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「聖女様だ!」
「聖女様が現れなさった!」
たくさんの人の声が聞こえる。
「大変だ!国王陛下にお知らせしなければ!」
「大変だ!」
冷たい床。
いつもの薄い布団じゃない。
あれ?どうしたんだっけ?
私、歩いていたらトラックに轢かれて、それで――。
よく思い出せない。とにかく頭が痛いし、瞼も重い。
とりあえず、考えるのは後からにしよう――。
そうやって眠った私が次に目を覚ましたのは、大きな部屋の中心に配置されたベッドの上だった。
「……ん?」
「聖女様がお目覚めになった!」
「聖女様!よくお目覚めになりました!」
誰、この人達。
私の周りを囲んで、覗き込んでいるのは、シスターみたいな服を来た人、なんかピカピカしたドレスを着た人、牧師さん風の人――全員見たことのない人ばかりだった。
なんだ、どういうことだ、これは。
「聖女様、我々の元へいらしてくださったのですね!」
「……」
「聖女様?」
「まあまあ、大臣、聖女様も異世界渡りでお疲れなのだろう」
「そうですね。聖女様、配慮が足りず申し訳ございません」
「お前、言葉は分かるな?」
なんだかやけに偉そうな人が、私に尋ねる。
とても立派な椅子に腰かけて、私を見下ろしている。
頭に冠付けているのは、コスプレ……っていう雰囲気じゃないし。
灰色の長い髪で、身長もとても高い。190センチくらい。外国人だろうか。
そのわりには、流暢な日本語で話している。
「混乱しているのか?」
「……」
夢?
でも夢じゃないことは、自分から溢れる冷や汗で分かった。
誘拐?
でもここってどこ?
「聖女、お前は、我が王族に代々伝わる召喚の儀によって、異世界からこちらの世界へやってきのだ」
「……」
い、異世界?
――というと、つまり、私は、全く別の世界来ている?
いやあ、そんなバカな。
「元の世界でのお前は死んだ。お前はこれから、ここで生きていくのだ」
ていうかここ、なんか人がたくさんいるんだけど。
その中に一人、ぽつんと蹲ってるんだけど。
え、私、コンビニのアルバイトでも緊張して声震えるのに、この状況で喋るとか無理なんだけど……!
「……」
「……」
「……」
「……」
「おい、聖女?」
無理無理無理無理無理無理無理無理無理。
なんだかこの人雰囲気がすごく怖い。
初対面でめちゃくちゃタメ口聞いてくるし。
すごい高い位置から見下ろしてくるし。
目つき鋭いし。
「記録に残っている聖女とは様子が違うが、コイツは本当に聖女か?」
「はい、陛下。間違いありません。彼女が降り立った教会の庭園は、草も生えぬ荒れ地だったにも関わらず、今では花が咲き乱れています」
「ふん、花ごときで。おい、聖女。お前、名はなんという」
陛下、と呼ばれているのを見るに、頭に冠付けてるこの人は王様だったらしい。
なるほど、これだけ威圧感があるのも頷ける。
おかげで私はビビって口が聞けない。
「……」
「こいつは口が聞けぬのか?」
「陛下、この国は100年おきに聖女様をお迎えしておりますが、聖女様が言葉に不自由された記録は今までございません」
「おい」
「……」
「なんとか言え」
「……」
怖い。呼びかけ方がまず怖い。
恐怖で唇が完全に張り付いてしまった。
「……」
「話にならんな」
「陛下、どちらへ?」
「ソイツの口が開くようになったら呼んでくれ。俺は仕事に戻る」
「……」
王様だという人物は、不機嫌な表情のまま、側近たちを引き連れてこの部屋を出て行った。
私はやっと、口を開いて息を吐く。
呼吸するのも苦しかった。
その後、案内された広い部屋で、私はどうすることもできず窓から外を眺めていた。
部屋の窓からは、遥か下に庭が見えた。
がいるこの建物は、ずいぶんな高さがあるらしい。
王様がいるからここがお城か。
さて。
私は、自分の頬を抓ってみる。
「……なるほど」
しっかり痛かった。
やっぱりこれは、現実らしい。
冷静になって考えてみる。
私は、自宅に帰る途中で、歩いていたらトラックに轢かれて――。
そこから後の記憶がない。
さっき、王様が私のことを、元の世界では死んでると言っていた。
――死んだのか。
それはストンと腑に落ちた。
なんとなく、向こうの世界の自分が生きている気がしないのだ。
向こうの世界で私は――何をしていたんだっけ。
あれ、私はそもそもなんで出かけて、トラックに轢かれんだっけ。
なんだか記憶が曖昧になっていることに気付く。
まるで、必要ないと言われているようだ。
「――お庭がお気に召したのかな」
後ろからいきなり声を掛けられて、慌てて振り返る。
びっくりした。口から胃がでるかと思った。
目の前には、ずるずるの黒いローブをかぶった男の人がいた。
「まだ緊張しているね。いいよ、怖がらなくて」
