもはや鬼ではない人間に戻ったんだよ。さあ、すぐに山を降りて自分が住んでいた村へおかえり、今まで楽しかったよ、ありがとうそしてさようなら。この声の主は赤鬼でした。しかし、記憶をすべて失った鬼むすめには何のことやらさっぱりわかりませんでした。そして人間に戻った鬼むすめは山を降りて人間の世界へと帰ってゆきました。その後、村に戻った鬼むすめは、庄屋の息子に見初められ結婚し、人間として幸せに暮らしました。
一番やっかいなのは、人間ということ。