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*************


王様がどこまで本気なのか分からないけれど、王妃になるための教育はどんどん進められていた。

専属の教師から、歴史だとかマナーだとかを教わる。

私は言葉は理解できるし読めるけれど、知らない言葉もたくさんあった。

勉強は嫌いじゃないけど好きでもない。

王様が勉強しろというのなら逆らう選択肢はない。


「聖女様は理解が早いですね」

教師は私にそう言う。

「い、いえ……。丁寧に教えてくださるので」

褒められるとちょっと反応に困る。


「あともう少し自信が持てるようになれば、きっと素晴らしい王妃様になることでしょうね」


私は笑顔を引き攣らせながら、ハハ、と下手な愛想笑いで場を濁した。

自信が持てるようになんて、なるはずない。

私は元来、こういう性格なのだ。





「アーサー、面白い資料が手に入ってさ」


王様と昼食をとっているとき、上機嫌の魔術師がやってきた。

私がこの魔術師と会うのは3度目だけれど、今までで一番楽しそうな表情だった。


「資料?」

「そう、おいで」


魔術師の後ろからやってきたのは、一人の少女。

色が白くて、長身の赤毛の女の子だ。色褪せたエプロンドレスを纏っている。

歳は私と同じくらいだろうか。


「ねえ、見ていて」


魔術師は、植物の苗を彼女の前に差し出す。


「さあ、やってみて」

「……はい」


彼女がそれに手をかざすと、苗はすくすくと成長し、花が咲いた。


「この子、植物の成長を促進できるんだ。すごくない?」

「それくらいの魔術、俺でも使える」

「アーサー、この子は平民なんだ。魔力がない。それなのに、この力はどこから出て来るんだろうね?」

「……」

「これは研究しがいがあるよ。ねえ、しばらくこの子、城に置いてやってもいいでしょ?」

「……お前が責任を持てよ」

「もちろん」


じゃあね、と魔術師は背を向ける。

女の子がいるからだろう、いつものバチン、と音がする転移はしないらしい。

振り返りざまに、赤毛の少女がチラリと私を見て、薄く笑った。



私にはなかった、不思議な力。それを持っている少女。

王様をチラリと見ると、「さっさと食べろ」と凄まれた。

それきり、誰も何も言わない。

私は、味がしないスープをなんとか飲んだ。



――西の地方からやってきた少女、アリーシャ。

彼女は、どんな植物でも、すぐに成長させられるらしい。

今まで、荒れ果てた地の色々な植物を救ってきたのだとか。


彼女の噂が城中に広がるのに、時間は掛からなかった。


誰もが思ったと思う。

それはまるで聖女様じゃないか、と。

セイジョサマ、と周囲から呼ばれる私にできなかったことが、彼女にはできる。

もしかして本当の聖女様はアリーシャ様では。



与えられた部屋から食事する広間へ向かう途中、その僅かな移動時間だけでも、ひそひそと人々が話す声は聞こえてくる。


これは早々に、お役御免かもしれない。

私はため息を吐いた。


王妃になるための勉強は続いているけれど、これももしかしたら、もうすぐ終わりかもしれない。

私はいらなくなったら、城を追い出されるのだろうか。

それならまだいい。最悪殺されるのかもしれないのだから。



「聞いた?アリーシャ様、ここ数日で、城中の花を咲かせちまったらしいよ」

「そりゃすごい力だ。しかも、彼女自身に魔力はないんだろう?」

「そうそう、まるで聖女様みた――あっ」



随分と大きい声でひそひそ話をしていたメイドたちが、私の姿を認めて慌てて口を噤む。

いまさら静かにされたところで、私はその話の大半を聞いてしまったのだから、なんの意味もない。

アリーシャが来てから、私はまるで腫物に触るような扱いだった。



昼食を一緒に、と王様に呼ばれて広間へ向かう。ドアに手を掛けた瞬間、中から声が聞こえて来た。


「――――陛下、やはり、聖女はアリーシャ様です」

「今日も、植えたばかりのオリーブの苗を、一斉に成長させ実らせたのです。彼女が力を使うのは、これで3回目です。あの力はまやかしじゃない」

「聖女と呼ぶにふさわしい力。他国に盗られてはなりません」

「王妃とするならば、ぜひアリーシャ様を」


一気に血の気が引いて行くのが自分でも分かった。

予想はしていたけれど、実際にこう言われているのを聞くと、なんともやるせない気持ちになる。


「黙れ。聖女となるのは、異世界からやってきた者だけだ」

「しかし陛下、力のない者は聖女とは呼べません。力は、何より強さの証明です」

「……議会は?」

「議会はすでに、アリーシャ様を次期王妃にとの声が多数派になっています」

「……そうか」

「陛下、早めのご決断を」



私は、ドアの横に凭れたかっていた。

話の終わったらしい人々が、横のドアからぞろぞろと出てきて、私の顔をみて、しまった、というような表情をする。

この国の重鎮だろうか。

そんな彼らがそろいも揃って、赤毛のあの子をというのならば、きっといずれそうなるのだろう。


「……聞いていたのか」


すぐに広間に入ってきた私に、王様まで苦虫をかみつぶしたような顔をする。

もうすぐ用済みになる人間のために、そんな顔をしなくてもいいのに。


「本当にうるさい奴らだ」

「……」

「……すみません」

「何に対して謝っている」

「……何の力もなくて」

「……そこじゃない」

「え?」

「お前が謝るのはそこじゃないと言っている」

「……他になにかありますか?」


恐る恐る尋ねれば、それすらも王様の気に障ったらしい。


「……あークソ、なぜこの俺が、お前のことでこんな気分にならなければならない」


金色の瞳に鋭く睨まれて、私は恐怖で息さえ忘れた。



「お前は、王妃になりたいか、なりたくないか」


「なりたくは……ない、ですけど」


そう答えると、王様の眉間にみるみるシワが寄っていく。


「半端者が、諦観したような顔をして」


王様は、片手で私の頬を強く掴んだ。


「――っ、いた、」


「つまらない。やはりお前はつまらないな」


思い切り掴まれているせいで、目が上手く開けない。

つい数日前、退屈しないとそう言ったくせに、王様は私につまらないと言う。

首に爪が食い込む痛みで、目に涙がにじんだ



「――宰相をここへ」


やがて私から手を放した王様は、やってきた宰相を見据えた。


金色の瞳は、私を映してはいなかった。


「――アリーシャ・グランドを聖女とし、次期王妃候補とする」


ああ、――また不要な存在になってしまった。


彼らの様子を私はただ、黙って見ていた。





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