いや、怖い。
状況が全くの理解できないのに、次から次へと見知らぬ人が現れて、私はもはや涙目だった
「聖女様が来たって言うから、見に来たんだけど、思ったより普通の子だね」
聖女様というのはもしかして私を指しているのだろうか。
そんな仰々しい職に就いた覚えは全くない。
「ああ、僕は、このお城の魔術師だよ」
魔術師。
ここはおとぎ話の世界なのだろうか。私が知っている現実とあまりにかけ離れている。
不思議と悲しくないのは、こうしている間にも、元の世界の記憶にどんどん靄が掛かっていくせいだろうか。
「ねえ、君の名前、教えてよ」
相手の目は黒かった。髪も黒かった。
なんだかそれが、私に少しばかりの安心感と親近感を抱かせた。
「僕は君になにもしないよ。ただ名前を教えてほしいだけ」
丸い目は真っ直ぐ私を見ていて、その穏やかな声は先ほどの王様みたいな威圧感はない。
「……なんで名前を聞くんですか?」
だから頑張って、喉から声を絞り出した。
「おや、警戒されてるのかな。僕は君と会話をしたいんだけど、名前が分からないとやり辛いでしょ?」
首を傾げてニコリと笑う黒い瞳の人。でもなんだか……。
「おい、何してる」
「あれ、アーサー。どうしたの」
低い声が聞こえたと思ったら、部屋の中に王様がいた。
この世界の人たちは、音もなく現れるのが普通なのだろうか。
私の心臓が持たないので、足音くらいは立ててほしい。
「お前がこの部屋に入って行ったと聞いた。薬でも盛る気か?」
「わあ、アーサー怖い。そんなつもりはないよ。今日のところはね」
「まだコイツを殺されるわけにはいかない」
なんかすごく怖い会話をしていますね?
さっき少し開いた唇が、もうカサカサに乾いて開かなくなってしまった。
「もう、アーサーはすぐ話を物騒な方向にもっていくんだから。僕は人を殺しはしないよ。ちょっと実験するだけだよ」
じ、実験……?
私、危く被検体にされるところだったの?
通りで、なんとなく笑顔が胡散臭いと思った。
壁に張り付き震えている私に、魔術師はふわりと笑う。
「でも、今回の聖女様はガードが堅いみたい。名前も教えてくれないんだ」
「名前など聞いて、呪術にでも使うつもりか?」
「アーサーはすぐ僕を悪者みたいに言うんだから。聖女様もお喋りしてくれないしさ。今日のところは退散するよ」
バチン、と音がして、魔術師は消えた。
……消えた。
魔法、本当にあるんだ。
そして残されたのが私と王様である。
相変わらずの威圧感を放っておられて、私は震えることしかできない。
「おい、聖女」
「……」
「先ほど、あの男と何を話していた」
「……」
「言え。口がきけるのだろう?」
釣目気味の三白眼で睨まれる。
視線に刺されて死ぬんじゃないかと思った。
さっきの魔術師との会話を、この人はどこかで聞いていたのだろうか。
「話せるのなら、なぜ先ほどは何も言わなかった」
眉間にすごいシワを寄せながら、私との距離を詰めて来る。
逃げたかったけど、すでに壁に張り付いている私にはこれ以上逃げる場所がない。
初手をしくじってしまった。
王様は私の顎に手を添えると、無理矢理上を向かせる。
否応なしに、王様のお顔を見なければならなくなってしまった。
怖くてずっと目をそらしていたのだが、こうなってくると必然的に視線を合わせなければいけない。
王様の瞳は金色だった。
長い灰色髪を後ろでゆるく一つに縛っている。
そこからはみ出た髪が、私の顔に掛かるくらいの距離まで、王様が迫ってきていた。
「なんとか言え」
この距離でこうもじっと見つめられると、更に緊張して冷や汗が止まらなくなる。
「なにか言うまでずっとこのままだぞ」
顎にある王様の手に力が籠る。
ずっとこのままでは、多分冷や汗をかきすぎて脱水症状で死んでしまう。
それよりも先に、私の顎の骨が砕かれるのが先かもしれない。
意を決して、私は緊張でガチガチの口をどうにか無理矢理動かした。
「こ、怖いです」
「あ?」
王様はその金色の目を鋭くする。
それだけで気を失ってしまいたいくらいには恐ろしい。
「なにがだ」
しかも自覚症状がないようだ。
私はこのまま会話を続けなければならないのだろうか。
怖すぎるのであわよくば聞こえないふりをしてしまいたいけれど、この至近距離ではそれも難しい。
「……あ、あなたが」
「……ほう?俺が怖いか」
ニヤリ、と片方の口角を吊り上げていらっしゃる。
これはあまり、穏やかな笑顔ではないような……。
心臓がドクドクと音を立てる。
他にいくらでもマシなこと言えたはずなのに、この状況が怖すぎて、それしか頭の中になかった。
「なんだ、殺されるとでも思ったか」
「えと、あの、雰囲気が」
「雰囲気?」
「い、威圧感がすごいっていうか」
「ほう」
「す、すごく緊張します……」
ごめんなさいこんなことしか言えなくて!
