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もしも神様がいるとしたら、そんなのろくなもんじゃない。
生かす人間を間違えるな、と伝えなければ。
「王様、私をかばいましたよね」
包帯に当てた左手が熱を持つ。
周囲が、背後の魔術師がじっとこちらを見ているのが気配でわかる。
「なぜですか。王様はこの国の王様だから、自分の命は何よりも大切だって言ってたじゃないですか」
この毒矢の矛先、それは間違いなく私だったのだ。私に刺さる直前で、王様がかばうようにその体を差し出してしまった。
「死なないでください」
哀しみは優しさに、優しさは癒しに昇華できるのだろうか。
人は哀しさゆえに優しさを知る。
その憐れを、その侘しさを、人を救う力に変えられる世界があるのだとしたら。
一瞬、手元が淡く光り、そしてすぐに消えた。
静寂の中、小さく動いたのは王様の瞼だった。
「……眩しい」
「王様?」
金色の瞳が、そっと開き私を捉えた。
「眩しいと思ったら、やはりお前」
「王様、目が覚めたんですね?」
「こちらへ来い」
伸びてきた腕に抗うことなく捕まった。
「やはりお前は俺の花だ、アヤメ」
「よかった……」
「最高だ、術式が全部解けてる!呪いも毒も綺麗さっぱりなくなってる!」
魔術師は目を覚ました王様を見て、興奮気味に喜んでいた。
「すばらしいよ、聖女様!」
――聖女アヤメが、王様の命を救ったと、その噂が国中に広まるのに時間はかからなかった。
****
「お前の力は命を救う力だ」
完全に元気になった王様にそう言われて、私は思わず首を傾げた。
「そんな大層な力が……」
「思えばお前が初めに降り立った荒地の教会に、花が咲き誇ったというのは、死にかけていた花々の命を救う力が作用していたのだろう」
「はあ……」
「命を救う力なんて、聞いたことがない。いいか、この力のことは誰にも言うな」
釘を刺されて、私ははい、と頷いた。
「それで――アヤメ」
「はい」
王様はぬっとその両腕を伸ばしたかと思うと、私を抱え上げ、彼の膝の上に乗せた。
私が王様を見下ろすという、あまりない形である。
「俺の妻になると言ったのだから、もう取り消せないからな」
「……取り消したりしませんけど」
「そうか。ならいい。お前はすぐに面倒なことを考える」
「面倒なんて……王様はそれを見て笑ってるじゃないですか」
「諸処の問題が片付き次第、すぐに婚礼の儀を挙げる。今度は邪魔はさせない。安心しろ」
「……」
「返事は」
「安心しろって言われても……っ」
「やはりお前は甘いな、アヤメ」
―――――――――――……
夜、王のもとに訪れたのは魔術師だった。
「アーサー、本当に元気になってよかったね」
胡散臭い笑みを浮かべる魔術師をこの国の王はにらみつけた。
「なにを白々しいことを。あの毒矢に呪いをかけたのはお前だろう」
「あれ、わかっちゃった?」
「あんなの、呪いを掛けられた方は魔術の気配ですぐに分かる。お前、本当に俺を殺そうとしていたな」
「だって、聖女様の力が命を救うんだとしたら、アーサーには瀕死になってもらわなきゃ」
「お前がこの国一番の魔術師でなければ、打ち首だったところだ」
「聖女様の力をどうしても見たかったし、結果的に聖女様を認めさせることができたから、アーサー的にもよかったでしょ?」
「お前は魔術関しては手段を選ばなさすぎる」
「本当に聖女様がだめだったら、呪いを解いてあげるつもりではあったよ。そんなことするまでもなかったけどね。それに――」
コンコンコン、とドアがノックされる。
「――陛下、婚礼の儀の衣装で相談が」
「ほら、僕に構ってる暇なんてないと思うけど」
にたりと笑った魔術師はその場から一瞬で姿を消したのだった。
*********
鐘の音がする。
私は白い婚礼衣装に身を包み、王様と腕を組んでいる。
この式に至るまで、色々と大変だった。
アリーシャを養子としたサマリー侯爵は、最初から王の座を狙っていたらしい。
アリーシャと婚姻を結ばせ、そこで王様が毒矢で死んでしまえば、実質この国の最高権力者はアリーシャ、ひいてはその親であるサマリー侯爵になる。
邪魔になる「聖女」を片付けてしまえば、うまくいくはずだった。
それに対し王様は処分を迅速に下し、侯爵はこの先ずっと北の塔に幽閉、侯爵家は取り潰しとなった。
更に、この国の混乱に乗じて隣の大国が多勢の軍で攻め込んで来たらしいけれど、王様はすぐに鎮圧してしまった。
さすが、日ごろ自分を強いと自称しているだけのことはある。
この国は、王様がいれば平和なようだ。
だから私は王様のために、呼ばれたんだろうか。
そう自惚れてもいいのだろうか。
王様の金色の三白眼が私を捉える。
「花の名を持つ聖女、アヤメ」
「……はい」
「これでお前は俺のものだ」
それは、いつも見る物騒な微笑みより更に危い、捕食者の笑みだった。
私で本当にいいんですか?とか、王様のお妃様なんてやっぱり無理かも、とか、頭の中でいろいろと考えてはいたんだけど、この恐ろしい笑顔を見たら、そんなもの飛んで行ってしまった。
――今現在の、自分の身の安全が一番大事である。
「あの、本当に不思議なんですけど」
「なんだ」
「今も王様が全然怖くないって言ったら嘘になるんですけど」
「……ほう」
「でも、なんだか王様の傍はとても落ち着きます」
「…………ほう?」
少しだけ、組んだ腕に力を込めた。すると、倍以上の力でひきよせられ、向かい合わせになる。
「俺の命はこの国と同じくらい大切だ」
「はい」
「そして――お前の命もだ。お前の命と俺の命、俺の国。全て守ってこそ王だからな」
「……」
「妻を失うかもしれない、国が潰れるかもしれない、自分が死ぬかもしれない。その時はその時だ。俺は今俺の手にあるものを、全て守る。共に歩けるな?」
「……はい」
――その日は、晴天だった。
国中が、花で溢れ、人々も笑顔で満たされていた。
「――王様と聖女様だ!」
お城の中まで、外のざわめきが聞こえてくる。
目の前の、重い木のドアが開いて、ゆっくりと王様の元まで歩いていく。
永遠にも感じられる距離だった。
白いタキシードを身に纏ったこの人――王様が、私の夫となるのだ。
やがて私のヴェールを捲った王様は呟く。
「世界一美しい、俺の花」
王様がそんなことを言うとは思わなくて。
しかも人前で。
「お前は俺の隣で咲け。――アヤメ」
私は涙が出るのを我慢して、頷いた。
王様が私に口づけをすると、周りから割れんばかりの祝福の声が沸き起こった。
――とても平和な時代にやってきた聖女は、その稀有な能力から「黄泉還りの聖女」と呼ばれ、いつまでも王と仲睦まじく、暮らしていくのだった。
【完】




