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王様がどこまで本気なのか分からないけれど、王妃になるための教育はどんどん進められていた。
専属の教師から、歴史だとかマナーだとかを教わる。
私は言葉は理解できるし読めるけれど、知らない言葉もたくさんあった。
勉強は嫌いじゃないけど好きでもない。
王様が勉強しろというのなら逆らう選択肢はない。
「聖女様は理解が早いですね」
教師は私にそう言う。
「い、いえ……。丁寧に教えてくださるので」
褒められるとちょっと反応に困る。
「あともう少し自信が持てるようになれば、きっと素晴らしい王妃様になることでしょうね」
私は笑顔を引き攣らせながら、ハハ、と下手な愛想笑いで場を濁した。
自信が持てるようになんて、なるはずない。
私は元来、こういう性格なのだ。
「アーサー、面白い資料が手に入ってさ」
王様と昼食をとっているとき、上機嫌の魔術師がやってきた。
私がこの魔術師と会うのは3度目だけれど、今までで一番楽しそうな表情だった。
「資料?」
「そう、おいで」
魔術師の後ろからやってきたのは、一人の少女。
色が白くて、長身の赤毛の女の子だ。色褪せたエプロンドレスを纏っている。
歳は私と同じくらいだろうか。
「ねえ、見ていて」
魔術師は、植物の苗を彼女の前に差し出す。
「さあ、やってみて」
「……はい」
彼女がそれに手をかざすと、苗はすくすくと成長し、花が咲いた。
「この子、植物の成長を促進できるんだ。すごくない?」
「それくらいの魔術、俺でも使える」
「アーサー、この子は平民なんだ。魔力がない。それなのに、この力はどこから出て来るんだろうね?」
「……」
「これは研究しがいがあるよ。ねえ、しばらくこの子、城に置いてやってもいいでしょ?」
「……お前が責任を持てよ」
「もちろん」
じゃあね、と魔術師は背を向ける。
女の子がいるからだろう、いつものバチン、と音がする転移はしないらしい。
振り返りざまに、赤毛の少女がチラリと私を見て、薄く笑った。
私にはなかった、不思議な力。それを持っている少女。
王様をチラリと見ると、「さっさと食べろ」と凄まれた。
それきり、誰も何も言わない。
私は、味がしないスープをなんとか飲んだ。
――西の地方からやってきた少女、アリーシャ。
彼女は、どんな植物でも、すぐに成長させられるらしい。
今まで、荒れ果てた地の色々な植物を救ってきたのだとか。
彼女の噂が城中に広がるのに、時間は掛からなかった。
誰もが思ったと思う。
それはまるで聖女様じゃないか、と。
セイジョサマ、と周囲から呼ばれる私にできなかったことが、彼女にはできる。
もしかして本当の聖女様はアリーシャ様では。
与えられた部屋から食事する広間へ向かう途中、その僅かな移動時間だけでも、ひそひそと人々が話す声は聞こえてくる。
これは早々に、お役御免かもしれない。
私はため息を吐いた。
王妃になるための勉強は続いているけれど、これももしかしたら、もうすぐ終わりかもしれない。
私はいらなくなったら、城を追い出されるのだろうか。
それならまだいい。最悪殺されるのかもしれないのだから。
「聞いた?アリーシャ様、ここ数日で、城中の花を咲かせちまったらしいよ」
「そりゃすごい力だ。しかも、彼女自身に魔力はないんだろう?」
「そうそう、まるで聖女様みた――あっ」
随分と大きい声でひそひそ話をしていたメイドたちが、私の姿を認めて慌てて口を噤む。
いまさら静かにされたところで、私はその話の大半を聞いてしまったのだから、なんの意味もない。
アリーシャが来てから、私はまるで腫物に触るような扱いだった。
昼食を一緒に、と王様に呼ばれて広間へ向かう。ドアに手を掛けた瞬間、中から声が聞こえて来た。
「――――陛下、やはり、聖女はアリーシャ様です」
「今日も、植えたばかりのオリーブの苗を、一斉に成長させ実らせたのです。彼女が力を使うのは、これで3回目です。あの力はまやかしじゃない」
「聖女と呼ぶにふさわしい力。他国に盗られてはなりません」
「王妃とするならば、ぜひアリーシャ様を」
一気に血の気が引いて行くのが自分でも分かった。
予想はしていたけれど、実際にこう言われているのを聞くと、なんともやるせない気持ちになる。
「黙れ。聖女となるのは、異世界からやってきた者だけだ」
「しかし陛下、力のない者は聖女とは呼べません。力は、何より強さの証明です」
「……議会は?」
「議会はすでに、アリーシャ様を次期王妃にとの声が多数派になっています」
「……そうか」
「陛下、早めのご決断を」
私は、ドアの横に凭れたかっていた。
話の終わったらしい人々が、横のドアからぞろぞろと出てきて、私の顔をみて、しまった、というような表情をする。
この国の重鎮だろうか。
そんな彼らがそろいも揃って、赤毛のあの子をというのならば、きっといずれそうなるのだろう。
「……聞いていたのか」
すぐに広間に入ってきた私に、王様まで苦虫をかみつぶしたような顔をする。
もうすぐ用済みになる人間のために、そんな顔をしなくてもいいのに。
「本当にうるさい奴らだ」
「……」
「……すみません」
「何に対して謝っている」
「……何の力もなくて」
「……そこじゃない」
「え?」
「お前が謝るのはそこじゃないと言っている」
「……他になにかありますか?」
恐る恐る尋ねれば、それすらも王様の気に障ったらしい。
「……あークソ、なぜこの俺が、お前のことでこんな気分にならなければならない」
金色の瞳に鋭く睨まれて、私は恐怖で息さえ忘れた。
「お前は、王妃になりたいか、なりたくないか」
「なりたくは……ない、ですけど」
そう答えると、王様の眉間にみるみるシワが寄っていく。
「半端者が、諦観したような顔をして」
王様は、片手で私の頬を強く掴んだ。
「――っ、いた、」
「つまらない。やはりお前はつまらないな」
思い切り掴まれているせいで、目が上手く開けない。
つい数日前、退屈しないとそう言ったくせに、王様は私につまらないと言う。
首に爪が食い込む痛みで、目に涙がにじんだ
「――宰相をここへ」
やがて私から手を放した王様は、やってきた宰相を見据えた。
金色の瞳は、私を映してはいなかった。
「――アリーシャ・グランドを聖女とし、次期王妃候補とする」
ああ、――また不要な存在になってしまった。
彼らの様子を私はただ、黙って見ていた。