私は今自分のことでいっぱいいっぱいなんです!
語彙力がないから頭に浮かんだことそのまま言うしかできないんです!
「……そうか」
王様はやっと私の顎から手を放してくれた。
その手をそのまま自分の顎に当てて、なにか考え込むような仕草をしている。
「文献に伝わる聖女は、もっとやかましかったらしいが」
「……」
「お前、本当に聖女か?」
「し、知りません……。聖女ってなんですか」
「――まあ、お前のような人間では人を欺くこともできないだろうな」
じっと私を見つめてくるその金色の瞳が怖い。
なんだか品定めされているみたい。
もしかして、スパイか何かと疑われていたのだろうか。
いや逆に、スパイだって言われて牢屋にでも入れられた方が心は平穏な気がする。
「聖女、お前の名前はなんだ」
――だから聖女ってなに!
王様は私の質問は無視することにしたらしい。
「……」
「なぜ黙る。この俺が自ら名前を尋ねるなんて、お前くらいだぞ」
だから光栄に思え、とでも言うように、不遜な王様はまたこちらへ近寄ってきた。
黙っているとまた顔を掴まれて上向かされる、と慌てて口を開く。
「あ、アヤメです」
「アヤメ……珍しい響きだ。意味はあるのか」
「……は、花の名前です」
ちゃんと名前を言ったのに、王様はまた私の顎を指で掴んだ。
「下を向くな」
無理矢理顔を上げさせられると、金色の三白眼が私を捉えた。
顔を見て話すの、緊張するから嫌なのに……。
「花か、なるほど。お前がなかなか口をきかぬはずだな」
でもこれだけは言っておかなければと思ったから、なんとか勇気を振り絞った。
「……呪わないでくださいね」
「呪う?ああ、先ほどのノアとの話か。安心しろ、俺は己の妻となる女は殺さない」
「…………つま?」
私が驚いて間抜けな顔をしていたのだろう、王様は呆れた様子で小さくため息を吐いた。
「聖女となる者は、その代の国王の正妃として添い遂げる。そういう決まりだ」
「……なんですかそれ」
「この国の決まりだ」
「し、知らないですそんなの」
「今言った」
王様はとんでもないことを言っているという自覚はないらしく、冷静な表情を変えない。
私は聖女って言われただけでも意味が分からないのに、この怖い王様の妻になるなんて言われて、頭の中には無理って言葉しか浮かんでこなかった。
「…………ちなみに、私がその聖女っていうのじゃなかったら、どうなるんですか?」
「そうだな、召喚した女が聖女じゃなかったという前例はないが――そのときは俺の気分次第だな」
「気分!?」
「自分が疑わしいのなら、今のうちに俺に媚を売っておくんだな」
王様は金色の瞳でこちらをギロリと睨み付けてきた。
殺されるヤツだ。多分絶対。
私聖女じゃなかったら殺される。
この恐ろしい王様が、三食昼寝付きの牢屋で平和に過ごさせてくれる気がしない。
「嫌か?」
「え?」
「俺の妃になるのは」
「……」
「黙るな」
「……怖いです」
「あ?」
だから、秒で威嚇してくるのは本当にやめていただきたい。
コミュ障の私、今日ずっと緊張しっぱなしなのに、それに加えて怖い顔までされるともう容量オーバーだった。
「何がだ」
「……あなたが」
「また俺か」
「な、なんかすぐ怒りそうだし」
「…………ほう」
私の言葉をどう受け取ったのか分からないけれど、王様は――笑っていた。
唇を片方だけ吊り上げる、物騒な微笑みである。
さっそくちょっと怒ってらっしゃるのでは……。
「せいぜい嫌がれ。お前が嫌がったところで、覆ることはないのだからな」
「……」
それって、私の意見はなんの意味もないってことですよね……。
「それに――足掻く獲物を捕まえるのは気分がよさそうだ」
そう笑う王様は完全に猛獣だった。
獲物は私のことでしょうか。
あれ、ここってサバンナ?
震えあがっているところで、コンコンコン、とドアがノックされる。
ドアを叩くという文化、この世界にもあったんだと、ちょっとほっとした。
「陛下、会議のお時間でございます」
「もうそんな時間か」
王様のお迎えが来たらしい。
この威圧感の塊を早く回収してほしい。怖いから。
「聖女、今日はもう休め。疲れているだろう。ここはお前の部屋だ。メイドも好きに使え」
王様はやっと私の顎から手を外す。
拘束されていたのはたった数分なのに、すごい解放感だった。
何が何だか分からないけれど、王様の言葉私はとりあえず頷いた。
分からないことばかりで、脳が処理しきれない。
こういうときは、さっさと寝るに限る。
バタン、とドアが閉まる音を聞きながら、ベッドに倒れ込む。
「ふかふかだ」
ホテルのベッドみたい。
考えられたのはそこまでで、心身共に疲弊していた私は、すぐに眠りについた。




